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6、12月25日 リサイクルどんぶりカレー


 もう十年も前の事。中学生だったハルの手伝いをした事があった。


 ハルの住んでいる地区の秋祭りのちょうちん行列は、男子中学生がリーダーとなって神輿と一緒に各家庭を練り歩いてお菓子を集めて分配するというものだけどその運営は子供達が主体と言うちょっと変わったもので、祭りの前から各家庭から寄付を集めるのも中学生、当日子供達をまとめるのも中学生。

 大人は幼稚園児や小学校低学年の保護者はさすがに付き添うが、それも本当に付き添うだけ。リーダーを務める中学生の保護者だけふらふらしている小学生達に目を配ったり、車が来た時に交通誘導の手助けをするくらいで、地域の大人は「うちの祭りラクよー」とみんな口をそろえて言うという地域。

 そんな祭りのリーダーをハルが務める年、仕事で参加出来なかった理沙さんとお義父さんに代わって私が行ったのだけれども━━美形中学生はすごかった。


 イケメン中学生が寄付の集金に回ったせいで地域のおばちゃん達がお菓子を奮発した結果、例年の倍近いお菓子が集まったらしい。

 分かる。いっぱいあげたくなるよね。

「小さい子は最後まではキツイよなー、あと10軒くらいだから頑張れー」などと小学校低学年の小さい子供達に声をかけ、中学生には的確に指示を飛ばし、若いお母さんが抱っこしている赤ちゃんにニコニコしながら手を振ってあやし……なんだよ、中学生でそこまでできちゃうのかよ! 完璧かよ! みたいな。

 そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、各所でお母さん方の「あのカッコいいコ、どこの子?」というざわつきを耳にした。

 私はあくまでもアウェイなので素知らぬ顔で後方支援に徹していたけど、ちょっと鼻が高かったもんだ。


 一軒一軒回るため夕方5時スタートで9時近くになって終わるという過酷な祭りらしいけど、ハルが集団を二つに分け片方が一軒目に入ってる間、入り切らなくて道にあぶれた子供達を別の班長が二軒目に誘導するという方法で運行した結果その年は8時には解散する事が出来た。

 地域の人達から絶賛されたハルの運行方法は翌年以降も継承されているらしい。

 あー、あの時帰りに「月ちゃん今日はありがと」ってはにかんで言ったハル可愛かったなー

 中学生だもんね、中途半端に年上で疎遠になりつつある女相手って戸惑ってたんだろうなー


 何が言いたいかというと。

 ハルは昔から効率を考える子だったという事で。


「休みが取れるシステム会社、がわが社の採用時のアピールポイント」というハルは日が暮れる前からうちにいた。

 早くに仕事が終わったんなら家で休むなり、クリスマスを楽しみに街へ繰り出すなりすればいいのに。ハルならどこの集まりでも飛び入りウェルカムだろうと思うんだけど。

 うちの母でさえ、「ディナーショー行ったら同僚にイルミネーション誘われちゃった」なんて言って今夜も遊びに行ったというのに!

 

「何か手伝う事ある?」

 なんて我が家のキッチンを覗きこみながらでそんな事言って、若いもんが嘆かわしいったらありゃしないぞ、ハルよ。


 その上手伝いも何も今夜は昨日のおでんの残り具材をカレーサイズに切って「コクが出るらしい」隠し味の砂糖とルーを入れるだけという、超絶手抜きディナー。

「今日仕事だった人は座ってていいよ」

 ホントこのコ、なんでこんなものわざわざこんな日に食べに来たんだろ。

 高級アイスのお土産は「キミ分かってるね!」とばかりにありがたくいただいといてなんだけどさ。ちょうど昨日旭が冷凍ピザを持って帰ってくれた分、冷凍庫にスペースが出来たトコだよ。


