4−1 彼岸
靖司は気絶した理都を背負って歩く。
「靖司はこの場所のことどう思っている?」
「平気で夜の住人たちが闊歩している。なんというか」
「そうね。平安や江戸の世でもあるまいに……。
ここがどこかの検討はついているの?」
「そうだな。父さんの屋敷がある空間みたいな感じがする。……異次元?」
父親が、家族がのんびりと暮らせるように、と作り出したという異空間を思い浮かべる。
社会のしがらみに縛られず、森の緑の中に、ポツンと純和風の大きな屋敷。
理都が刀や魔法の練習に訪れる道場も、ここにある。
つまり、魔法使いの隠れ家。
「いい感覚を持っているわね。十中八九、その類ね」
シノは続ける。
「私とりっちゃんは、汽車に乗っていたら迷い込んじゃったのよ。
靖司はどうやってこの空間に入ってきたんだい?」
「………………………………」
「どうしたの? なんで無言なのよ」
「いや、なんというか」
バイクで事故ったのが原因なのか? 靖司にもよくわかっていないのが事実だ。
シノは眼を細める。
「今、気がついたわ。
その体、霊体なの?」
靖司は小さく息を飲む。
「…………ああ。やっぱり、死んだのか…………」
「死んだのとはまた違うと思うけれど? はっきり言えないけれどね」
「そうか」
わからないのなら仕方がない。
靖司はそれ以上聞くのを止めた。
「ということは、つまり、ここは死後の世界なわけね。
私やりっちゃんこそ、死んじゃったのかしら?
まだ、入り口だと引き返せそうなんだけどね」
「入り口なら?」
「そ。あなたやりっちゃんのお父さんとお母さんの、異端の魔術よ」
靖司がなんのことだかわからないといった様子。
「お彼岸、というのもうってつけの時期だわ」
「そうか。ここが三途の川の向こう側、つまり彼岸なら。
だから、今日が、此岸と彼岸が霊的に近い日だから、迷い込んでしまった?」
もしもここが此岸……現世に近いあの世であれば、月や星の見え方にも納得できる部分はある。
「かもしれないわね。汽車に乗っている間に何があったのかしら。
汽車で帰る途中に、りっちゃんのお友達と別れてから、眠ってしまったのだけれど。
汽車ごと、三途の川を超えたのかしら?
それとも、もしかすると、眠ってしまったという記憶が誤りで、列車事故かなにかに巻き込まれたのかしら。
ま、なんらかの彼岸へ来るきっかけがあったのでしょうね」
「………………」
靖司の表情が微かに動く。
シノはその表情の変化を見逃さなかった。
「あら、何、その表情?
やっぱり何か知っているのね?」
「いや……。そうじゃなくて、何かいる」
シノは素早く靖司の視線の先に焦点を合わせる。
「……眼がいいわね。距離約1キロってところね」
「肉眼というより、妖力かな。強く感じる」
「へえ。でも、りっちゃんを背負ったままじゃ戦えないわよ」
「まだ、少しの猶予はあるだろ。眼を覚ますのを待つ」
「でもそんなにのんびりしている時間はないでしょ」
「ああ」
と、靖司は肯定する。
「今日がお彼岸の最後の日だから。
お彼岸ってあの世とこの世が一番近くなる時期のことだろ。
それが過ぎれば遠ざかってしまう」
「遠ざかれば、現世に戻りにくくなってしまうわね」
靖司は無言で頷き肯定する。
シノが尖った耳をピクピク動かす。
「川の流れる音も聞こえる。もしかすると、三途の川?」
理都は、ぼんやりと2人の会話を聞いていた。
彼岸……?
それって、あの世のこと?