プロローグ サイド・プルートゥ『暗黒神の始動』
サイド・プルートゥ
長きに渡る封印から解き放たれ、深い眠りから目覚めたプルートゥは、ほのかな光が満たされた薄暗い大神域のその中央に据え置かれた御坐に、深い闇の神気を周囲の空間に漂わせながら、ゆっくりと座した。
やや細身で長身ながらも、引き締まった筋肉に覆われた肉体と、肩口にかかる程度に伸びた黒髪に、紫色に輝く右眼と金色に煌く左眼が印象的なその風貌は、老熟した知性と強い情熱の光を感じる、闇の神という名称に反した貴公子然としたものである。
二千年の眠りを経ても尚、陰りの無い威風堂々たる風格の滲み出るその様相は、まさしく神の姿であり、王の姿であった。
そう。そこには、まさしく、神々の王があった。
が。
「……………んで?せっかく寝ていた俺を叩き起こして、何の用だよ?つーか、眠いから俺もう寝るよ?」
口を開いた途端に、そんなもの欠片も残さず打ち壊されてしまった。
プルートゥは、生欠伸をかましながらそんなことをのたまうと、周囲に漂わせた闇の神気で自分自身の体を覆い、まるで寝袋の包まっている様にその神気から顔だけ出して大神域の中央に居座すると、隙あらばその場に寝っ転がろうと座る態勢でさえも崩している。
「ふざけんな!折角起こしたばかりだっつーのに、また眠らせてたまるかよ!つーか、神気をそんな事の為に使ってんじゃねえ!!!」
その瞬間、雷神ミネルヴァは、神々の王たる暗黒神、プルートゥの胸倉を闇の神気ごと掴み込んでは、必死の形相で前後左右に揺り動かし、睡魔に打ち負けつつある闇の神を叩き起こそうと躍起になっている。
「だから何度も言わせんな!お前が逃げたら、俺らが迷惑をこうむるんだってば!こいつが暴れたらどれだけ大変か押してやろうか?脳みその皺が吹っ飛ぶほどの大暴れだぞ?」
「マジでいい加減にしろよ!この暴れ馬女の手綱が有無だけで世界の存亡が決まるんだからな?あの脳筋力バカの手綱を腕づくで握れるのはお前だけなんだからな!」
「よーし!アンタ等が私の事をどう思っているのか、後でぼっきりじっくりがっちゃりと聞き出してやる。覚悟しとけ!」
「いい加減になさい!見苦しいことこの上ありません!一先ずその手を放しなさい、ミネルヴァ。仮にも我らの王たる者に、ましてや、助けを求める身の上でありながらもその態度に出るというのは、礼を失するにもほどがあります。立場を弁えなさい」
プルートゥの胸倉を掴みながら、炎神ヴァルカンと風神バッカスへの死の宣告を行うミネルヴァを目の前にして、ユースティティアはいつになく厳しい口調で彼女を叱責すると、先ほどから喧しいばかりの三神達を後ろに下がらせて、プルートゥの前に膝をついた。
「ともかくは、プルートゥ様。永きに渡る眠りからの目覚め、お久しゅうございます。我ら、創世の六神一同、貴方の目覚めをこの二千年間、絶えることなく願っておりました。つきましては、」
「あー、あー。良い、良い。そう言う堅苦しい感じって大っ嫌い。起きて真面目にするからやめてくれ。ハイハイ、何が起こったの?なんでもかんでも解決しちゃうよー」
「何をおっしゃるのですか。プルートゥ様!貴方様は神々の王!そんな貴方様がそのような体たらくでは、示しが付きません!我らの上に座す者として、それに相応しい振る舞いを常日頃から――――」
「ああ、はい、そうっすねー。うんうん、その通りっすわー。ゴメンゴメン」
「プルートゥ様!私の話をきちんとお聞きください!」
居住まいを正して畏まり、まるで臣下の様な態度を取って、急に恭しく接し始めたユースティティアの様子を見て、プルートゥは居住まいを正しながらも、ヤル気の無さそうなまま御坐に座ると、とっとと話を終わらせようとする。
その様子に、ユースティティアは不服そうに頬を膨らませて苦言を呈すと、他の神々はまた始まったか、と言わんばかりに肩を竦めると、生温かい視線を送りながら二人のやり取りを見守っていた。
「つーか、本当に何なんだよ。俺を叩き起こさなきゃならない程の用件なんてのは、混沌神でも復活したか、奈落界のデモンどもが暴れ出したかくらいにしか思いつかないんだが?」
