2、12月20日 久々の再会。いやー大きくなったねぇ、みたいな。
バツイチ、再婚に関する記述があります。
暗いものではありませんが地雷がある方はご注意ください。
「ちょっと複雑なんだよね、うちの家。まあ簡単に言えば母が再婚して、イケメンの義父と、美魔女な叔母と、天使みたいな従弟が出来たのよ」
細かく説明するのは面倒なので、説明しないといけなくなった時は大抵これで乗り切る。
まあ一応説明するけどちょっとややこしいのでスルーでいいくらいだ。
豪快なうちの母と、ハル君のママ理沙さんは職場が同じだ。
母は当時バツイチで、理沙さんも小さいハル君を抱えたシングルマザーで、ウマが合いまくったらしく、住まいも校区内と大変ご近所とくれば「この過酷な日本という国を協力して生き抜こう」の精神で家族同然の仲だった。
まぁ私も弟もその頃は中高生である程度手は離れていたけど、面倒見の良い母は若い理沙さんを放っておけなかったんだろう。
ハル君、可愛いし。
可愛いは正義。
そんなもんで理沙さんが仕事遅くなったり、研修で外泊する時はうちで過ごしていた。
ハルくんはもうね、ほんと可愛かったのよ!
「ババァ」とか言わないのよ!
私が「月子」なんだけど「月ちゃん」とか呼んでくれて、それはもう、天使か!みたいな。
「弥生ママ結婚してる? してないなら僕と結婚して」
なーんてマダムキラーだったし!
そんな可愛いイケメン幼児にぶっちゃけ私と母はメロメロだった。
その後、理沙さんのお兄さんも離婚されるという、あれ? 私の回りバツイチばっかりだな、という状況になった。
まぁ3組中1組は離婚するって世の中だし、たまたま集まっちゃったんだろう。
今で言う所のスパダリなハル君のおじさんも子供好きなのに子供がいなかった、というか出来なかった方なので積極的にハルくんの育児に関わるようになった結果━━うちで過ごしていたハルくんを迎えに来た際などに母に「理沙さん遅いんでしょ? ご飯食べてお風呂も入って帰りなさいよ」などと強引に絡まれるうちにうちの母と再婚した。
母は長い間それこそ私が成人するまで「今さら結婚なんて」と再婚を渋っていたけど、年下イケメンが粘り勝ちした。
そして━━和志兄ちゃんと呼んでいた人は、義父になった。
とはいえ。
知り合ってから10年近く経っていて人となりも知っていたし、私ももう二十歳を過ぎていれば━━イケメンの義理パパゲットだぜぃ!という心境。
そして私は神崎姓になり、ハル君こと神崎 遥斗くんとは従姉弟の関係になりました。
とはいえさすがにハルくんが小学生も高学年ともなると、ほとんど会わず。
いや、まぁある程度は正月なんかに会ったりもしたけども結局その後は言わずもがな、長じてからはすっかり会う事もなかったんだけれども━━
『里沙さんが突発性難聴でしばらく入院する事になったので買い出しして来て』
理沙さんとうちのお義父さん兄妹の実家は遠方かつ疎遠。なもんで母からそんなメッセージが届き、折り返し電話を掛けた。
職場で眩暈と吐き気で動けなくなった理沙さんが緊急搬送されて、同僚で親族たる母が付き添ったと言う。
「色々持って来いって書いてあるの。ちょっと買ってきてくれない?」
古い病院だから持参物が多いらしい。
「分かった。タオル類いるよね? 今仕事終わったから一回家寄って、それから買い物して行くわ。書類に書いてあるんだよね? 要る物にチェック入れて写メしといて」
母から入院に必要なものを写メしてもらい100均で買いそろえて訪れた病室には母と病衣姿の理沙さん。
年齢を感じさせない美人さんが、弱々しく笑うと儚い感がすごくて、「突発性難聴」だとは聞いていたけど少なからず動揺した。
「仕事帰りにごめんね、月ちゃん」
こちらが何か言う前に理沙さんに気を遣われてしまう。
「あー、今わりと余裕ある時期だから全然平気。理沙さんこそ大丈夫?」
電話で母から大丈夫だと言われて、それを理沙さんの息子さんに電話で伝えたのは私だから今更だけど。
そんな過程を経ているのに「耳鳴りと眩暈と吐き気が一気に来た時はきつかったけど今は点滴でおさまって片耳だけ聞こえづらい状況」などと聞かされるという、なんともいたたまれない状況。
息子氏、知ったかぶりで電話してすまん。
肝っ玉母ちゃんな母には逆らえんのだよ。それが例えムチャブリでも。
母の隣に座っていたスーツ姿の若いイケメンが立ちあがってパイプ椅子を譲ってくれようとするが、「ダイジョブダイジョブ、どうぞどうぞ」と反復しまくりのセリフで遠慮する。
