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プロローグ00 村人サイド


 その赤ん坊が誕生したのは、新月の晩の事であった。


 山間に囲まれた湖のほとりにできた村の一角にある馬小屋の中で、その赤ん坊は生まれた。

 黄昏時、急に産気づいた妻のアリアの様子に、夫であるロメロは度を失い、アリアを抱えて村の産婆の元に駆け付けて、半ばパニックを起こしながら子供が生まれそうなことを説明したロメロに、普段は養蚕と農耕を営んでいるその産婆は、冬の出荷に向けて準備をしていたために、アリアの為に出産場所を用意してやることができず、仕方なく馬小屋を出産場所にして赤ん坊のネロを取り上げたのだった。

 夕方から始まったその出産は、深夜にまで及ぶ難産となったが、その苦労の末にか、アリアは母子共に無事に出産を終えることになったのだった。


 その夜に馬小屋から響き渡った赤ん坊の泣き声は、ロメロにとって歓喜の声に聞こえたのだった。

 

「アリア!無事か!大丈夫か!もう、ずっと前から悲鳴しか聞こえなくて心配したぞ!」


 余りの狼狽えぶりに、邪魔になるとして馬小屋の外に追い出されたロメロは、延々と続くアリアの絶叫と呻き声に、気が気では無く外をうろついていたが、赤ん坊の泣き声が聞こえた瞬間、血相を変えて馬小屋の中に飛び込み、赤ん坊を抱くアリアの元に駆け寄ったのだった。


「はあ……はあ……。私は、大丈夫です。それよりも、この子を抱いてあげてください、ロメロ。漸く生まれた貴方と私の子供です……。私たちの、新しい家族です……!」


 鬼気迫る様子でアリアの心配をするロメロの様子に、アリアは難産の為に顔中に汗をかき、息を荒くした酷く疲れた様子を見せるのにも関わらず、柔らかな笑みを浮かべると、今はもう泣き止み、その両腕の中で静かに眠る赤ん坊をロメロに差し出して、静かに抱くように促した。


 そんなアリアの様子に、漸くの事で落ち着きを取り戻したロメロは、アリアに差し出された赤ん坊をゆっくりと腕の中に抱えると、まるで高価な宝石を扱うかのように丁寧に丁寧に抱きしめたのだった。


「おお……。おお、おお!俺の子供か、俺達の子供か!!」


 ロメロは、胸中に湧き上がる、感動とも、驚愕とも、歓喜ともつかぬ暖かな感情を抱いて、簡単に似た声を上げて、腕の中に居る子供を抱いてそう言った。


 すると、今までを目を瞑るばかりだった赤ん坊は、ゆっくりと瞼を開いて、ロメロを見上げ、未だに声にもならない声を上げたのだった。


 そして、そんな赤ん坊の瞳を見たその場の人間達は、思わず声を呑んで身を固めた。


「これは、何と…………まあ……」


「黒い瞳……」


「これは…………。めでたいな!」


 産婆、アリア、ロメロと、その瞳を見た者の反応は、皆まちまちであったが、その顔が驚愕で歪んでいる事だけは共通していた。

 たった三人だけの空間の中だけでも、どう反応したらいいのか判らない空気が流れる中、ロメロだけはただ純粋に、喜びの声を上げると、腕の中の子供を胸に埋め、深夜に上げるとは思えない歓声を上げた。


「アリア!!黒い瞳だ!あの英雄王ランスロットや、獅子王ガーウェイン、聖剣王アーサーに並ぶ黒い瞳だ!喜べアリア!俺たちの子供は、未来の英雄だ!」


「…………ええ、ええ!そうですね、ロメロ!私たちの子供は、未来の英雄です!ええ!そうですとも!」


 ロメロの明るく力強い言葉に、アリアは、安堵と喜びの混じった声で頷き、泣き笑いの表情を浮かべながらもう一度生まれたばかりの赤ん坊を抱きしめ、何度も何度も首を縦に振ったのだった。

 けれども、そんな二人の様子を眺めながら、産婆のグランは、心配との不安の入り混じった暗い声で二人の会話に水を差した。


「……黒い瞳は、英雄の瞳だと言うがねえ。その分、他人の何倍も苦労して、何倍もの不幸を味わうことになる、不運の瞳でもあるんだよ?この子の未来を考えると、あんまり手放しでは喜べないねえ…………」


 すると。


「大丈夫ですよ。グラン婆さん。俺達が居ます。この子が英雄でも、そうでなくとも、この子の未来も幸せも、全ては俺が守ります。何しろ、俺の家族ですからね。命がけでアリアも、この子も守りますよ!」


 ロメロは、今までの狼狽えぶりが信じられないほどに真っ直ぐな瞳で、グランの両眼を見据えてその言葉を否定すると、赤ん坊を抱くアリアを抱きしめたのだった。


「…………そうかい。野暮なことを言って悪かったね。今の言葉は失言だったよ、忘れておくんな。それより、その子の名前はどうするんだい?未来の英雄様が、名無しって訳に行かんだろう?」


 グランは、先ほどの薄暗い空気を払拭しようとするように、おどけた口調で質問をすると、二人はお互いの顔を見合わせて、困った様に沈黙した。


「そうですね……。込めたい思いや、願いがありすぎて、どんな名前をつけたら良いのか解らなかったけど、今決めました。このの子の瞳は、黒曜石の様に黒いので、ネロ……。と言うのは、どうでしょうか?」


「ネロ……。ネロ、ネロか。安直だけどいい名前だな。うん。カッコよくて、シンプルで、何より、黒というのは、正義の色だ。正義を貫く未来の英雄には、相応しい色だな!」


 アリアの言葉に、ロメロは、暫く考え込むように、或いは言葉を噛みしめる様にゆっくりと、ネロ。という言葉を何度も何度も呟くと、一つ大きく頷いて、アリアの腕の中に居た赤ん坊を抱え上げた。


「決めた!ネロだ!お前の名前は、ネロだぞー!!」





 こうして、後に闇の化身となる村人、ネロ・ダ・ヴィンチは誕生した。





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