気だるげな様子で何気なく口を開いたプルートゥだったが、その言葉にユースティティアは目を丸くして驚きの表情を浮かべると、すぐにその表情を落ち着かせてその場に頭を垂れ、プルートゥの言葉を肯定する。
「……ご慧眼、流石でございます。まさしく、今プルートゥ様がおっしゃた通りの事が地上で起きようとしております。是は、世界の滅亡すら差し迫った大変な危機です。どうか、私たちとともに秩序の回復に向けて御助力いただけますよう」
「……え、マジデか?ほぼほぼ冗談で言ったんだが……。つーか、奈落界は、混沌神の封印は後千年位は大丈夫なはずだろう?どうして、今になって急にそんな超展開を迎えてんだ?」
プルートゥは、まさかの事態に目を丸くして驚き、すかさずそのまま質問を重ねた。
「……ええ、実はその、」
「予想外の事態が起きて、奈落界の封印が解けかけてんだよ。このままじゃあ、混沌神の復活まで眼前に見えてるからな。尻に火が点く前にお前の眠りを解いて、お前の力で奈落界に対処してもらいたいんだ」
すると、今まで口うるさい母親か、気の利きすぎる部下の様にプルートゥに話しかけていたユースティティアは、一瞬、何を言っていいのか分からない様に口ごもり、そんなユースティティアに代わって、今度は、雷神ミネルヴァが口を開き簡潔に事態を説明するが、その穏やかならぬ内容に、プルートゥは驚愕を隠すことも無く、首を傾げてミネルヴァの言葉を繰り返した。
「予想外の事態?」
「ああ。先の戦争。……千年前の奈落界と三千世界での戦争は、辛うじて私たちが勝って、何とか奈落界と三千世界の間の通路に封印を掛けることができたけど、あいつ等は決着が着く前に、罠を張ってやがったのさ」
「罠?」
「うん。それが、『邪気』」
ミネルヴァの言葉を引き取って、今度は水神ディアナが口を開いた。
「暗黒神プルートゥ。貴方が作ったこの世界では、霊素というエネルギーが、魔力と聖気という二つの相反するエネルギーに変換と変質を繰り返すことで、循環し、自然の均衡を保ち、世界の仕組みを支えているの。この『邪気』は、そのエネルギーの変換を阻害することで増幅する物質なの。この性質によって、『邪気』は私たちの行う魔術や奇跡を弱体化させるの。それだけじゃなく、エネルギーの変換を阻害することによって生じた霊素を触媒に、邪気は増殖を行うの。そして一定量に達すると、私たちが千年前にかけた封印さえも破壊するの」
肩を竦めながら言い終えたディアナの説明を聞いたプルートゥは、一、二秒程考え込むように右手を顎に当てたが、すぐにその手を放して首を傾げた。
「成程ね。そりゃあ、厄介なエネルギーだが、今聞きかじっただけだからどうにも判断がつかないが、その『邪気』とやらの性質はどうにかすれば中和できるんじゃないのか?つーか、時間さえかければどうにか除去できる物なんじゃねえのか?」
「そうです~。実は最初は、私たちだけで対処できてたんです~」
今度のプルートゥの質問に答えたのは、ヴィーナスだった。
「この『邪気』というエネルギーは~、私たちの持つ『神力』や『神気』によって中和することのできる性質を持っているようなのです~。『神力』や『神気』というのは、魔力や聖気とは似て非なる力ですから~。もしかしたら、案外私たちを真似してデモン達も『邪気』を作ったのかもしれませんね~。それはともかく、私たちの『神力』や『神気」は~、人間達の持つ祈祷のエネルギーによって増幅、強化されます~。『邪気』は確かに厄介な性質を持ち、三千世界に様々な災害を巻き起こす元凶となりましたが、『邪気』によって起こされた災害は、人間達が私たちに祈りを捧げることで、その祈りの力によって中和することが可能でした~」
「可能、「でした」?」
過去形で語るヴィーナスの言葉に、プルートゥは思わず眉をしかめると、そんなプルートゥの態度に、すかさずヴィーナスは首を縦に振った。
「はい~。けれど、近年になってから、人間達の間で革新的な新技術が開発されてしまって~、それが事情を変えたんです~」
「それが、『錬金術』、もしくは『煉丹術』と呼ばれる技術だ」
