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7、12月25日 お高いアイスクリームの選び方 

 抹茶を完食する予定で、ハルの限定フレーバーのアイスクリームをまだ使ってないスプーンで一口もらう。


「あ、これ美味しい。今度見たら買おっかな」

 普段はなかなかチョイスしないお値段だけど、これはまた食べたいわ。

 側面のパッケージを確認する。


「じゃあ限定の方食べる?」

 ハルが譲ってくれようと言い出したけど、さすがにそんな大人げない事はしませんよ。

「いやいや、いいよ。また探してみる」

 まあ言ったきりで多分忘れちゃうだろうけどさ。


「無くなってるかもよ? お土産なんだから気に入った方を食べなよ」

 にこりと笑って抹茶をこれ見よがしに頬張られると、ここはもうありがたくいただくしかない。

 ああ、やっぱ天使要素バッチリ残ってるわー

 人の不安を煽りながらの笑顔ではあったけれども。


「あ、こっち食べてなかったね。こっちも食べてみ? 美味しいよ?」

 限定ものを差し出すと、ハルは少し困ったような表情を浮かべた。

「いいよ、俺スプーン使っちゃったしね」

 あー……

 言葉にされると生々しいな。

 でも。

「別にいいよ」

 言って、カップを「ほい」と差し出す。

 いや昔から似たような事してたしな。

 ハルならまあ少々いっか、的な。


「月ちゃん」

 そこでハルの声が何か不穏なものに変わった気がした。


「そういうの気にしない人? それとも弟みたいなもんだから?」


 ……アイス、ちょうどいい柔らかさになったから食べようよー。


「……ま、いいか。俺のつっこむのは気が引けるからアーンして」

 ハルはそう言っていたずらを思い付いた子供のような顔で笑った。

 ……あーん、とな?

 そっちの方がお互いにダメージでかいじゃんか!


「もー、じゃあ新しいスプーン取ってくる」

「そこまでしなくても」

 キッチンへと立てば背後から楽しそうなハルの笑い声とともに、最近ではすっかりおなじみになったメロディーがつけっぱなしだったテレビから流れて来た。

 チラリと顔を向けたそこには興行収入100億突破というアニメ映画の映像。

「これ見た?」

「……行ったよ」

 ハルに聞かれ、この年でアニメと言うのもアレだけど、嘘をつくほどではないかと不本意ながら答える。

 グイグイ布教してくる後輩に散々勧められ、「二回目行くから一緒に行きましょうよ」と連れて行かれた。


 結論。

 良かったよ。

 そりゃリピーター続出でロングランになるわ。


「ホント? 俺も1回見たんだけどもう1回見ようかなと思って。今までリピートなんてした事ないんだけど、本読んだらもう1回行きたくなって」

「……ノベライズ、読んだの?」

 いろんな視点から描かれたそれを読むと、新たな発見があってもう一度見に行きたくなるんだと後輩が熱弁していた。あいにく後輩も借りて読んだらしく、まあ買うほどではなかろうと放置してたんだけど。

「持ってたりする?」

「……ございますよ。お持ちしましょうか」

 明日からはお互い仕事で会う事もないので本は理沙さんに預けてもらって、私か母が行ったついでに受け取って帰る事にした。

 理沙さんは年末には退院できるだろうと聞いている。そうなると返す機会がないよなーと一瞬悩んだけど、母に頼んで職場で理沙さんに渡してもらえばいいだけの話だった。


「で、それ読んだらもう一回一緒に行こうよ。年明け空いてる?」

「空いてるけどいいよー、初売りとかぶって人多いじゃん」

 この辺りで行くとしたら商業施設に併設のシネコン。福袋を求めて長蛇の列が出来るショッピングモールなんて考えただけで嫌だ。ていうか予定を聞かないでほしい。大掃除と女友達との飲みが1件くらいしか予定入ってないんだから。

