4−3 帰り道
「ここはどこ?」
理都が目を覚ますと、まず汚れの目立つ無機質な床が目に入った。
ぼやけた視界には規則正しく並んだ椅子の脚。
身を起こして、ここが汽車の中だとやっと気づいた。
「痛っ」
ズキズキと酷い頭痛がする。
頭に触れてみるとタンコブができている。
どこかに打ちつけたらしい。
「やっと目を覚ましたわね」
シノが目の前にやってきてお座りする。
「大丈夫? 頭を打ったの?」
どくん、どくん、と脈にあわせて頭が痛む。
「う、うん。大丈夫」
脈が妙にやかましく、そのせいで、汽車の中がとても静かなことに気付いた。
まだ痛む頭部に手を当てて、立ち上がる。
窓の外を見ると真っ暗だが森の中だと分かった。
景色が、動いていない。
汽車が、走っていない。
痛みが止んでいき、記憶がクリアになっていく。
さっきまでのは夢?
でも妙にリアルだった。
「ねえ、どうなっちゃったの?」
「外に出てみれば分かるわ」
客室から出ると、外の空気のにおい。
ドアが開いている。
外に出ようとして足下が高い。
駅ではないことに今更気づいた。
ぴょんと飛び降りる。
「うそっ」
理都の乗っていた汽車は脱線して先頭車両はひっくり返って地面を削っている。
「脱線事故みたいね。
りっちゃんが起きる前に一通り調べてみたけど、他の乗客はいないみたいよ。
車掌さんも気絶していたけど、生きてたわ」
「ねえ、シノ、あれ全部夢だったのかな……」
「あれって、なんのこと?」
シノはなんのことだか分からないという様子だ。
理都は途端に不安になる。
妖怪が出てきたり、鬼と戦ったり……、思えばあり得ないことばかりだった。
それに、ほとんど会うことのないお兄ちゃんに助けられて。
頬にぽつりと冷たいものが当たる。
雨がぽつぽつと降り出した。
「りっちゃん、体が冷えてしまうわ。
中に戻りましょう」
そこで理都は、和傘を汽車の中に忘れていることに気づいた。
背丈ほどの高さもある汽車の入り口をよじ登って車両の中に入る。
ケータイの明かりをつけて和傘を探すと、座席の下に転がっているのを見つけた。
和傘を拾うと夢でのことが幾つも思い出された。
「この刀で戦ったんだよね」
独り言のように呟く。
そして理都は傘の柄をひねり、ゆっくりと刀身を抜いた。
「――――――」
刀が途中からなくなっている。
ポッキリと折れてしまっていた。
「りっちゃん、どうしたの?」
「ねえ、シノ、これ、折れてる!
あれって夢じゃなかったの!?」
理都はびっくりして目を大きく見開いた。
「ふふ、どうだったかしらね。
ま、運良く生き残れて良かったわ。
雨が止んだらお家に帰りましょう」
はっきりと答えずに、椅子に飛び乗って丸くなる。
こうなるとシノは何も答えてくれない。
仕方ないので理都もその正面の椅子に座る。
「救助とか来ないのかな?」
「どうかしらね。田舎だものねえ。
それにここは一つ前の駅からそんなに遠くないわ。
30分も歩けば着くわ」
「う、うん」
理都の顔が陰る。
夢か真かわからない出来事のことを思い出して不安になる。
夢ではそうやって駅を探して森の中を彷徨うことになったのだ。
「大丈夫よ。線路に沿って歩いていけば、ちゃんと辿り着くわ」
「あ、そうだよね」
そういえば、線路に沿って行かなかったから迷ってしまったのだった。
そうこうしている内に、雨が止んだ。
ほとんど降っていなかったらしく、地面はそんなに泥濘んでいない。
シノと一緒に線路を歩く。
「りっちゃん、今日あったことはご両親には内緒ね。
無用に心配させるだけだからね」
「う、うん」
やっぱり本当にあったこと? なのかな。
駅が近づくとケータイの電波が入って、何通もメールが大量に届く。
「ママに心配さえちゃったみたい」
全部、ママからのメールだった。
早く帰って安心させなきゃ、と急く気持ちに理都は足取りを早めた――――。
たった数時間の冒険はこれでおしまい。