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13、1月2日 神崎一族会議


 大みそかは素知らぬ顔で帰宅して、にやにやとそれはいやらしい目で見て来る母と理沙さんの顔を極力見ないようにして『明けましておめでとう、お風呂入るわー』などと実にあからさまで低レベルな方法で追求から逃れて。


 元旦は例年通り家でテキトーに過ごし、翌二日はカニ鍋の会。

 食後、満腹すぎるお腹を抱えてコタツに入るとハルがついて来た。母とおとーさん、理沙さんは背後のダイニングテーブルからこちらに視線を送ってくる。

 母と理沙さんから送られるにやにやと表現するのがぴったりな視線がなんとも落ち着かない。


「あの子ね、サンタさんに縄文土器やら松山城やらリクエストしてたのよ」

 それはなんともハルらしい気がする。


「それは年季の入った渋いモノ好きってこと?」

 母よ、それはあんまりってもんじゃないか。

 

「身の程知らずってコト。ねぇ、月ちゃん?」

 理沙さん、そこで私に振らないで。

 母とお話しててください。


「ホントに嫌なら盛大にフッてやっていいのよ。このコ振られた経験なんてないだろうし、一回くらい経験させてやればいいのよ」

「あるって」

 鼻で笑うように言う理沙さんに、うるさげに答えるハルはやっぱり若い男の子だなと思ったりしつつ。


「なんて?」

「……別に私の事好きじゃないんでしょ、的な……? 仕方ないだろ、ずっと月ちゃんが好きだったなんて自覚なかったんだから」

 追究の手を緩めること無く促した理沙さんに嫌そうにしながらもハルはやっぱりちゃんと答える。

 もう一度、今度は確実に鼻で笑った理沙さんと、諦めたようにため息をつくハルはなんというか、実に仲の良い、あけすけ親子だった。

 まぁ母一人、子一人ならそうなるのかもしれない。


「まぁ月子も南の海のワカメに生まれ変わりたいなんて言ってたし、変わり者同士合うと思うわよ」

 母達は恐ろしい事に反対どころか賛成の意をバンバンアピールして来る。ていうかワカメの話はやめて。いつの話よ。


「ハルくんも物好きよね。残念イケメンってホントにいるのね」

 母も母で容赦ないな。

「年上の甘えられないお姉さんを甘やかすのがいいんでしょ」

「……なんか闇を感じるわ。ハルくんこんなに爽やか系なのにねぇ」

 理沙さんの言葉に母はからからと笑った。


「今時三組に一組離婚するってんだから、ダメ元でやってみたらいいじゃないの」

 聞こえないふりを決め込んでいる三十過ぎの娘に、離婚前提の結婚を進める親がどこにいる。


「やった後悔よりやらない後悔のほうが大きいって言うし、死ぬ間際に『一回くらい結婚しとけばよかったなー』って思うのが見に見えてるじゃない」

 しかもなんで娘の今わの際の話を楽し気に語るのか、この母は。


「ハルくん、試しにちょっといい感じになった時プロポーズしてみたら? 案外ほだされてOKするもんだったりするわよ」

「ああ、あるある、そういうの。弥生さんもはじめずっと兄さんからのプロポーズ断ってたもんね」

 母がおとーさんから好意になかなか応じなかったのは大学の頃の話だからそれは私も覚えてる。でもずっと断っていたのは知らない。そんな過去を理沙さんはあっさりと暴露していいの。

「まあ、子供二人いたからずっと断ってたんだけどねー。いざ真剣な顔して言われたらちょっと考えちゃうもんよ?」

「えっ、弥生さん、そうだったの!?」

 母よ、そんな『仕方なくほだされた』みたいにいうから、可哀想におとーさんが慌ててるじゃないの。

 ただでさえハルに何か言われたらしく、おとーさんは朝からずっと挙動不審だったのに。


「お母さんはいいじゃない! こんな外見も中身もいい人だったんだから! そりゃうまく行くでしょうよ!」

 控えめに言って義父は最高だ。

 思わず振り返ってそう反論すると、そのおとーさんは手を口に当てて息を飲んでいた。


「ハルくんも似たようなもんじゃない」

「まあ血は繋がってるしね。でも月ちゃん、お兄ちゃん褒め過ぎよ~」

「月ちゃん、何か欲しいものない? お年玉に買ってあげるから、今度一緒に買い物行こうか」

 母達がからからと笑う中、おとーさんからそわそわと魅力的なデートのお誘いが来た。


「あ、じゃあ美味しいもの食べに行きたい。列車に乗ってランチがすごい気になってるんだけど」

 日帰りで十分できる県内の豪華列車の旅。

 海外出張が多いおとーさんとのお出かけは心躍るものがある。


「ああ、あれいいよね。ご飯だけでいいの? バッグとか時計とか欲しくない?」

「おじさん月ちゃんと、二人で出掛ける気? 俺も行く」

 なぜか対抗心を見せたハルにおとーさんは真面目な顔を見せて言った。

「お前は遠慮しろ。あ、終着駅に迎えに来てくれるならいいぞ。親子水入らずだから。あ~、娘カワイイ」

 せっかく締まったダンディな表情も後半はあっさりと緩んでいた。


「和彦さん、私は?」

「温泉でも行くのはどう?」

 今度は母が謎の対抗心を燃やしてきたけど、そこはさすがおとーさん。相好を崩したままでの母への提案も実に迅速で迷いがない。

 子供や妹の前でもナチュラルにラブラブっぷりを披露しおって。


「それは、いいわね。理沙ちゃんもどう?」

 ただし母はそう言っておとーさんの提案に第三者をも巻きこもうとする。

 これが姐さん女房か。

「なんで私が行くの。遠慮するわよ。二人で行って来て」

「じゃあハルくん、うちでお留守番しててくれる?」

 しかし理沙さんは当然断り、母は何が「じゃあ」なのか全く不可解なことを言い出した。


「あ、はい」

「今おかしい!」

 思わず大きな声が出た。

 『あ、はい』じゃねぇよ、ハル!