「仕事って言ってもあとは明日稼働してみないと分からないからちょっと最終チェックしただけだし」

 ……

 まだ残ってる大根を短冊切りにして和風ドレッシングで浅漬け風に簡単に食べようかと思ってたんだけれども。

 お手伝いがしたいと言うなら仕方ない。

「じゃあ大根、スライサーで千切りにしてくれる?」

 美味しいサラダを作ってやろうではないか。


 私がサラダのドレッシングを作りながら時々カレーをまぜる隣でハルは大根をおろす最中、ピロンと耳慣れない電子音を発したのはハルのスマホだった。

 チラリと通知を確かめて外を見やるハル。

「あー、雨降るかも。弥生さん傘持ってった?」

「天気予報チェックして持って行ったから大丈夫なはず。え、なに? 雨降るの分かるアプリとかあるの?」

「まぁ当たったり外れたりだけどね」

 洗濯物干してる時とか便利じゃんか!

「後で私のにも入れて。あ、カレー入れるのどんぶりでいい?」

 シンクの背面の食器棚を開けた所で一応確認のために声を掛けると、背後からどんっとハルが背中を合わせてきた。


「だよね!? やっぱカレーはどんぶりのモンだよね」


 そうなぜか興奮気味に言って、ご機嫌さんでシンクに置いたザルの上での大根おろし作業を再開する。

「むかし月ちゃんちでどんぶりでカレー出してもらってから、俺もどんぶり派。外では仕方ないけどやっぱカレーはどんぶりじゃないとね」

「うん、間違いない」

 カレー皿だとルーが流れるわ広がるわだけど、どんぶりだと底の方にしか行きようがないから全体的に効率よく染みわたるし、スプーンでも食べやすい。

 そう思ってたけど━━


「昔彼氏んトコでどんぶりにもって出したらちょっと引かれた」

 我ながらウケるわー。

 カレー皿が売ってるのは何のためだと言われた。

 この年になるとそんな狭量な奴別れて正解だったと思えるけど、当時はちょっと戸惑って、若さゆえにショック受けたりしたもんなー。


「あー俺も彼女がカレー作った時、どんぶりで食べようとしたらめちゃくちゃ動揺された事あった」


 ああ……うん。

 こんなイケメンが野暮ったい事し始めたら……そりゃシュールな光景だわ。

 彼女も動揺しただろうな。

 イケメン彼氏のうちにアポなしで行ったらトランクスと白いランニングでお腹を掻きながら出てきた、みたいなカンジかと。

「すまんね、我が家のおかしな文化を植え付けて」

 そして彼女さん。

 イケメンハイスペック彼氏のイメージぶち壊してすまんかった。


 *


「これウマっ」

 今日もちゃんといただきますと手を合わせたハルが驚いた顔をしたのは、大根二分の一本を自らスライサーでおろした大根サラダ。

 特製ドレッシングとゴマと鰹節と海苔を混ぜ込んだ大根消費メニュー。

 大人数おでん用に大根1.5本買っちゃってたもんでね。


「それ、駅前の居酒屋の人気メニュー。昔あそこでバイトしててさ」

 9割のグループがオーダーするんで、バイトに入るたびに大量に仕込めばもう分量は頭に染みこんでる。

 ハルが何か言いかけてやめたのを見逃さなかったぞ私は。

「何よ、言いたい事あるなら言いなさいよ」

「大した事じゃないって」

「じゃあ言ったらいいよ」

「いやー、言ったら怒られそうで」

 それは大した事に該当しないかね。

「言いんしゃいって」

「月ちゃんがバイトしてる時に行きたかったなって」

「その頃ハルはバッチリ未成年だね」

「だから言いたくなかったんだって」

 拗ねたように不満顔を浮かべて見せるハルは明日からまた忙しくなるんだろうなぁ。

「年末年始は長く取ったから」

 そうは言うものの、ここ三日はちょっと帰りが早かったんだろうけどずっと長時間労働なんだろうなぁ。

 ていうかホントにその年末年始は休めるのか?

