8、12月30日 クリアランスセールと言えど最低限しか買わなくなった……って財布ッ!?
私ってやつは結婚願望ってのが実は、意外と無かったっぽい。
それに気付いたのは別れを告げられた後だった。
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今日は理沙さんの退院する日。
それなのにどうしてだか私はハルと映画に来ている。
あ、いやもともとハルの仕事の都合で30日の夜にしてたんだけどちょうどそこへ理沙さんの退院も重なった。
神崎一族による協議の結果、先日出張から戻った父と母が午前中のうちに理沙さんのお迎えに行き、私達は母の暴政により『映画行くんならついでに』と私は年末年始の買い出し、ハルはその荷物持ちに任命された。
まぁ理沙さんも年末年始の準備どころじゃなかったし、この休みはしっかり休んが方がいいから反論する気は無い。
そして話題作の映画、それも年末年始の連休中。年明けの初売りがメインとは言えショッピングモール併設となれば当然それなりに人手は多い。
そう、期待出来るわけですよ。
「え、あんなイケメンとオバサンが?」的な視線と、「あれカップル?」「まっさか。姉弟とかじゃね?」的な会話が。
うん、自意識過剰だった。
そもそもそれを期待する方がよっぽど自意識過剰ってもんなんだけど。
注目を集めているのはハルだけで私なんて視界に入らないらしい。
すれ違ってからボソッと言うパターンかな、と背後に意識を集中させてみたりしたけどイマイチそういった美味しいシチュエーションに発展しない。
面と向かって聞こえるようにそんな事言う人種って現実社会だと案外いそうでいないもんだよなー。最近はちょっとぶつかって流血沙汰になるようなバイオレンス事件が発生する事もあるし、なおさらか。ここ割と田舎だし。
それにしても。
ハルに合わせて若い格好するのも痛々しすぎるし、新しい服買うとか無駄銭もいいところだし、普段通りのそこそこの格好の方がより年の差感をアピール出来るだろうと思ったのにハルめ。
モノトーンのシックで手堅いチョイスで来やがった。
はー、イケメンはセンスもいいですなぁ。
それともイケメンだから何を着ても似合うのか。
このコ、髭の跡か全くないよね。弟の旭なんて朝と夕方じゃ顎を触った感触が全く違うのに。やっぱ近頃の若い男の子は永久脱毛とかしてるのかな。
「お、手袋セールしてる。ちょっと見ていい? 車用のがもう穴あきそうなんだよね」
シネコンまでの間に通りかかった服飾コーナーに立ち寄らせてもらう。
本革製の手袋は10年近く使っていてもう限界を迎えようとしている。
やっぱ革がいいなぁ。
野球のバットを二人で両方から逆に回すと太い方が必ず勝つと同じ原理かなのか、ハンドルが太いと運転しやすくなるのといっしょで手袋してた方が運転しやすいんだよね。
「昔に比べて何もかも物価が上がったよねぇ」
セールとは言え運転だけで使うのにはちょっと躊躇するお値段に、ついしみじみと言ってしまう。
「こっちにしようかなー」
映画まで時間はあるけどさっさと決めてしまう事にする。運転用なのでデザインはそれほどこだわらないしね。
「こっちじゃなくて?」
よく見てたな。
悩んでいた本革製を差し出されるけど、だってそれ高いんだもん。長くは使えるかもしれないけど……
「そっちは運転の時だけに使うのはちょっともったいないかな、と。柔らかくていいんだけどね」
「じゃこっちね」
ハルはそう言うと傍で陳列をしていた店員さんに声を掛けてさっさと清算してしまった。
止める暇もなかった。
「いやいやいや、自分で出すって」
「あ、カニ代の代わりだから。月ちゃんが今度のカニ代出してくれてるんでしょ?」
「ええー、いいのに。親孝行アピールなんだし」
毎年年末にカニを購入するけど、単に自己満足であからさまな親孝行の演出なんだけど。あと店で食べるより安上がりだし、正月に料理する気にはなれないからラクだし。
例年両親と私の三人で2回に分けて食べるけど、正月に食べた後の二回目の鍋はタイミングがつかみにくいし、量もちょっとハンパだったりするから今回みたいに大人5人で食べきっちゃう方がちょうどいい。むしろベスト。
「母さんからも今日はしこたま月ちゃんに貢いで来いって言われてるしね」
ええー、こっちがというか母が呼びつけたんだからうちがご馳走するのは当然だと思うんだけど。
「俺、今日は月ちゃんの財布だから」
「━━マジでか」
なにその言葉の破壊力。
しかもこんな整った容姿の男子に貢いでもらって、財布扱いって。
なんか多額のお小遣いとか自分の財布を若いツバメに与えて買い物につき合わせて清算させる、大金持ちの未亡人マダムみたいじゃないの。
いや、あくまでも私のイメージなんだけど。