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魔法少年  作者: 要
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1

あの頃、あの場所は地獄だった。

ただ辛くて苦しくて悲しかった。

なのに、戻ってきてしまった。その地獄に。自らの意思で。


マギアシュタット。

東の国と西の国を隔てる運河に浮かぶ都市。東と西の両方の領地でありながら双方の主権の及ばない独立した都市でありひとつの研究機関である。


「帰ってくるつもりは無かったんだけどなぁ」


ドーム状の保護魔法の壁には満天の星空。この星空も魔法。

管理し尽くされた閉鎖的空間。かつての地獄。

ふぅーと長く息を吐く。


「さーてとあいつらに会いに行きますか」


ずっとラボの中にいたからこの街はよく知らない。けれど会いたい。約束のために。

木から木へ移り森を抜け、暗い街を跳ぶ。

明るく灯る白の塔、ラボ。

あの高さが嫌になる。

何処にあいつらがいるかはわからない。けれどいればわかる。そんなふうに出来ている。


「っ」


わぁん、と頭のなかで音がなる。ハウリング。近くにいる。


「アズマ、リアン、近くにいるのか」


音の大きくなる方へ、お互いに近づいている気がした。

街におり狭い道を駆ける。

ラボの人間や軍に見つかったら面倒なことになるのは分かっているが、逸る心を抑えられない。

近い、近くにいる、早く、早く会いたい。

心臓がばくばくと高鳴る。

もうすぐ、もうすぐ、角を曲がるときに一際大きくハウリングした。


「アズマ?リアン?」


「シノちゃん?レオ?」


角から出てきたのは二人ではなく小さな人影、少年だった。

その少年も誰かの名前を呼んでいた。

お互いを認識しお互いに身構えた。

ハウリングは止んだ。

お互いを認識したからだ。

ハウリングの相手は彼で間違いない。けれど何故。


「君もラボの」


理由なんて分かっている。これしか考えられないしあり得ない。

分かっているけど信じたくない。


「お兄さんも、ですか?」


「あぁ」


「じゃあ逃げましょう!ここにいたらラボの人に捕まります!」


少年は手を掴み走った。

飛行魔法は開けた空では見つかりやすいので街を走るしかない。

コンパスの差もあってすぐに隣に並べた。が手は離さなかった。

背後からは微かだが確実に足音が近づいている。速さ的に恐らく軍。

捕まれば少年は分からないが、俺は間違いなく尋問、地獄へ逆戻りだ。ふざけんな。

一回り二回り小さい少年の手が更にぎゅっと俺の手を握った。


「少年、道はわかるか?」


「うん」


「ちゃんと掴まっとけよ」


「うぁ」


少年を抱き上げて速度をあげる。

小さな声でも静かな夜の街では響いてしまう。少年も寸でのところで慌てて口を押さえた。

首に手を回しぎゅっと身を寄せた。

小さな声で道を教える。

後ろから恐怖が迫る。少年を抱える手に力が入る。この都市にいる限り後ろには地獄ある。ずっと逃げ続けなければならない。一歩間違えば全て地獄。

少年もぎゅっと力が入った。


「お兄さん、もうすぐだから、お願い」


「どこに行くつもりなんだ?」


「キント区」


キント区、聞いたことない。けれどラボの外はほとんど知らない俺は少年を信じるしかない。信じる理由なんてほとんどないがひとつあげるならハウリングしたこと。これは賭けに近い。


「この塀を越えたらキント区です、越えられますか?」


高くそびえる白の壁。魔法防御壁。

魔法は使えない、となると自力で越えるしかない。


「命にかえても」


ぎゅっと少年を寄せ壁を越える。

この高い身体能力だけは感謝したい。


「っと、大丈夫ですか?ここに来れば安心です!」


「大丈夫だ。君は?」


「僕も大丈夫です!」


「ここは?」


「キント区です、知らないんですか?」


少年によるとキント区は魔法少年少女の区。

大人の立ち入りは特定の人物を除き原則禁止、治外法権の区。


「聞きたいことがあるんだ」


わぁん。

ハウリング、近くに急に来た。


「フタバ!」


「無事か!?」


「シノちゃん!レオ!僕は大丈夫です!」


鳴り止んだ。鳴りやまないで欲しかった。

表れた二つの人影は少年同様小さかった。探している二人ではなかった。


「誰だよ、どうやってここに入った」


「違うんです、レオ!僕の通行手形で入りました、お兄さんは悪くないんです!」


一人は少年、もう一人は少女。


「聞きたいことがある。それに答えてくれたらすぐに出ていく」


「駄目ですよ、さっき足怪我したのに!」


目敏いガキだな、着地に若干失敗したのを気づいたらしい。


「聞きたいこととは?」


口を開いたのは少女。

二人の少年を押し退けて前に歩み寄る。


「俺と同じくらいの年の、アズマとリアンという人を知らないか」


少女の瞳が揺らいだ。

口を開いたのは後から来た少年。


「あんた、二人の知り合いなのか」


「ああ」


「二人は死んだわ」


死んだ、死んだ?

何かが弾けとんだ。

心の奥底ではなんとなく想像してた。むしろ生きている方が不思議な状況だった。けど信じたくなかった、信じたら。

体の中からなにかが込み上げてきて熱くなった。涙が止まらなかった。声も押さえきれなくて嗚咽した。俺の中の誰かが止めるのを止めて、崩れるように泣いた。


「泣いていいよ」


少年が俺を抱き締めた。すがるように泣いた。泣いても泣いても止まらない。

雨が降ってきた。けれど空は満天の星空で。

嘘っぱちの世界だ。



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