おぉー。
二時間ほど前に電話でちょっと話したけど久し振りに見た。
理沙さんの一人息子でかつて「天使」と悶えまくった遥斗氏。
ほうほう、母の噂どおりいい男に育っておる。
「タオルは洗濯済みの新品で、こっちは100均だから要らなかったら捨てて帰ってね」
この病院は身のまわりのものはほぼ持参するというシステムでリストにあった箸・湯のみ・スリッパに洗面道具とタオル類を持って来た。
病院で使ったスリッパなど捨てて帰るに限る。
大手100円ショップのロゴの入ったナイロン袋を棚のフックに掛けようとして、足元に病院の名前が印刷されたスリッパがあるのに気付く。
スリッパは出して並べて置くかと思ったけど━━例のハサミがないと取れないビニールの留め具で停まっていた。
しまった。
「ナースセンターで切ってもらうついでにお箸とか洗ってくるわ。割り箸も一応買ってきてるけど」
「あ、俺行ってくるよ」
おお。
偉いね、若者。
ちゃんと気を遣える常識ある若者か。今時珍しい。
「すぐだしいいよ。他に用事ない?」
キミはお母さんについててあげるがいいよ。
電話した時、遥斗氏ものすごく心配そうだったしね。
「月ちゃん相変わらずしっかりしてるわねぇ。ハルったら手ぶらで来るんだもの。やっぱ女の子は違うわねぇ」
「何言ってンの、ハルくん立派な経営者さまじゃないの」
母達のそんな会話を聞きながら病室を出た。
え、なんか地元の大手に就職しなかったっけ。
起業したのか。中学からいいガッコ行って頭良かったもんな。
親戚関係にあるとはいえ、入院初日だし長居するもんでもなかろうと母を促して帰ろうとしたが。
「私もう少しいるから」
母はそんな事を言い出した。
「和志さんにも連絡しないといけないでしょ」
ああ、そうか。
お父さんにしてみたら妹が緊急入院して、妻がついてる状態。
「お父さんにまだ連絡してないの?」
そりゃ今海外出張中だけど。
「うまく連絡しないと心配しちゃうでしょ」
「大した事じゃないし、出張から帰ってからでもいいわよ」
肩をすくめるようにして言う母に理沙さんはあっけらかんと笑うけど、それはお父さんが可愛そうだよ。帰ってからショック受けるわ。
でもまあその辺りは二人で詰めてもらおう。
「このコ、今度の三連休もずっと家にいる予定だし、何かあったら言ってね」
母がさらりと理沙さんに言った。
うん、事実だからいいけど母よ、私のクリスマスの予定をあっさりと暴露するのはいかがなものか。
「クリスマスよ?」
いやねぇ、そんなワケないでしょ、とばかりに理沙さんが笑うけど━━
その「さも予定があって当然」な認識でのフォローが何ともがいたたまれないですわー。
「いやー、ホント暇なんだよね。旭達が帰って来るのをもてなすくらいなのよ。なんで何かあったら言ってもらって大丈夫だよ」
クリスマス前後の連休は毎年、市内在住の弟家族がお泊りに訪れる。
今年は何年かに一度という23日から三連休という独り身にはなんともアレな日程で、甥っ子二人の相手という予定があるだけマシな気さえする。
「この子ったら最近別れたのよー。クリスマス前に悲惨でしょう?」
あれは秋だった。
もう二か月くらいになるわ。
母よ、あんたって人はそういう人だよね。
「え、あの付き合いの長い彼?」
……理沙さん、よくご存じですね。
そんな動揺せずとも。
そりゃ三十前から4年付き合って今さら別れたなんて話、どう対処したらいいか分からないでしょう。母よ、病み上がりの人に気を遣わせるような事言わなくても。
「何年もつき合ってるのに一向にそんな話出ないんだから、どうかなとは思ってたのよ。別れて正解でしょ」
からからと笑う母。言いたい放題かい。
ああ、これ映画とかドラマである田舎における親戚間の容赦ない世間話ってやつかー
まあこの辺りも都会とは言い難いしな。
でもさ。
「ちょっと、そういう話は本人が帰ってからにして」
「帰ってからならいいの?」
本気で懇願したら理沙さんに笑われた。
「言うなって言っても絶対言うし、この人」
産みの親を顎をしゃくって示してやったわ。
退屈な入院生活の話のネタにでもしてくれたら、こっちもいいネタ提供出来たし、まぁいっかって思えるってもんだ。
これから寒くなって人恋しい時期に突入するという、このタイミングで別れを決意した私を褒めといてくれ。
……まぁ、切り出したのはタッチの差でむこうだったんだけど。
ああ、またむかっ腹が……