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4、12月23日 大量すぎるロールキャベツ

 えー本日の夕飯は弟家族と過ごすクリスマス恒例、大鍋いっぱいのロールキャベツです!


 弟一家は午後から到着の予定。

 いつもは母と一緒に準備するけど母は理沙さんの所に行くと言うので私は買い物を担当した。

 朝一で買い出しに行き、午後は甥っ子達と心置きなく遊ぶつもりでそりゃもう気合を入れて下ごしらえをした。一度寝かせた方が美味しいしね。


 叔母ちゃん一人でも美味しいものが作れるところを甥っ子達にアピってやる。


 そう思っていたのに━━


『ごめん、姉ちゃん! 廉太郎がインフルエンザになった。年内はそっち帰るのムリ!』


 ああ、うん。インフルには勝てないだろう。


 殊勝にも「ホントごめん」と言い連ねる旭に「インフルには勝てないっしょ。しょうがないよ」と煮込み始めた大量のロールキャベツを脇目に明るく言ってやる。


 大人四人+ちびっこ二人分。

 叔母ちゃん、超気合い入れて巻いちゃったよ。


「救急行ったんでしょ? この時期すごかったんじゃない? お疲れー。亜由美さんも大変でしょ。家族でうつらないよう頑張って」

 廉太郎は弟の所の次男。こりゃ下手したら兄弟そろってインフルだろうなぁ。


 ああ、明日のおでん用に大量に練り物も買ってるんだよなー。

 練り物って賞味期限短いんだよなー。

 冷凍していいか調べてみるか。


 とりあえず今晩、明日の昼、明日の晩はロールキャベツだな。

 まだ味が染みてないけど今日のお昼も食べようかなぁ。


 母に予定変更のメッセージを送り、カレンダーを見ながら献立を組み直していると母から折り返し連絡があった。


『今晩、ハルくんが消費に協力してくれるって』

 

 ……お母さん、ハルそれどころじゃないと思うんだけど。


 *


「すみません、遅くに」

「いいのよー、無理言ったのはこっちなんだから。ご飯もあるから食べて帰らない? 帰ってから色々するの大変でしょ」

 八時半過ぎになって玄関から母とハルの声がする。

 母よ、ほんとムチャブリが過ぎるよ。


「無理言って申し訳ない。ご協力感謝する」

 リビングに入ってきたハルに心からの謝罪を述べる。

 ここは私の住まいであり、義父の持ち家の一軒家。

 血のつながらない私がのうのうと、義父の血縁者を招き入れている事に何かしっくりこないものを感じながらハルを招き入れた。

「帰っても適当に済ますとこだったから」

 二コリと言ったハルのそれは、若い子が見たらキャーキャー言っちゃいそうな笑顔だった。


「あ、ひじき入りだ。懐かしい」

 ロールキャベツにかぶりついた後、そう嬉しそうに笑うハルに「よく覚えてるね」と少し呆れた。

 母は昔からハンバーグやらロールキャベツなんかの挽き肉の(かたまり)系の料理に「ひじきは海の野菜なのよ」と必ずと言っていいほど戻した乾燥ひじきを入れてた。

 子供に野菜を食べさせたかった気持ちは分かる。甥っ子達もあんまり食べないし。でも大人になって何かの拍子に判明した。

「海の野菜」は昆布だ。

 まぁ体にいい事には変わらないだろうと、今でも大抵ひじきを入れるんだけども昔から我が家の食文化に触れてきたハルはいたくお気に召したらしい。


「ひじき食べるの久し振りかも」

 なんだか嬉そうだ。

 でも分かるわ。

 健康的な物を食べるとそれだけで「ちょっとまともな食生活感」あるよね。

というワケで、だったら遠慮するな、若いんだからもっと行けるでしょうと容赦なく、執拗なまでにおかわりを勧めた。

 なおかつ。

「明日も仕事ってホント? 職場ってお弁当食べられるトコある?」

 もしかしたら客先かもしれないし、と確認してぐいぐい迫った。

 まだまだ残っておりますよ。


 押しつけたい。

 それはもう切実に。


「明日この鍋でおでんを作るから、もっと減らして鍋を空けたいのよ。持って帰らない?」

 そして明日のお昼に私と母で食べて完食にしたい。

 『晩ご飯にチンしても大丈夫だから』と言いたいけど明日は聖夜ってやつだしな。ハイスペックイケメン様に向かってとてもじゃないけどそれは言えねぇや。


「今日は客先だったけど明日は事務所かな」

 よっし!