「二日ならもう大丈夫だって。ご飯食べさせてもらったお礼」

「お礼ならアイスとお酒で十分だよ」

「でも読んだら行きたくなるよ?」


 ……くっ、痛いところを突いてくるな。

 さすがオタ。

 いや、勝手にオタ認定してるんだけど。


「……ちょっと調べてみる」

 テレビの脇に置いてあったノートパソコンをコタツに取りに行くついでに使っていた『人を堕落させるクッション』を譲ってやるとハルは喜んでそこにうつ伏せになった。

 今夜はアルコールが入っているせいか、3連チャンで慣れたからか今夜のハルはかなりくつろいでいる気がする。

 うんうん、親戚宅でくつろげるのはいい事だよね。


「じゃあ俺、時間調べとくね」

 ネタバレを回避しながらノベライズを読んだ人のクチコミ情報のチェックに入ると、ハルはもう決定とばかりにそんな事を言ってスマホを手にした。よくスマホで調べ物出来るなと思う。外出先では便利だけど、やっぱりネットはパソコンの方が便利で速いと思うのよね。

 まぁ慣れてないだけかもしれないけど。


「あれかね、君も最近の若者らしく課金とかするのかね」

 スマートフォンの画面を見つめる姿に、ふとソシャゲにお金をつぎ込んだりするのかちょっと気になった。 

「だいぶ前にやってたけど、いくら時間あっても足りないからやめた。投資しても最終的に何も残らないから課金もしてなかったし」

 会社経営なんて肩書持ちだけど堅実なもんだ。


「……そういや小学校入る前に3ケタの暗算出来てたっけね」

 唐突に思い出した。

「そうだっけ? よく覚えてるね」

 だってあれは忘れられないわ。

 母が『ハルくん天才じゃないの!?うちの子なんて小学校1年の二ケタと一ケタのまざった足し算・引き算で躓きかけたのに』と理沙さんに勢い込んで言った所、その返事が衝撃的だった。

『あー……あの子ね、お金が大好きなの』

 それで教えなくても勝手に計算が出来るようになっていたという、天使のように可愛らしい幼児にはなんとも不似合いな理由に軽いショックを受けたものだ。

『気がついたらあっという間に3ケタの暗算してるのよ? 意味が分からなかったわ』と、我が子に若干引いた様子でそんな事を言っていた。


「これいいね、俺も買おうかな」

 『人を堕落させるクッション』をお気に召したようだ。

「でしょ、でも油断すると寝ちゃうよ。私もたまにここで寝ちゃってるし」

 ディスプレイを見ながら笑うと、視界の隅でハルがぎょっとした様子で体を起こしたのが見えた。

「ここで……?」

 ん?

 何をそんなに驚いてんの?

「そりゃコタツとそれがあったらイチコロよ?」

「月ちゃん……それはダメじゃない?」

 なんだよ、家のコタツでうたた寝くらいいじゃんか。

 コタツだぞ?

 なんでそんなに微妙な顔されなきゃいけないんだよ。なに、女の子に夢見てるタイプか?

 

「そのまま伏臥上体反らししてみ?」

「月ちゃん車運転する時も手袋してたよね?」

 上半身を起こした姿勢になんとなく絡んでみたけど、それはあっさりと華麗にスルーされてしまった。

「それ指先空いてるから潔癖症じゃないよね? なんで手袋してんの?」

 綿素材で第一関節より少し上で切れていて、指先が少しだけのぞいているコレですか。パソコン用ですわ。

「冷え性」

 恐れ入ったか、若人。

 冬場は特にマウス使う方がキンキンに冷えるのだよ。

「何年か前に急に来た」

 本当に急だったわー。

 それまで言葉でしか知らなかった「冷え性」たるものを、三十になろうかという冬突然「これか、これなのか!」と自覚するというね。

 これが年ってやつか。三十路恐るべしと戦いたもんよ。


 その後母が帰って来て、大晦日は年末辺りに退院予定の理沙さんを招いて年越しソバ、1月2日は新年カニ鍋大会の決定が発表された。問答無用だった。

 神崎家はうちだけでなく、ハルのトコまで完全にうちの母で回ってる気がする。

 ホントすまん。



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