12、大晦日 二人の告白
以上、神崎一族でそばを食べた後ハルが『除夜詣行こう』などと言い出して、なぜか母に行けと言われて二人でやって来た寂れた神社の境内で、ハルの華々しい女性遍歴的な物を聞かされたあげく、最終的に言われたのがこれ。
「というワケで、結婚を前提としたお付き合いをお願いしたいんだけど」
ああ、ついに。
ついに、とうとう。
「言いやがったな、このやろう」
これまでずっと「フレンドリーな態度で親戚のおばちゃんからかいやがって、人懐こい愛い奴め」と思うようにしてたのに。
それが「あれ? やっぱコイツおかしな幻想に囚われてるな」と気付いたけど、それでも気付かないフリしてやり過ごそうと思っていたのに。
そんな事を言われて、ハイそうですかなんて答えられるわけがない。
「それは刷り込みってやつだよー」
軽く天を仰ぐなどというコテコテのジェスチャー付きで言ってしまう。
あー、物心ついた頃に無垢な幼児に悪い事をした。
「刷りこみでもいいよ。こんなに長い間ブレなかったんだからもう修正とかきかないし」
否応なく、なすすべもなく、どうしようもなく動揺させられて、年甲斐もなく恋かと勘違いしそうになるくらいドキドキしてしまって。
でも分かってる。
ちゃんと、理解している。
いろんな現状を冷静に考えればそんなハズはなくて、うっかりときめいたりすれば後がキツイのは明白すぎる。年を重ねた分シビアに物事を考えて、そんな愚は侵さまいと諦観にも似た心境になるのも仕方がないってもんでしょ。
だから私はちゃんと断らないといけない。
それが年上である私の役目。
私は、ハルみたいないい子で素敵な好青年に想ってもらうような人間じゃないんだから。
「今のハルだから今の私に言っちゃうんだよ。10年後、君はまだ34だよ。その頃の私は四十も過ぎて体形も崩れて、肌も変わって、白髪に悩んでる。でもって君が君と同じくらいの相手に気移りしていくのを恐れてる。そんな将来はいやだし、無理。それなら10コくらい年上の人に自分よりだいぶ若いからって大事にしてもらって、他に目移りしない安心感の中で生きて行きたい。ものすごくズルくて打算的な人間なんだよ」
ハルは黙って聞いていた。
「でもってさ、こんな事を赤裸々に言わなきゃいけないこの状況が不本意で、正直ツラいわけよ」
自分で傷をえぐって、醜い部分をさらけ出すみたいでさ。
だから、「ちょっと複雑な遠い親戚」に戻ろう。
久々に再開して、ちょっと仲のいい親戚づきあいに発展した、って事で落ち着きたい。
頑張って赤裸々に言ったつもりだったのに。
「月ちゃんは優しいよね」
ハルは残酷なほど穏やかで優しい目をして、お前は人の話を聞いていたのかと言いたくなる返しをして来た。
「俺がダメなんだとは言わない」
言ってる、言ってる。
そりゃもう全力で。
「だからいい返事がもらえるまでずっと言い続ける。俺が30過ぎたらちょっとは月ちゃんの考え方も変わってくるかもしれないし」
ちょっと、聞きました?
コイツ優しい笑顔で私が10年後も独り身だと言い切りやがりましたよ?
甘いコト言ってるようでとんでもドS発言か。
でもちょっと的を射ている部分はある。そりゃもう多分に。
チクショウめ。
「出来もしないコト無責任に言うもんじゃないわよ」
腹が立ったのでそれは刺々しい言い方になったのにハルは目を細め、口の両端を上げた。
それはまるで勝利を確信した男の顔に見えて、思わずたじろぐ。って言うか、ひいた。
「気付かなかったとはいえもう十年以上、月ちゃん一筋だったのに? あと十年くらいは全然余裕だよ。それに刷り込みって言うならさ、三つ子の魂百までって言うし逆に大丈夫だと思わない?」
そりゃそっちは十年経った頃は30過ぎの男盛り。
だから余計に無理なんだよ。
本当につらくなって、平然とした表情を保つのもきつくなった所で、ハルはまた爆弾を落とす。
「まぁそれでも不安なのは分からないでもないからさ。俺がもし月ちゃんを悲しませたら母さんに言いつけたらいいよ」
それは。
義母に旦那の愚痴を言うって事だよね。
世間一般で言うなれば、絶対的にタブーな案件じゃないの。
ああ、ズルいなぁ。
泣きたくなった。
小さい頃と、今を見てれば分かっちゃうんだよなぁ。
ハルがどれだけお母さんを大事にしてるか、どんな存在なのか。
しかも理沙さんも私を子供の頃から見てて、親戚関係になった今じゃ「姪っ子」として可愛がってくれているのも分かってる。
ハルが言うような状況になったら理沙さんはそれは怒るし、悲しむだろう。
そしてハルはそんな事絶対にしないような気がする。
絶対なんて確証のない無責任な言葉を使うのは嫌だけど、ハルはきっとそれをしない。