 もうちょっとばかり消費に協力してください!

 年末用のカニとこの連休用にピザのお取り寄せしてて我が家の冷凍庫、いっぱいなんだよ。大手通販サイトの買い回りセールで年末の準備を兼ねてポイント目当てに毎年買い込むんだよ。

 そもそも今日のロールキャベツは子供用にやわやわに煮込んでるから冷凍にも不向きだし!


「タッパー、洗わなくていいからね。ハンバーグとかってお弁当に入れると油でギットギトになるのよ。それ100均のだし捨てちゃって。あ、それともナイロン袋入れてからタッパー入れるのがいいかな」

 でもそれだとどうせタッパーかお皿に出す事になるかな。

 なんてちょっと策を練っていたら。


「ハル君、明日おでん食べに来ない?」

 母がとんでもない事を言い出した。

 いやいやいや!

 明日は世間様はクリスマスイヴってやつだからね!?


 動揺した次の瞬間、私はさらなる衝撃に襲われる事になる。

 

「私、理沙ちゃんにクリスマスのディナーショーのチケットもらっちゃったから明日居ないのよ」


 ……は?

 ぽかんという表現がぴったりであろう間抜面を晒したと思う。


 え、ちょっ、聞いてない!

 大量の練り物をどうしろと……!?


「ああ、母が毎年会社の方と行ってるやつですよね」

 ハルはすぐに納得したらしい。


「職場のメンバーは毎年行ってるけどうちは旭達が来るから不参加だったのよ。用事がなくなったらちょうどいいからって」

 まさかここに来てこんなひどい裏切りに遭うとは……ッ!

 イヴに一人で大鍋おでんはさすがにちょっとキツイ……か?

 いや、一人無礼講に走るというテもあるな。

 案外悪くないかも……?

 なんてその気になりかけている脇で母とハルは楽しそうに話している。


「チケットもったいないし、今回お世話になったんでぜひ行って来てください。でもって明日来ていいんですか? いいならお願いしたいです。明日は今日よりは早く帰れると思うし。いい? 月ちゃん」

 こっちは対面キッチンのシンク側に立っていて、ハルはカウンター前のダイニングチェアに腰掛けている。

 本人にそのつもりは無いんだろうけど結果として上目遣い。

 なおかつ大量の練り物がある。

 でもって私は予定ゼロ。


 否とは言えないでしょ、これ。


「そっちがいいならこっちは大丈夫だけど……」

 ホントに?

 ホントにいいのか若人よ。

 なんかこっちが心配になるんだけど。


「あ、じゃあタッパーは食洗器に突っ込むからそのまま持って帰ってくれる?」

 ちょっと恐る恐るな言い方になったけど━━いいように考える事にした。


 *


「コンビニでおにぎりでも買ってお弁当にしたらいいよ」

 玄関で靴を履くために上がり框に腰を掛けたハルに後ろから声を掛ける。


「飯くらい炊けるって」

 ハルは涼やかに苦笑してそれは本当に、他意のないものだったんだけど。


 また、だ。

 どうして私はこう、差し出がましいんだろう。


「そうだよね」

 少しだけ少し声のトーンが下がってしまって、ふとハルが見上げて来る。

「今日はありがと、助かったよ」

 笑顔を作っておどけるように言って、ハルの形のいい唇が何か言おうとするのを無意識に阻止していた。

 あー、そんな目で見ないでよ。

 詮索までは行かないけど窺ってくるような、何か心配をにじませたような視線になぜだか無性に落ち付かなくなる。


 立ちあがって律儀に踵を返して体ごと振り返ったハルに、レジ袋に入ったロールキャベツ入りのタッパーを差し出し、「じゃ」とへらりと笑って言った。

 この時間を終わらせるために。


 ああ、落ち着かなくなるのは見透かされてるような気がするからか。

 8つも年下の男の子にまでお見通しって、なんだか情けない。


「明日、予定とか入ったら遠慮なく言ってね」

 ほら、ハルの仕事ってトラブったら長時間拘束される事とかあるし、友達から急なお誘いがあるかもしれないし。駆け込みで女の子がアタックするかもしれないし。

 あからさまかなと思いつつも言い添えた。


「明日は病院寄ってから来るよ」

「あ、持って行くもの今日預かっとけばよかったね。そしたら明日午前中のうちに持って行けたのに。明日も何か持って行くものあったら預かるから持っておいでよ。25日も動けるからさ」

