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1−2 怪鳥、そして餓鬼

 ひらめいた!


 老婆と別れた理都の頭の中に、ぴかっと電球が光った。


 ぎゅっとシノの白い毛並みの尻尾を掴んで、犬のリードみたいにする。その代わりにケータイのLEDを消す。シノは夜目が効くから、これで暗くても歩くことができる。


「シノノー、シーノノー」


「りっちゃん、歩きにくい」


「だめ?」


「だめ」


「はーい」


 素直にパッと尻尾を放し、消したケータイの明かりをまたつける。


 明かり一つ、真っ暗の中、理都とシノは一つ前の駅を目指して獣道を道なりに進む。老婆と別れてからの獣道は意外になだらかだったが、それでもアスファルトで舗装されたものとは違う。所々凸凹はあるし、石ころは転がっており、ツタのような草も生えている。それに、お祭りで遊ぶだけ遊んだあとの帰りである。体力的にも、理都の足取りは次第に重くなっていく。


 ちょっと大きめの石に足を取られた。


「わ、わ、わ、ぎにゃ」


 前のめりに思い切り転ぶ。


「りっちゃん、大丈夫?」


 シノが地べたに転がっている理都のそばにやってくる。


「ううう」


「少し休む?」


 シノが理都の顔を覗き込む。


「う、ううん、大丈夫……」


「そう?」


 和傘を杖代わりにして立ち上がり、膝についた土を払う。


「顔のほうが酷い有様よ」


「うそ!?」


 慌てて顔についた土を和服の袖で拭う。


 はあ、とため息をつく。


 カーブの多い獣道……それにときどき分かれ道になっていた。向かっている方角は変わっていないと思うけれど、本当にこの道を進んでいけば一つ前の駅に辿り着くのか不安になる。


「あ、そうだ! シノシノ、空を飛べば、駅見えるかな?」


 我ながら名案!


 まだルーンをうまく使いこなせないから空を飛んで移動することはできない。けれど、少しの間だけ浮かび上がることならできる。


「りっちゃん、よしておきなさい。本当に飛ぶ気? 空をよく見てごらん」


「空?」


 シノに言われて空を見上げてみる。


 幾重にも重なり合った厚い雲。その下で何か大きな影が飛んでいた。


「夜目が利かないんじゃ、見えないかしらね。明かりを消してみなさいな」


 言われたとおり、ケータイの明かりを消して目を凝らす。雲からにじみ出るわずかな月明かりの下、大きな鳥が飛んでいた。


「ね、シノ、あれ、何!?」


 あごが妙に発達している。翼をバサッバサッと重そうに羽ばたかせ、長い尾を揺らしている。普通の鳥と違う変な鳴き声。よくよく聞いてみると、人の言葉のようだと気づいた。気味が悪い。


「ね。空を飛んだらすぐにお陀仏になってしまうわ。あの怪鳥はたしか以津真天いつまでという妖怪だわ」


「いつまで? なにそれ?」


「そうねえ。野ざらしにされたニンゲンの死体の怨念っていうの?そういったものが集まったものよ。怨みやら妬みやら絶望やらの塊。でも、このご時世、野ざらしの死体なんて、そうあるものじゃないから失踪者とか、孤独死とか自殺者のどっちかね。どちらにせよ、近づくものじゃないわね。場合によっては引きずり込まれるわ」


 シノの説明に理都は震えた。


「りっちゃんが死んじゃったら、りっちゃんのママに私が殺されちゃうわ。くわばらくわばら」


 そんなことを想像して、シノも軽く震える。


 空を飛ぶ怪鳥をよくよく見てみると、爪なんかあんなに長い。きっと鋭い。飛んで見つかったら、切り裂かれちゃう。それにあのあごなんか、きっと私はバリバリ食べられてしまう。


 理都は、前にパパとママと一緒に見たテレビ番組を思い出した。鷲が鋭い爪で地上を逃げる自分と同じくらいの大きさの狐を捕まえるシーンがあった。もしも自分が狐だったらと考えて、理都はさらに身震いした。