 この世の世知辛さをひしひしと感じる年齢だからおばちゃん心配だわー

 そんな子は今日くらいゆっくりさせてやりたい。

「帰るなり寝てていいよ。上げ膳下げ膳の幸せを堪能するがいい」

「食べるだけ食べさせてもらってそれはムリ。気が引ける」

「お姉さんからのクリスマスプレゼントだと思いなさい。どうせ今日は食器少ないんだから。あー、抹茶と期間限定、どっちにしようかなー。ハルどっち?」

 食器を下げて冷凍庫を覗きこむ。

 今晩なんてカレーとサラダ。

 あとはトースターでホイルの包み焼きにしたパプリカだけだからね。

 自分一人ならシンプルサラダだけど、ついパプリカとか入れて華やかにしてしまって大量に残ったから仕方なく作った副菜。

 パプリカの赤色に「インスタ映えするやつだ」とかハルに言われたけど、もともとめんどくさがりの流行り物には乗っからない天邪鬼体質。メッセージアプリも使いこなせないのにそんなのするワケがない。


「うーあー悩むー」

 普段は定番がいい方なんだけど、期間限定も食べたい。

 バニラ2個に抹茶とラムレーズンとストロベリーの定番系と期間限定3種の合計8個。

 小さいから冷凍庫大丈夫だよね?と言ってたけど、小さいのにいいお値段するヤツを8個。

 このブルジョワめ。

「抹茶好きなんだけどクリスマスだしなー、期間限定にしようかなー。ハルは?」

 一度冷凍庫を閉めてうだうだ悩む。

「俺はみんなが残しそうなやつでいいけど……じゃあ抹茶と期間限定にしてはじめの一口交換するとかは?」

「さすが賢いねッ」

 いそいそと抹茶と期間限定を取りだした。


 カレーはダイニングテーブルで食べたけど、アイスはやっぱコタツでしょ。

「あ、そだ。片付けはいいからさっきのアプリ入れといてよ」

 食べ終わった空の紙容器を重ねると持って行こうとするハルに待ったをかける。ダイニングテーブルに置きっぱなしだったスマートフォンを取ってきてハルの前に置くと呆れたため息をつかれた。

「だーから、誰彼構わずスマホ渡したらダメだって」

「ダレカレって身内じゃん」

 おかしな事言うね、この子は。

「ホント、気をつけなよ。男も女も関係ないから」

 こんないい歳した女のスマホに怪しげなアプリ仕込む奴なんていないだろとは思うものの、まぁ本職さんの言う事だ。

 なるべく従いますわ。


「ガラケーからスマホに変えたのって、彼氏と別れたから?」

 私の端末の画面に目を向けたままハルは唐突にそう言った。


 ……あー、世間一般ではそう思われる、のか?

 一瞬答えに詰まったせいか、ハルはこちらを真剣な目で見て来る。


 ……スマン。

 そんな大人の理由じゃないのだよ。


「学校の手前に中央公園あるじゃない? あそこにコンクリの滑り台あったの覚えてる?」


 いや、話を誤魔化そうとしてるんじゃないから。

 そんな眉を顰めなくてもいいじゃんか。


「甥っ子達と遊びに行ってケータイ胸ポケットに入れたまま滑って遊んでたら落ちちゃって。コンクリに強打させたあげく砂場に突き刺さったのよ」

 最近はガラケーの機種も少なそうだし、壊れるまでは使う気満々だった。

 それなのに。

 落としてコンクリに強打した時の音は生きた心地がしなかった。その後、シューッと滑って行って先の砂場にサクッと刺さったときにゃ━━笑うしかなかった。

 ホント甥っ子達とゲラゲラ笑ったわ。まさに大ウケ。


「ヒンジの樹脂カバーが割れて吹っ飛んじゃって、本気で壊れる前に交換しないといけなくなっちゃって、変えるならもうスマホにするしかないかな、と」

 苦渋の決断だったわ。

 

「あ、だから番号そのままなのよ」

 そうそう、これが重要なのよ。


 電話番号なんて変えないで済む、そりゃ綺麗にあっさりとした、大人のお別れだったんだから。



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