ヴィーナスの重要ながらも、間延びした緊張感の掛ける言葉を引き継いだのは、炎神ヴァルカンだった。
「これは、世界を循環させるエネルギーである『魔力』や『聖気』の元となる『霊素』を、返還を経ずして、直接使用可能なエネルギーに変える技術だ。霊素を直接使用するというその性質上、魔術や奇跡ほどの大規模な能力や、効果は起こせないが、代わりに正式な手順を踏めば、誰でもありとあらゆる全ての人間が魔術を行うことができる。と言う技術だ。儂らも『霊素』の直接運用を行う試みは常々行ってきたが、どうにも効率が悪かった。それをついに達成したのが、人間達というわけだ」
「成程。それは凄いな。霊素の直接使用が可能になると言う事は、魔力や聖気の使用量測定の役にも立つ。上手く使えば、効率的な世界運用どころか、もう一つ二つ宇宙が作れるかも知れんな」
プルートゥは、ヴァルカンの言葉に興味深そうに頷くと、今まで鷹揚に頷きを繰り返していたヴァルカンは、途端に目の色を変えてプルートゥに食らいつくと、急に今までの鷹揚な態度をかなぐり捨てて、薄気味悪いほどに早口で錬金術の素晴らしさをまくし立てて来る。
そして、そんなヴァルカンに続くようにして、知識と魔術の権能を有しているディアナまで、眼を曇りなく真っ直ぐに澄み切らせながら、食って掛かる様にプルートゥに詰め寄り出した。
「ウム。実に素晴らしい技術だ!今までは魔力頼りだった魔導具開発も、この技術の導入により、動力機構の開発が可能になったからなあ。職人芸の領域でしか製造できなかったゴーレムやガーゴイルと言った魔導生命体の開発も、規格化、平均化ができる様になった。そればかりか、今までに無かった情報化という概念さえも生まれつつある。この技術はまさしく宇宙を変える革命だ。この技術の開発を行った人間達には賞賛しか出て来ない」
「本当に凄いの!この技術の開発によって、魔術理論の構築も爆発的に進んだの!今までは机上の空論だった、時空間魔術の圧縮化も、重力魔術の常時運用も、次元魔術の開発も行えるようになったの。それだけじゃなくて、霊素の運用による生命魔術の革新も目玉なの!」
「あ~分かった、分った。取りあえずその話は後にしよう。俺も興味はあるけど、今はそういう事を聞きたいわけじゃねえんだ。落ち着けよ」
急に眼の色を変えて話をまくし立て始めた二神の姿に、プルートゥは思わず背中をのけぞらせるほどに引くと、二柱の神々に両掌を向けて、どうどうと宥めた。
「しっかし、相変わらずだなあ二人とも。新しい何かが開発されると、大抵は反発心の方が先に立つだろうに、瞬く間に自分達の技術にしやがって、普通こういう、新技術だの、新分野だのって奴は、神から怒りを買うもの筆頭じゃないのか?」
「うーん。私は別に、そういうことにこだわりないの。だって、凄い物は凄いからすごいんだもん。別にそこに、誰が、とか、何時から、とかそういうものは関係ないの」
「わしは正直な話、思ない所が無いわけではなかったがな。それとこれとは別のものだからのう。実際に使ってみると、是は本当にいい技術だぞ!素晴らしい。実に素晴らしい」
学者肌のディアナと職人肌のバルカンが二人して頷く学問やら技術やらを語り出すその様子は、正に似た者兄妹のそれであり、プルートゥは思わず笑い声をあげてしまった。
「くはは。お前らは相変わらずだな。何よりだぜ。で?その錬金術とやらの何が問題なんだ?今の話だけだと、良いこと尽くめの様に聞こえるがな」
「そんな訳あるまい。メリットがあればデメリットがある。リターンにはリスクがつく。世界はそう言う相反する性質が混じりあってできている。そう言う風に世界の理を決めたのは、お前の方だろう?プルートゥ」
バルカンからの説明を聞いたプルートゥの素朴な質問に対して、鼻で笑いながら皮肉気味に答えたのは、風神のバッカスだった。