「ううう、シノー……」


「脅かしすぎたかしら。さ、あまり時間を無駄にできないわ。とにかく進みましょ」


「うん……」


 シノが先に行ってしまう。理都は慌ててシノを追いかけると、わしっと尻尾を掴んだ。


「りっちゃん、だから歩きにくい」


「いいじゃん、別に」


「怖いの? 子供ね」


「うるさい」


 ぎゅっとシノの尻尾を握りしめる。「ぎにゃ!」とシノが声を上げた。


「悪かったから、力、緩めて。とにかく駅を見つけるか、せめて線路でも見つけましょ。線路を見つけられれば、迷わずに駅に辿り着けるわ」


「うん。初めからそうしておけばよかったね?」


「そうね」


 シノが後ろを振り返る。分かれ道があったせいでもう元の駅には戻れないだろう。


「覆水盆に返らずってやつね」


「なにそれ?」


「仲の悪くなった夫婦は元に戻らないっていう意味よ」


「パパとママは仲いいよ?」


「知ってるわ」


 シノが楽しげに笑う。あの2人の仲が悪くなる訳がないし、そういう意味で言ったわけじゃない。


 理都は、ケータイの明かりを灯して、シノの尻尾を握りながら、しきりに空を見上げて怪鳥が降りてこないことを願って歩いた。


「うううう、こんな事になるなら汽車の中で寝るんじゃなかった……」


「子どもだから仕方ないわよ」


「シノも寝てた。私より何才も年上なのに」


 確か前に年上だと言っていた。


「りっちゃん、私は猫だから仕方ないのよ」


「ねえねえ、猫ってヤコウセイじゃなかったの? なんで夜なのに寝ちゃったの?」


「人間だってお日様浴びながら、寝てるじゃないの。それと同じよ」


「そっかあ。クラスでも授業中に寝ている子いるもんね」


「その子は駄目な子ね。真似しちゃだめよ」


「はーい。勉強楽しいから大丈夫!」


 ふふ、とシノと理都は笑い合う。なんだかクラスのみんなと行った夏の遠足を思い出す。夜だしシノと二人だけれど、いつの間にか遠足みたいに思っていた。



***



 雲が途切れ、月の光が地上に届く。行く先に木々の開けた場所が見える。そこに何かが動いているモノがいた。目を凝らして警戒する。二本足で立つ影のように見えた。


 人だ、と気づいて、理都は走り出す。


「あ、りっちゃん、待ちなさい!」


 人がたくさんいる。近づくに連れて、その姿がはっきりしてきた。ボロボロの着物を着た、やせ細った人たちが木の幹に腰掛けたり、辺りをウロウロと彷徨っていた。腕や足、頬の肉は骨が浮き出るくらいに痩せているのに、腹が不気味に膨れている。理都には分からなかったが、その腹の膨れ上がり方は肥満によるものではなく、腹水が溜まったものだ。


 けれど、どんな格好をしていようと人は人だ。この暗い森の中で人に会うのは汽車を降りたところで会った老婆以来初めてで、心細さのあまり、理都はその人たちに手を大きく振り声をかけようとして。


 シノはそれをきつい口調で止める。


「りっちゃん! およし。あれは生きた人間じゃないわ」


「えっ!?」


 理都は振り上げた腕を降ろし体をこわばらせる。けれどすぐに、手を和傘の柄にかける。


「シノ、危険?」


 和傘の柄に置いた手が震えている。


 何人かが土の上に転がったもの何かを引き千切っては口にもっていく。理都は、その何かがその人たちの仲間の体だと気付く。


「いやあああああああ、人が人、食べてるううう」


「落ち着いて。気付かれるわよ」


「だってだってだってぇ」


「あれは……見たところ餓鬼ね」


 シノは餓鬼を睨んで続ける。


「欲にまみれたまま死んでいった人間が生まれ変わった姿よ。つまり元はりっちゃんと同じ人ね。理都、元は人だけれど切れる?」


 理都は深呼吸して応えると、赤い和傘の柄を強くつかむ。この和傘は8つの誕生日にママからプレゼントされたものなのだ。ママのことを考えると心なしか勇気が出てくる。


 柄を右にひねると、その柄と黒い中棒を残してそれ以外が外れて落ちる。さらに柄を上に持ち上げると、銀色に輝く細身の刀が現れた。中棒が鞘になっている仕込み刀。銀色に光る刀身は、仕込み刀に多い直刀ではなく、ある程度の反りがあり切断力を失っていない。


 再び深呼吸――。


「……大丈夫。あれ……鬼……なんだよね?」


「そのとおりね。でも無用な戦闘は禁物よ。体力には限りあるんだからね」


「うん」


 シノに頷き返す。


 遠回りして餓鬼の集団を避けて進むことにする。集団を右に迂回する。道から外れるとすぐに足許が悪くなる。足元を確認しながら乱立する木々の間を縫って歩く。気づかれずに餓鬼の集団の横を通り過ぎる。


