10、12月30日 早くおうちに帰ろう、ってCMみたいだなと。
映画の後ショッピングモールに併設のスーパーに寄って「年末年始に食べたい物」をハルに意見を求めつつ、ほぼ独断と偏見で買い込んだ。
ついでにテナントの某有名輸入食材店に年末の大掃除を完了させた自分へのご褒美にワインと、普段は購入を躊躇うチーズを買いに寄る。
百グラム五百円。されど五百円。
期間限定といつもの定番で悩んでいたらこれまたハルが両方ともカゴに入れてしまった。
スパークリングワインもハーフとはいえ二本。重いから一本でいいと言ったのに。滅多に入荷しない生パスタを見付けて盛り上がっていたらそれもカゴに入れようとしたのでそれは却下した。
母のお客さんの所で手打ちそば十人前発注済みなんだよ。ちょっと麺を増やすのは躊躇われて。毎年十食注文して大晦日・正月は蕎麦で済ますという我が家。だから理沙さんとハルを呼ぼうという事になったんだけども。
「今日の財布さんの紐はゆるゆるすぎるよ」
財布の紐、というか口がゆるゆるのガッバガバじゃねぇか。
ハルの車はごく一般的な国産コンパクトカー。
会社経営なんて肩書だからちょっと意外だったけれど。
「この車で客先行ったりするし。こんな若造が高級車みたいなの乗ってたらいい印象は持たれないかな、と」
「ホントは乗りたい?」
「いや? それなりに荷物が積めて走ればいいかな」
おう、最近巷で囁かれる「車を持ちたがらない若モン」ってやつか。
最近は堅実な子が多いよなー。
*
「あ、ちょっといい?」
なんて軽く言われて寄った公園でハルが車を降りちゃうもんだから、私も降りなといけないのか?とちょっとおかしなタイミングで車を降りた。
寒い。
吐いた息が白い。
夜間、いい大人が二人こんな気温の屋外で佇むこの状況。
さっきまで車の暖房入れてたしなぁ。
冬とはいえ要冷蔵の買い物してるんだから、さっさと家に帰るに限るわな。
「なんか今日はすまんね。せっかく映画もおごってもらったのに一瞬意識飛ばしちゃってさ。集中できなかったんじゃない?」
手っ取り早く済ませようと先手を打った。
絶妙のタイミングで私を陰鬱な物思いから呼び戻したんだ。
こっちの様子をうかがってたんじゃないかなと、心配されていたんじゃないかなと。
二回目を見たいと言い出したのはハルで、台無しにしてしまったという自覚から素直に詫びた。
「やっぱあれ元カレ? ……とその新しい彼女?」
こっちが切りこんだのが予定外だったのか、ハルは少し困ったように笑いながらもこれまたまっすぐに聞いて来る。遠慮ねぇなぁ。
二人は私達より後ろの席にいたらしい。場内が明るくなってみんなが動き出した時に一瞬視界に入ったけど、それだけだった。
それでいい。
「普段は接点のない人だからどんな関係なのかは分かんないよ。でもまぁ……あの様子だとねぇ、そうなのかねぇ」
とりあえず笑っておく。
分からないから断言しないのであってな?
決して認めたくないからとかじゃないぞ、とここは言っておきたい。
「やっぱショック?」
ショックか否かと言われれば映画が入って来ないくらいには衝撃を受けたんだろうけど、どうしてそれを認めてハルに言わなきゃならんのだ。
「お互い様ってところじゃない?」
だからそう誤魔化した。
向こうも若い女の子と一緒で、こっちも若いイケメンと一緒なんだからさ、と。
そう考えられたからそんなに卑屈にならなくて済んだのはありがたいけど。うん、私一人で見ちゃってたらやっぱもっと動揺してただろうな。
意地を張って映画観賞を続行しただろうけど、結局「やめときゃ良かったかな」なんて思うんだろうな。
「月ちゃんは強いから大丈夫なんだろうけど、俺のために傷付いてくれない?」
唐突にそんな事を言って来たけど、ハル、全然そんな風には思ってないでしょ。
強いと思ってたらあんなに色々気を遣ったりしないでしょうに。
女を立ててどうすんのよ。
「月ちゃんはこんな事で泣いたりなんてしないんだろうけど、ちょっとサービスしてくれてもいいよ? 胸貸すし」
何それ。思わず笑っちゃったじゃない。
うん、確かに泣けないわ。
強いからじゃなくて、馬鹿馬鹿しいプライドのせいなんだけどね。
こんなに無駄に強がるから「一人で平気なんだろ」みたいに思われるのも分かってるんだけどね。
「なんでハルのために泣かなきゃいけないのよ」
おかしいな。
笑いながら、涙腺はもうゆるゆるってどんな状態だよ。
「弱ったトコにつけこみたいに決まってるじゃん」
何を当然な事をと言わんばかりの口調で言って、でも口元は優しく緩んでいるハルに頭を抱え込まれる。
やだなぁ、こんな事したらハルのコートにファンデーションついちゃうんじゃないかなぁ。
まるでわたしが厚化粧みたいじゃんか。
しかも寒いから鼻も出るしさ。
ああ、もう。
しょうがないからハルのために泣いてやるか。
年下の、ずっと可愛がってた従弟に泣いてくれと頼まれたんだ。仕方ない。
クリスマスをどうするかという話題になって、軽く別れた事を同僚に話せばひどくナイーブな話として受け止められ、あからさまではないにしろ気を遣われた。四年付き合ったあげく三十過ぎて別れたってのは世間ではずいぶんと同情を買うらしい。
淡々と別れを受け止めて、そんなに気を遣うほどのもんではないのにと思って、じゃあここまで平然と出来るのはおかしいのかと、結局惰性で付き合ってたのか、なんて自分の恋愛脳の枯れっぷりに我ながら心配してたりしたんだけど━━
なんだよ、自分けっこうちゃんと恋愛できてたんじゃんか。
今さらそれに気付くなんてね。
いや、気付けて良かったんだけども。
ハルが言ったんだからな、と恥も外聞もなく大泣きしたら一皮むけたような気がして、区切りがついた実感もそこはかとなく持てちゃったりして、やっぱわだかまりがあったんだなぁと他人事のように思えるくらいにはすっきりしていた。
まあ確かに結婚についてはそんなに意欲的じゃなかったかもしれない。
だからあの人を責めるのはお門違いで、お互いのためにもこれで良かったような気がする。
こんなきっかけ作ってもらわなきゃ泣けないなんてどんだけ可愛くない女なんだよ。
そんな女なのに。
「だから、ちゃんと俺とのこと考えてね」
なんて頭をホールドされた状態で言われちゃうんだよ!
病院の駐車場で「またまたおばさんをからかって」と自制し、うちに通ってくる間「ないない、単に親戚のお姉さんになついて甘えてるだけでしょ」「さすがにそれは自意識過剰すぎるわ」と自分に呆れ、「思い上がりも甚だしい」と自分を戒める事に努めてきたけど。
いい加減、認めざるを得ない。
意味が分からないし、ありえないとは思うんだけども。
何かこのコ、親戚のおばちゃんに対する以上の好意的なもの持ってるわー……
ホント意味わかんなーい。