「問題点は、三つ。一つ目は、霊素を直接エネルギーとして使用可能である為、魔力と聖気の流れに滞りが起きている。実際、三千世界の所々では、魔力や聖気の枯渇が生じている。今までに無かった現象だ。それで今すぐどうこうなるというほど深刻化はしていないが、着実に問題は進行している。二つ目が、信仰心の薄れ。今までは、魔術や祈りの力という、一種の才能が支配する世界であったがために、我らに対する信仰心も篤かったが、この技術の発達に伴って、緩やかに我らに対する信仰心というものが揺らいでいるのだ。信仰心は、我らの力を増幅するエネルギー。先ほどの魔力の枯渇と相まって、戦力の絶対的な低下を招く由々しき事態だ。そして三つ目。魔力と聖気の減少によって、邪気による世界の侵食が加速している。このままでは、遠からぬうちに奈落界の封印は解け、デモンどもは解放されてしまうだろう」
指を一本ずつ立てながら説明するバッカスの言葉に、プルートゥは顎に手を当てて頷きながら、ふと返答をした。
「成程。…………じゃあ、単純に、神託を授けるなりなんなりして、暫くの間は人間どもに錬金術の使用を控える様に仕向けることはできないのか?」
「したさ。だが、錬金術と言う技術の真の実害は、その便利さに有る。生活に必要な灯や、清潔な水を、容易く操れるその様は、最早、理想郷だ。それ程の技術が発達し、浸透を始めた状態では、その技術の使用を制限すること等、猿に戻るに等しい。往々にして、雪原に生きる狼よりも、家畜小屋で飼われる豚の方が良い生活をしているものだ。豚が家畜小屋から逃げ出さないように、人間どもも又、錬金術の使用をやめようとしなかったのだ」
「くっく。その言い分だと、バッカス。お前は随分と錬金術がお嫌いなようだな」
余りに露骨に本心を剥き出しにするバッカスに対して、プルートゥは思わず底意地の悪い笑いを浮かべながらからかい混じりの皮肉を投げかけるが、バッカスはその言葉に気を悪くするどころか、鷹揚に頷いて、吐き捨てるようにプルートゥの言葉を首肯した。
「ああ、そうだ。嫌いだな。性に合わん。と言うより、自分達が危機に陥ったらすぐに神頼みに走る癖に、自分達の不満が解消された途端に、俺達を忘れた様に祈りも捧げず、神の存在意義だのどうだのをのたまって、その癖、自分の力を越えた危機に直面した途端に、神様助けて。と縋り付く、その根性が気に入らん。神だ、神だ、と崇め奉りながら、やっていることは所詮道具の使い捨てでは無いか。俺はそんな節操無しに義理立てしてやろうと思えるほど寛容にはなれん」
「相も変わらず、生真面目でお堅いことだなあ。どっちかというと、風って言うのは、不真面目で気まぐれな感じがするんだがねえ。まあいいや。本題に戻ろう。神託を下すのが逆効果なら、逆にお前等が錬金術の研究を推奨したり推し進めたりすることで、人間どもに解決法を模索させることは出来なかったのか?」
忌々し気にしかめっ面をするバッカスに、プルートゥは溜息を吐きながら苦笑を浮かべると、話しを続けながら、別段と良い答えが帰って来るではないだろうと思いながらも、頭に浮かんだ解決法を口に出した。
「無論、それもしたさ。だが、それは結果として錬金術の限界値を浮き彫りにすることしかできなかったのだ。はっ!優れた技術を開発して有頂天になった挙句が、結局できませんでした。とはな。ざまあないよ」
「うむ。同じ技術者として、返す言葉が無い。確かに錬金術は優れた技術だが、何しろまだ若い技術だ。デメリットも多く、リスクも多い。何より、儂ら自身、錬金術の危険性と可能性のその全てを把握しておるわけでは無い。技術限界にはすぐにぶち当たってしまう。それに、錬金術がまだ奈落界の住人に効果的であるという確証が無い。現段階の拙い技術では、未だに主力とするには未熟な分野だ。個人的な理想としては、魔術と錬金術を両輪として、互いの技術同士で切磋琢磨を繰り返す世界にしたいところなのだが、それはまだまだ先の話。今はまだやはり魔術が文明技術の基盤を成しているのが現状だ。口惜しいところだが、今はまだ魔術だよりの戦略を練ることしかできんのだ」
すると案の定、バッカスは嘲りの表情を浮かべながら端的に答え、そのバッカスの言葉をバルカンが専門的な意見を交えて補足した。
「もしも今デモンどもとの戦争になれば、正直に言えば勝利は薄い。今の我らの戦力では勝てぬのだ。だから、此処は無理を押して頼む。プルートゥ。お前の力を貸してくれ。否――――――」