 その時、木の影から茶褐色の細い人の手が現れた。


「わっ」


 理都が後ろに飛び退る。ノロノロと遅い動きでその姿を表す。餓鬼だ。周りを見回すと、木や背の高い草に隠れて沢山の餓鬼の姿があった。


「いつの間に……。囲まれているわね」


 シノが声を潜めて呟く。


 気配を嗅ぎつけてか、さらにたくさんの餓鬼がうめき声をあげながらゾンビのように群がってくる。


 逃げれない……。


「仕方ないわね。りっちゃん、相手をするのは正面だけ。駆け抜けるのが得策よ。囲まれる前に動いて」


 シノが素早く言う。


 理都は、刀を中段に構えてゆっくりと足を前へ運ぶ。


「餓鬼はどう攻撃してくるの?」


「単純よ。手で押さつけてきて、そして食べる」


 うわあ、と理都は心の中でうめく。食べられるのはごめんだ。


「りっちゃん、美味しそうだものね」


 シノは前足を舐めて見せる。なんだかシノも不気味だ。


 目の前の餓鬼が腕を伸ばしてのろのろと近づいてくる。刀の届く間合いまでもう少し。間合いに入ったら、伸ばしている腕を斬り落とそう。


 餓鬼は刀など気にしたようすもなく、うぁああ、と呻きながら近づく。


 間合いまであと一歩。


 理都は一歩踏み出し、裏小手を狙うように餓鬼の左手首の内側に刃を走らせる。肉が切れた感触。普通の人間なら、太い動脈血管が切れて血が吹き出す。けれど枯れ切った肉体からは血が出ない。がりがりの体には、血など通っていないのかもしれない。さらに一歩踏み込み、骨に守られていない脇の下を切り上げる。続いて、左にひねるように腰を落として、振り上げた刀を体に引きつける。そして、餓鬼の右肩の関節に刀を突き刺し、右にひねる。ゴキッと鈍い音がして肩の関節が外れたのを確認して、一気に引き抜く。


「うまいわね。これで左右の腕は使い物にならない」

 

 餓鬼は使い物にならなくなった腕をだらんと垂らす。けれど、全く痛みを感じている様子がない。首を伸ばして噛み付こうとしてくる。


「これでもダメなの!?」


 理都はそれを右に避けて、すれ違いざまにさらに左足の腱を切る。やっと餓鬼はバランスを崩して地面に転がった。


「足の筋を切ってしまえば大丈夫そうね」


「うん。みたいだね」


 倒れた餓鬼は唯一動く右足をジタバタさせている。


 できるだけ体力を消耗しないように、正面にいる餓鬼だけを倒していく。最後の一体を倒してやっとのことで餓鬼の群れから抜け出した。


「さ、りっちゃん、振り向かなくていいから走って。早くこの群れから離れなさい」


「うん!」


 刀を鞘に戻して走りだす。でも振り向かないでいいと言われるとなぜか後ろが気になった。少し走ったあと、後ろを振り返ってみると、倒れた餓鬼たちが蛆虫のように地面を這って追いかけてきていた。


「いやあ! 気持ち悪いぃぃい!」


 右手で和服の裾を持ち上げて全力で走る。こうしないと着物で走るなんてできないのだ。走るだけ走ったあと、後ろを振り返って、餓鬼がいないことを確かめた。


 大丈夫、いない。やっと落ち着ける。せっかく着飾ったのに、お祭りの帰り道でこんなことになるなんて散々だ、と理都は心の中でひとりごちた。


「そんなに慌ててどうしたんだい?」


「うわあ。珍しいよ。生身の人間だ」


「猫までいる!」


「わ、本当だ」


 突然、そこかしこから子たちの声が仕出した。ケータイの明かりで照らして周りを見渡すが誰もいない。言うまでもなく、ここにいるのはシノと私の2人だけ。声に注意して、ケータイの明かりを下に向ける。


「わ、眩しい!」


 その声の主は足元の花からだった。


「花、し、喋ってるよ、花なのに……!」


 理都は目を丸くして驚いた。紫色の花弁の中央に口がついていて喋っているのだ。でも猫のシノも喋るし、こういうことも有り得る?


「なんだ、顔立ちはいいのに体はまだ子供じゃないか」


「貧相な体ー、あれじゃあ将来が知れてるよ」


 花たちが好き勝手にぺちゃくちゃ言い始めた。


 胸に手を当ててみると悲しくなった。そしてなんだかカチンときた。次いで、なにか底しれぬ怒りが沸々と湧いてきた。


「ねえ、シノ、全部刈り取っていいカナ? いいよネ?」


「まだ11なんだから普通よ、何を気にしているの。ママのこと思い出しなさいな。将来はすごいから安心なさい。いくわよ」


 うーん、とママの体を思い浮かべる。うん、確かにそうかもしれない。何も問題ない。ついでに、体に絡みつく涼しい風が血ののぼった頭を冷ましてくれた。


 シノが一本一本、花を踏み潰す。


「えー、行っちゃうのー、ギャ!」


「相手してよー、ギャ!」

 

 あれ? シノのセリフにおかしいところがあった。


「シノ、私、10才だよ?」


「あら、そうね。でも11よ。いろいろあるのよ」


「???」


 シノは猫っぽく後ろ足で頭を掻いた。

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