ところでサイバーパンクってなに?
言葉の定義は時代とともに変化する。
たとえば「オタク」という語がある。
詳しい説明は本題からはずれるので省略するが、小生が若いころに世間一般で使われていた「オタク」の意味と、現在のそれとでは微妙にニュアンスがちがうようだ。
さて、本題は「サイバーパンク」である。
サイバーパンク――SFのサブジャンルを指す用語であることは昔も今も変わらないが、ネットで検索すると小生が若いころに使っていた定義と少しズレがある。
ここでは小生が考える「サイバーパンク」の本来の定義について、つまり古い意味での「サイバーパンク」について述べてみたい。
1.サイバーパンクの三つの定義
何はともあれ、ウイリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』がサイバーパンクの代表的な作品であることに異論はないだろう。だとしたら、この作品の特徴からサイバーパンクの定義が導き出せるはずだ。
実は当のギブソンはサイバーパンクという語を好まなかった。一方、ギブソンとともにサイバーパンク作家とされるブルース・スターリングは、サイバーパンクという語を流行らせようとした。
スターリングはギブソンより、売れてない作家だった。そこでサイバーパンクブランドを流行らせれば、ギブソンの読者が自分の小説も読んでくれる。そういう便乗商法的な目論見がスターリングにあったのではないか。今にして思えば、そんなふうに邪推してしまう。
ギブソン自身は女流短編作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアから影響を受けたと公言している。つまり、自分をスターリングでなく、彼女と同じジャンルの作家に分類してほしいと主張したのである。
以下、小生が考えるサイバーパンクの三つの定義について述べる。①~③をすべて満たしていることが望ましいが、少なくとも①か②のいずれかを満たしていることが必須だ。③は①や②にくらべると重要度は落ちる。
①意識がネット接続のサイボーグ物
サイバーパンクのサイバーはサイバネティックスからきている。パンクはパンクロックのパンクだ。一方、サイボーグはサイバネティック・オーガニズムの略である。
ではサイボーグが出てくれば、それだけでサイバーパンクかというとそうではない。
登場人物の意識がコンピュータ・ネットワークと接続し、何らかの疑似体験をするのがサイバーパンクだ。
『ニューロマンサー』の主人公ケイスは電脳空間カウボーイ。電脳空間の中を意識が自由に徘徊し、現実とは別の世界を体験できる。
一方、もう一人の主人公モリイは、女性ながら全身武器に改造した格闘用サイボーグだ。つまり、こてこてのサイボーグである。
だがサイバーパンクに絶対必要なキャラクターは電脳空間カウボーイの方だろう。
②東洋(日本)+ハイテクのキワモノ世界観
『ニューロマンサー』の冒頭部分は千葉市が舞台となる。
おそらくギブソンは幕張メッセの展示会に来たことがあるか、その様子を動画、写真、文章など何らかの媒体で知ったのではないか。
東洋という本来、ハイテク技術が馴染まないはずの地域に、80年代、技術大国日本が世界経済を席巻した。
エスニックな文化と先端エレクトロニクスやIT技術との融合。それは一般にディストピアであり、退廃的なイメージがつきまとう。
③情報量が多いギガ盛り設定SF
80年代末に早川書房「SFマガジン」に掲載された某評論家(アメリカ人?)のサイバーパンク論に以下のような解説があった。
従来のSFの情報量がビットだとすると、サイバーパンクのそれはバイト。つまり情報量が桁違いに多いSFがサイバーパンクと言える......。
これを自分なりに解釈するとこうだ。
サイバーパンクではたとえばタイムマシンを小説に登場させる場合、タイムマシンのメーカー名と製品名を設定しておく。AB社のCD-100といった具合だ。
そして本文では何の説明もなく、いきなり「彼はCD-100に乗り込んで未来に行った。ABブランドだけに乗り心地は快適だった」という描写が出てくる。
読者は最初はちんぷんかんぷんだが、しばらく読み進めるうちに、AB社がタイムマシンメーカーで、CD-100がタイムマシンの製品名であることを理解するのである。
こうした情報量の多さが『ニューロマンサー』にはあり、それまでのSFと比較すると、読みづらい反面、圧倒的なリアリティーがある。
だがこれをサイバーパンクの定義とすると、サイバーパンクは設定や描写にすぐれたSFぐらいの意味にしかならないのではないか。こうした反論も、「SFマガジン」(別の号?)に載っていた。
この時期、「SFマガジン」は毎号、サイバーパンク特集をやっていた。
2.英語版ウィキペディアの定義
英語版ウィキペディアを読んでいると、サイバーパンクの構成要素として上記以外にmega corporation(超巨大企業)が悪役として登場することと、detective story(探偵小説)風の雰囲気を上げている。
①大企業が悪役?
mega corporation(超巨大企業)が悪役というのは、サイバーパンク以前のフィリップ・K・ディックの作品を想起する。
ディックの作品では大企業が悪役、その社長がラスボス、そして主人公がその企業の若手平社員、というストーリーが多い。表向きは合法的ハイテク産業だが、実は秘密裡に社長が悪いことを企んでおり、物語が進行するうちにそのことに主人公が気づくようになる......。
そういう意味で「mega corporation(超巨大企業)が悪役」という設定はサイバーパンク独自のものではないのでは?
②ハードボイルド色は必須?
detective storyはこの場合、ハードボイルドと解釈すべきだろう。
直訳すれば探偵小説だが、これは推理小説またはミステリー全般と同義である。
日本ではミステリーと言えば、謎解き物を本格派と呼んでいるが、英米ではハードボイルドこそミステリーの主流で、謎解き物はpuzzle novelとして軽視されている感がある(と思う)。
「ニューロマンサー」は確かにハードボイルド的だ。孤独な主人公は果敢に巨悪に立ち向かっていく。
そして最後は大団円というより、余韻が残る形で終わる。
女が置手紙を残してこっそり男のもとを去っていくのである。
まさにハードボイルドのテイストだ。
ただこれはサイバーパンクの定義というより、たまたま『ニューロマンサー』がそうだったと考えるべきでは?
もっとちがうタイプ、たとえばハッピーエンドのサイバーパンク小説があっていい。
以上、英語版ウィキペディアに物申したが、釈迦に説法するような無駄な抵抗だろう。
言葉の定義は時代とともに移り変わる。小生のような素人がそれにあらがえるものではないだろう。
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さて、いかがでしょうか。
サイバーパンクについてご意見のある方、感想をお待ちしています。
よろしければ、拙作「Kの冒涜」をお読みください。
サイバーパンク系SFです。
https://ncode.syosetu.com/n9707cu/
ところで『ニューロマンサー』のケイスとモリイは、”かかあ天下”カップルです。
”かかあ天下”カップルをサイバーパンクの要素とする意見は聞いたことがありませんが、「Kの冒涜」では女性の方が年上の年の差カップルを登場させました。