バッカスはそう言って話を締めくくると、そのまま頭を下げかけたが、すぐにその場に跪くと、神の御坐に座るプルートゥに向けて深く頭を下げて、王に謁見する騎士そのままに切実に嘆願の言葉を発した。
「我らが王よ、貴方様のお力を我らにお貸しください。なにとぞ、無力な我らに、その知と力を以て我らが行く道をお示し下さりますよう」
バッカスのその言葉と同時に、その場に居た創世の神たち六柱の神々は、バッカスに倣うように全員がその場で跪くと、何も言わずただ深く頭を下げた。
そんな神々の様子を見て、プルートゥはおまわず体中に痒みが走るのをこらえきれずに掻き毟りながら舌打ちをすると、溜息を吐いてバッカスたちに向き直った。
「だから、そういう堅苦しいのやめろっつってんじゃん?逆に嫌がらせかよ?まあ、とりあえず事情は分かったぜ。ただ最後にちょっと、疑問は残るな」
「疑問?何だ?」
「ああ、別にそら大したことじゃねえんだけどさ…………」
軽く肩を竦めながら首を傾げるプルートゥに、バッカスは怪訝な顔をした。
するとプルートゥは、そんなバッカスを尻目に、先ほどから口を開くことをせず、まるで他の神々に隠される様に後方に跪くユースティティアの方を見た。
「ユースティティア。お前何でそんなにずっと黙ってんの?そもそもこの話の口火を切ったのはお前だし、今の神を統率してんのはお前だろ?だったら、お前の方から俺に話しを通すのが筋じゃねえのか?さっきも、妙に口ごもってったしな。なんで、ずっと黙ってんだ?」
突如として話の矛先を向けられたユースティティアは、一瞬、怯えたように体を震わせたが、すぐに覚悟を決めたような悲愴な表情を浮かべると、一人その場に立ち上がると、プルートゥの前に歩み寄り、まるで赦しを乞うかのようにその前でしゃがみ込んだ。
「…………申し訳ありません。私の過ち故に、今まで話すことさえもできずにこの罪お許しください」
「ま、待て!別にこれは何でもねえんだ!ただちょっと、話しの都合が合わないっつーか、本題と話がずれるっつーか、その、あの、」
すると、突如として謝り出したユースティティア庇うようにしてその前に出たミネルヴァは、見るからに慌てて、しどろもどろになりながらも、必死の弁明を初め出した。
普段の様子とは打って変わったミネルヴァの態度に、プルートゥは片手を出してミネルヴァとユースティティアを制すると、それ以上の説明を聞こうとせず、黙って両目を閉じて思考を張り巡らし始めた。
「いや、良い。当てるから。お前等の話から察するに、邪気っつーモンは、どうも俺達神の持つ『神気』や『神力』を材料にして作られたらしい。と、だが、デモン達の性質や、邪気の性質から鑑みるに、お前たち六大神の『神気』を材料にした可能性は低い。となると、……………恐らく、奴らは俺の闇の神気を測定して、邪気の材料にしたんだな。だが、この二千年間で、俺が神気を残していた場所というのは、神界たるこの月か、地底に存在する魔界か、彗星の中に構築した冥府か、或いは聖域として選定したレムリアしか存在せん。そうなると、恐らくは千年前の戦いでレムリアはデモンどもに急襲されて壊滅でもしたのか………?」
自力で辿り着いた答えに愕然となりつつも、何処か納得した様子で結論を口に出したプルートゥに、今まで騒々しかった神の間は途端に鎮まりかえり、その沈黙が何にも勝る証拠として、プルートゥの推測を裏付けた。
「そうか、その様子では、十中八九、現在レムリアは存在せんようだな」
「申し訳、有りません…………。先の戦いでは、私の、……私の無力が故に、あの都を!プルートゥ様の、聖域を……!いえ、皆の、皆の力で作り上げたあの世界の理想郷を!そればかりか、世界の危機に至るほどの状況まで招いてしまい……っ。面目次第もございませぬ…………!」
プルートゥの全てを見透かしたかのような言葉に、ユースティティアは嗚咽混じりに、涙ながらの謝罪を述べ続けると、その美しい顔を石の床に擦りつける程に深く深く頭を下げ続けた。
どれほどの罪悪感が、この美しい女神にそこまでさせるのか、そこには、颯爽たる聖女である神としての尊厳も、凛然とした女傑である王の代理としての威風も無く、ただひたすらに泣きじゃくる哀れな女の姿があるだけであった。