 

「そうだよ、若い娘一人の家に男泊めるなんて弥生さん何考えてるの」

「男って甥じゃないの。ていうかうちの息子だし」

 おとーさんが実に良識的な意見を述べてくれたのに、理沙さんがぐうの音も出ないような、そうじゃない、的ななんとも形容し難い否定を述べる。

 そうではなくて。

「いや、若くはないし子供でもあるまいし、いつも私一人で留守番してるじゃん」

 本当に、これに尽きる。

 一番まともでシンプルな事実だ。


「一人よりは俺いた方がよくない? 最近は物騒だよ?」

 なおも食い下がるハルに「だったら月ちゃんも一緒に行こう」と言い出すおとーさん。

 だんだん意味が分からなくなって来た中、ふと母が口を開く。


「月子が結婚願望薄いのって、周りの大人がみんな離婚歴あるからよね」

 ぽつりと言われたそれに、動揺した。

 それは……違う。

 単に私がドライな人間だからで、結婚しない生き方も選択肢にあるという今のご時世に甘えていたからで、プロポーズしてもらえなかったからしなかったんであって。そんな話になったら結婚していたはず。

 それなのにずっとそんな風に思わせていたなんてショックで、申し訳なくて口を開きかけたのに。


「ハルくんとだったら苗字おんなじだから何かとラクよ? 離婚しても変わらないしね」

 母は実にあっけらかんと宣いやがった。

 ちょっと深刻に親不孝を痛感し始めていたのに! なんだよ、もう!

 

 でも。

 確かに。

 そう言われると。

 実父の姓から母の旧姓に。そこから母の再婚により今の神崎姓にと私はすでに二度苗字が変わって今の神崎姓は三つめだったりする。


「手続きは住所変更くらいで済むんじゃない?」


 免許やら、カードやら銀行関係やらの変更手続きに明け暮れた経験のある身としては……


「今、ちょっと揺れたでしょ」

 したり顔で母は笑い、お父さんは「ふぇ!?」とおかしな声を上げた。


「月ちゃん、それで決めちゃうの?」

「いや、決めないよ」

 おお、ちょっとそれは素晴らしいかも、とは思ったけどさ。

 動揺した義父に答えつつ少し考える。


 考えて、考えるのも馬鹿らしくなった。

 酒が入って満腹なのもいけないんだろう。

 

 ふとテレビを見ると正月バージョンのコマーシャル。

 最近みょうに桃太郎やら浦島太郎やらおとぎ話のキャラクターのコマーシャル多い気がする。


 ああ、そう言えばハルも昔なんかかわいいコト言ってたのに。

 まさかこんな不可解な成長を遂げようとは。


『お餅を持って行って“仲良くしましょう”と言いました』


 ……ん?

 でもそれって貢物を持って行って仲間にしてもらった可能性もあるのか?

 桃太郎、略奪とかに手を染めるのか?

 いや、平和条約を締結したんだよね?


 多分難しい顔で画面を見ていただろう私につられるようにチラリとそちらを見たハルは、何気なしといった感じで自然と口を開く。


「きび団子、鬼に食べさせたら早かったと思わない?」


 ……なんだと?


 そりゃそうだ。

 動物を手下に出来るお団子を鬼に食わせりゃそりゃ話は早かろう。

 あっさり鬼も制圧出来るだろうし、その気になれば鬼達のトップに立つ事だって出来る。

 そりゃそうだけれども。

 なんというかもう、アレだ。


 鬼か、桃太郎。


 いやこの場合、ハルが、か。

「えげつないな」

 思わずハルにそうつっこむと、何でもない事のように「そう?」と笑った。


 ハルも大人になったんだなぁ。


 つい溜め息がこぼれた。

 それは整った涼やかな顔に浮かんだ綺麗な微笑に対してではなく、なんというか諦めとか敗北を認めた溜め息というやつで。

 コタツのテーブルの上に乗せていた両手をもそもそとこたつ布団に入れ、冷たい天板に顎を乗せる。

 背後では大人達が「どこの温泉がいい」だなんだと先ほどまでの会話はなんだだったのかと思わずにはいられない内容で盛り上がっている。

 だらしない姿勢になった私を、目元を緩ませ面白そうにこちらを見ているハル。

 その眼差しは柔らかくて、もう一度内心、さっきと同様の溜め息をついた。


「後悔させたら殺す」


 ハルにしか聞こえないように言って恥ずかしさのあまりテレビに目を向けたけど、それでも視界の隅でハルが目を瞠ったあと嬉しそうに笑うのが見えて。

 ますます恥ずかしくなった刹那、コタツの中で手を握られた。


「~~~っ!」

 咄嗟に天板におでこを着けて顔を伏せる。

 ああ、もうホントに。

 万事が万事、恥ずかしい。

 柄にもなく、ものすごく心臓が跳ねてそのままどくどくと鼓動を刻んで落ち着かない。


 それでも。

 ハルの少し冷たくて大きな手をそっと握り返した。





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