今なら『8つも下のイケメンから告白されちゃった。私もまだまだ捨てたもんじゃないね』と武勇伝的いい思い出で終われる。
八つ。その年の差がなければ少しはうぬぼれる事も出来たのに。
ううん、ハルがもっと普通の容姿だったら案外受け入れられたのかもしれない。でもそれは『浮気なんて出来るようなルックスじゃないし』と相手を下に見てるって事で、そう思ってしまう自分に嫌気がさす。
もうホントどうしろと。
この年になって、まだこんなに途方に暮れるなんて。
ここ数年、仕事や人間関係で打ちのめされ底まで沈むといった事もなく、恋愛では変化があったもののそれも落ち着きつつあって、そこそこ穏やかで、安定した日常だったのに。
久し振りで、こんな時どうやって乗り越えてきたか忘れてしまった。
「月ちゃん、月ちゃんは俺が月ちゃんを口説く覚悟、甘く見てるよ」
それは、そうなのかもしれない。
だって私なんて8つも年上で、和志パパにしてみたら最愛の奥さんの連れ子で、和志パパは子供を諦めていたせいもあって私を実の娘のように大事にしてくれてて、そんな相手に軽々しくちょっかいを出そうと言うほど、ハルは馬鹿じゃないはずだもの。
でもそれを認めるのも悔しいので言ってやった。
「再開して2時間でプロポーズとかしといて、それは説得力がない」
「そう? 自分的にはごく自然な成り行きだったんだけど。だから━━自分でも最低だとは思うんだけど、月ちゃんとおじさんが一緒に暮らしてることにも心中穏やかじゃないレベルでさ」
そこで初めてハルは眉をへにょりと寄せて情けない顔を見せ、私はそれを言われて、唖然とした。
だって、何を。
お父さんは母に心酔しているのに。
もう、本当に。
「ホントにサイテー」
うつむいて呟いて、それから顔を上げる。
「何が最低かって、そんなサイアクなコト聞いてそこまで腹が立たない自分に一番腹が立つ」
激怒してもいいほどの案件なのに、なんなのよこれ。
「ごめんね」
ハルは困ったように、寂し気に笑う。
その表情に返す言葉を失ったところでハルは一歩前に出て、見上げたそこにあったのはなんとも切なげな顔だった。
「キスしていい?」
「い、イヤ。しない」
突然の発言に情けないかな声は震えてしまったけど、そこはきちんと拒否した。
それをしてしまうと戻れない。
この空気でNOと言えた自分、えらい。
そう思ったのに。
「間違えた。キスしたい。するよ。」
こっちの戸惑いと動揺をよそにハルは勝手に断言する。
「この間もホントはそうしたかったんだけど、弱みにつけこむなんて言った手前ホントにつけこむわけにはいかなくて我慢したんだから。」
苦笑するように言いながら見せる優しい眼差しと、いつの間にか背中に回された腕からは、逃れられなかった。
優しく触れるだけのキスの後、ついばむような軽いそれを繰り返されて、その先を求められているのが分かる。
この期に及んで何をという感満載だけど、どうしてもそれ以上の展開に踏み切れない。
咄嗟にハルの肩の辺りに当てた両手を、まるで人生初めてのキスの時のようにどうしていいかが分からない。
押し返すべきなのか、他に持って行くべきなのか判断がつかない。
「ま、今こんな話しても月ちゃん今日飲んでるし、明日になったらなかった事にされそうだし」
やっぱり仕事が出来るんだろうな。
引き際をわきまえている感じが駆け引き上手だろうと思わせる困った男は、動けない私をすっぽりと懐に抱きこんであっさりと再戦を予告してきた。
「ちゃんと和志さんに了承もらってから改めて、ね」
……は?
それもたいがいだけど、続く言葉はもっと最悪だった。
「弥生さんと母さんからは了承もらってるけど、その辺はきちんとしておきたいから」
にっこりという表現がぴったりの笑顔に、戦慄を覚える。
「な、に、どういう……え?」
「月ちゃんからOKもらえても、親戚だからって反対されたり後で面倒な事になるのは避けたいし、そうなると月ちゃん『そら見た事か』って勝ち誇るだろうからね」
さっすが仕事の出来る男は違うね!
無駄に機転利かせやがってぇぇぇ!!
はッ!
母がクリスマスの連休にやたら夜遊びに出てたり、私達に買い出しさせたのはそれでかぁ!
「これだけは言っとくけど、女の子にこんなにキスしたいと思ったの初めてだから」
人の了承もなしに何言ってやがると腹が立ったそこに、これまでに見た事もないような恥じらい顔で、そんな聞きたくなかった衝撃的な告白を挟んで来やがった。
なに可愛らしく照れてやがんだ、このヤロウ。
年も明けたしさっさと帰るぞ、クソ寒い。
でもまだみんな起きてるだろうなぁ!
おめでとう言ってさっさと寝るしかねぇな、こりゃ。
あと一話か二話で終わるはず。
なのにまとまらず……