そんなユースティティアを見かねて、すぐにミネルヴァがプルートゥの前に走り寄ると、ユースティティアを庇うようにしプルートゥの前に立ち、ミネルヴァは苦手な弁舌を必死に立て始め、それに続くように他の神々も又、ユースティティアを庇う言葉を口々に出していく。
「待ってくれ!その件に関しては、一番の責任は私に有るんだ!最終的にあの街を壊滅させる雷撃を放ったのは私なんだ!こいつは、それでも最後までレムリアの街を守るために力を尽くしたんだ!別に、最初から見捨てたとか、そういうわけじゃねえんだ!」
「そうなの!そうなの!と言うか、あの時はデモン達の最終決戦の為に、総戦力をレムリアに集結させてたの!だから、こっちとしても総攻撃に出るしか無くて!」
「そうです~。仕方なかったんです~。あの当時は、あれ以上の長期の戦乱に突入していた場合、混沌神の復活もあり得るくらいに追い詰められていて~、もう本当に取るべき手段が見つからなくて~、それでも、ユーちゃんだけは、最後まであの街を犠牲にしない方法を探してたんですけど~。もう、どうにもならなくて~」
「そもそもの話、軍事的なミスだった。当時は、緒戦に勝利を飾ってしまい、戦局も基本的には優勢に進められていたから、デモンどもがレムリアを襲撃するまでの時間的な余裕を間違えてしまったんだ。僅かながらの希望的な観測によって、痛恨の一撃を与えられてしまった事は、我が最大の過失だ」
「開戦前から彼我の戦力差は総合的に拮抗しておったのだ!それを、調子に乗って本拠地たるレムリアを手薄にしていたわしらの落ち度よ!それをここにいる全員が見逃していたのだ!別にユースティティアに個別の責任があるわけではないわ!」
プルートゥは、ユースティティアの代わりになって言い訳を行う五柱の神のその姿に、微笑ましさと喜びを感じながらも、心中、今は無き都市への一抹の寂寥感と多大な罪悪感に胸を痛めつつ、軽く苦笑して見せると、大神域の御坐から立ち上がり、他の六神に向けて手を振った。
「別にいいさ。その話で言えば、最大の戦犯は、先の戦いに参加しなかった俺自身だ。何より、過ぎ去ったことをうだうだと言う趣味はねえんだ。とにかく、まずはその錬金術とやらを詳しく教えてくれ。これからの行動も、話しもそれから始めようか」
プルートゥは、腰に手を当てて大きくのけぞって神殿の天井を見上げ、頭の中でこれからの行動や予定をあれこれと決めると、気合いを入れる為に勢いよく自分で自分の両頬を叩き、眠気の残る頭を完全に覚醒させる。
「うっし!働くからには、色々とやりたいことが山ほどあるな。今の三千世界の状況を知りたいし、冥府の様子も、魔界の様子も知りたい。錬金術については言わずもがなだが、それ以外の薬学や、医学、魔導技術に、魔術理論、魔物たちの生態活動の変化から、種類や当数の増減の推移。それと人口の変化や、これまでに起きた歴史的な国際情勢の流れから、現在の国家間勢力の関係。ああ、後、スライムに餌もやんねえとなー。俺が千年前に飼ってた奴ら、あいつらどうなってる?」
「ああ、それ。今は私が飼ってるの。何か、色々と餌とか変えたり、魔力とかの配合を弄って飼育していたら、合体とかいろいろして、知能とか持ったりして、今はもう、世界最強最大のモンスターになってるの」
「マジデか。ソリャすげえな。何時かは見に行かなきゃならねえよ」
「うん。でも、それだけじゃないの。最近は人間達が空中城郭なんてものを作るし、天人族の天空都市や、山人族の作った大楼閣は本当に迫力があるし、森人族の作った水晶宮も、本当にきれいなの!」
「待った!その話は後にしてくれ。色々とお楽しみが無くなっちまう。できれば現地に行ったときにゆっくりと解説してくれ」
ディアナの言葉に、プルートゥは自分の記憶を塗り替える遥か未知の未来に心を躍らせながら、文字通りの新世界へと向かうべく、白く輝く神殿の床を力強く踏みしめると、口元に笑みを浮かべて真っ先にやるべきことを口に出した。
「さて、と。まずは俺の僕を選ばねばならぬな」