 病院ってお風呂の順番が結構早く回ってきたりするみたいだから着替えとか、早いうちの方が良かったりするじゃない? なんて思ったんだけど、目を細めてなんだかぬるい感じの微笑みを浮かべるハルにいたたまれなくなる。

 言ってる傍からまたやったよ。

「すっかり親戚のおばちゃんが板についちゃってるでしょ」

 仕方なく肩をすくめるようにして笑っておいた。


「いや、相変わらず面倒見いいなと思って」

 ハルもそう言って笑うけど、それはわたしと違って含みのないもの。

 自虐をイジってくれた方がいいんだけどなぁ。


「いやーこれがねぇ……」

 そして私は口が滑っている自覚があった。

 受け流しちゃえばよかったのに、出来なかった。


「はじめだけだよ。ずっと一緒にいるとね、ウザくなるのよ、これが。お前はオカンか、みたいなね」

 あ、しまった。

 これ完全な自虐になっちゃったな。

 アラサーのこんな泣き言、聞くに堪えないよね。

 ここは一つフォローという名の誤魔化しを入れとくか。

 

「まぁ家庭的な女の子の究極形が親戚のおばちゃんってことだよ。よく覚えとくがいい」


 若い男子が言ってる『家庭的な女の子』なんて上辺だけのもんだからね、失望すんなよ。


 なんて親戚の口うるさいおばちゃん風に言ってやるとハルは「あはは」と笑って━━


「うん、だから結婚してって言ったんだけどね。じゃ、いただいてくね」

 

 実にさらっとハルが言ったから、こっちもそれにつられてさらっと聞き流して一度は降ろしていたレジ袋を再度差し出す。

 差し出したその手にハルはすっかり大きくなった手をなぜか上から重ねるようにして乗せた後、するりと指先まで撫でられて、そのまま指を下からきゅっと逆手に握り込まれる。


「月ちゃん、明日の予定は?」

「午前中のうちにおでん仕込んで、ちょっとだけ理沙さんとこ行かせてもらおうと思ってるけどいいかな?」

 どうせおでんをするなら「染み染み大根」と「染み染み卵」食べたいじゃない?

 12月24日に外に出てふらふらお買い物とか、出来ればあんまりしたくないなじゃい?

 さりげない風を装ってレジ袋を握る手を弱めて手を引っ張り戻した。


「うん」

 って、なんでそこでそんな嬉しそうな、安心したみたいな顔で笑うかな、若人よ。

 どうせ笑うなら24日に朝から自分用におでん作ってるアラサー女子を「まじウケる」って笑ってくれた方がいいんだってば!


「じゃ、また明日」

 スーツの上から昨日と同じコートを着てなんともスタイリッシュという言葉がぴったりなスタイルのハルは、ふわりと笑って帰って行った。


 分かってる。

 成人男性がそうそう無邪気に「にこり」なんて笑うもんじゃない。

 だからやたらと振り撒かれる見惚れるような笑顔に特に意味なんて無いはず。


 って言うかさ!

 いつもそんなお綺麗な顔で、そんなにこにこ笑っちゃってんの?

 女の子勘違いしちゃうよ?


 ああぁぁぁ、そういや昔からマダムキラーな天然タラシだったわ。

 小さい時は可愛いで済むけど、そのまま大きくなっちゃったか。

 あれだけの美男子だからきっと華々しい人間関係を形成して青春を謳歌した結果、ああいう笑い方になったんだな、きっと。

 おっそろしいな。

 それともどこかの女社長から商談を取り付けるためのテクなのか?

 まぁさすがにそれは漫画の読み過ぎってもんだろうけど━━


 親戚のおばちゃん喜ばしてもなんにもならねぇぜ?



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