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第九話 外から来るもの

 王国東部の国境地帯に、数小隊の王国軍が集結していた。

 彼らがここに集まったのは、魔物の襲撃に備えてではない。 

 その目的は――


 「前方に動くものが……こちらに近づいています!」 


 「魔物か!?」


 偵察の報告で、すわ襲撃かと王国兵の間に緊張が高まる。


 「いや、あれは」


 砂塵に紛れてゆっくりと姿を現したのは、紅い鎧を纏った兵士達の姿。

 先頭の兵士が持った旗には、鷹をあしらった紋章が刻まれている。


 「帝国兵だ!」「やっと来てくれたのか」「助かった……」

 

 紅い鎧に鷹の紋章とくれば、ラース大陸南東部に位置するカイオス帝国の特徴だ。

 王国とは国境の大部分を接しており、何度か小競り合いを起こすなど両国の中は良いものではなかった。

 しかし今回の魔物災害に関しては、今までの恩讐を超えて帝国側から救援を申し出ていたのだ。

 

 今回王国兵が集められたのは、帝国兵を王都まで先導する為。

 帝国の協力を得て、一気に魔物を殲滅しようと考えていた。


 待ち人がようやく到着し、王国兵の間には弛緩した空気が流れる。

 安堵した兵士の一人が、大きく手を振って帝国兵に近づいた。


 「おーい、こっちだこっ――」


 駆け寄る兵士に向け、帝国兵の一人が筒のようなものを構えた、次の瞬間。

 紅い光が煌めき、大きく手を振っていた兵士の首から上が一瞬で消失していた。


 「何、が……?」


 呆然とする上官の体も、飛来した紅い光に包まれて消える。

 幾つもの光の線が通り過ぎた後には、そこに王国兵がいたという痕跡すら残っていなかった。

 

 黙々と進軍する帝国兵の後方に、多数の護衛に囲まれた馬車があった。

 絢爛な装飾の施された馬車は、それ自体が一軒の家と見紛うほどの大きさと豪華さを誇っていた。


 「付近の王国兵は全滅しました」


 「ふん、弱すぎる相手もつまらんな」


 中央の御車の中、一際豪華な椅子に座った男がつまらなそうに吐き捨てた。

 彼こそは、帝国第二皇子、キルオティスン・レム・カイオス。

 長身痩躯、肩まで伸びた金髪に整った顔立ちを持ち、その容姿から国民の人気も高い。


 「魔物という前時代の遺物に苦戦するような軍隊など、この程度でしょう」


 傍らに立つ中年の副官に無言で頷いたキルオティスンは、軽く手を振って馬車を進ませた。

  


                      ※


 国境を越えてから数日後、帝国軍は破竹の勢いで軍を進めていた。


 「このまま進軍すれば、王都も程なく陥落するでしょうな」


 損害から立ち直っていない王国軍に進軍を阻む力は無く、帝国軍は僅か数日で王都にまで迫ろうとしていたのだ。


 「全く、歯応えが無いにも程がある」


 椅子の上で足を組んだキルオティスンは、未だ本格的な戦闘が無いことに苛立ちを見せていた。

 彼にとって、この戦いは自身が皇帝に相応しいことを示すもの。

 勝ち戦に越したことはないが、見せ場が訪れないのも困る。


 「彼らもそれなりに精一杯奮闘いたしました。むしろ、我らが強すぎるだけかと」


 「魔導の力、ここまでとはな」


 窓の外で行進する紅い鎧の兵士を眺めつつ呟く。

 魔法と科学が合わさって作り出された新しい技術、魔導。

 国土面積だけで言えば王国の半分程度しかない帝国が王国に攻め込む決断を下したのも、魔導によるものが大きい。

 従来の魔法と違い本人の素質に関係なく扱え、威力も魔法に劣らない。、

 大仰な装備こそ必要なものの、均質化された戦力が必要な軍隊にとっては理想的な技術であった。


 と、馬車が急停止し、隊列の前方が俄に騒がしくなり始めた。

 

 「どうした、何があったのだ」


 「前線で事故でもあったのでしょうか」


 「連戦連勝で、気が緩んでいるのではないだろうな」


 この時点ではまだ、軽い事故か何かだろうと高を括っていた。

 王国軍が破れ被れで奇襲を仕掛けたとしても、容易に押し返せると確信していたのだ。

 しかし。


 「た、大変です!」


 勢いよく馬車の扉が開き、酷く狼狽した様子の伝令が駆け込んできた。


 「何があった、騒がしいぞ」


 「そ、それが」


 緊張と動揺からか、伝令は口をぱくぱくと動かすだけで何も喋れていない。


 「冷静になれ、それでも帝国の兵か」


 「何かが――ぐぇっ!?」


 少し落ち着いた伝令が口を開きかけた瞬間、馬車の扉が中央から吹き飛び、破片に巻き込まれて伝令が視界から消えた。


 「お前は……?」


 現れた人型の何かが纏っていたのは、頭部をすっぽり覆う円形の兜と、幾つもの色がモザイク状に組み合わさった鎧。

 兜はまるで鍋をひっくり返したようで、鎧は捨てられた素材の切れ端を無造作に張り合わせただけに見えた。

 腕部や脚部も同様の奇怪さで、一目見ただけでは人間に思えない程。

 雑然とした不揃いな様相が、かえってその異様さを引き立てていた。

 

 「軍を引け」


 「……それは出来ん」


 襲撃者の格好に圧倒されながらも、キルオティスンはきっぱりと言い切った。 

 兜に阻まれて襲撃者の声は深くくぐもっており、男であること以外は何も読み取れない。

 

 「どうやってここまで来たかは知らんが、たった一人で何が出来る。ここで俺を殺したとしても、殺到した兵に殺されるだけだ」


 「窓の外を見ろ」


 「何を言って……?」


 「見れば分かる」   


 言われるがままに窓を開き、顔を出して周囲を見渡す。

 外の光景を見たキルオティスンの顔は、見る間に青褪めていった。  


 「ば、馬鹿な……」


 数十人はいた護衛の帝国兵が、一人残らず無残な姿を晒している。

 鎧を砕かれ、武器を折られ、全ての兵が例外なく地に倒れ伏している。

 馬車の周辺を固める部隊は、魔導兵の中でも練度の高い選りすぐった者ばかりの筈。

 それがこうもあっけなく打ち倒されるとは。

 

 「理解したか?」


 「き、きき、貴様は一体何だ! 何故こんな!?」


 先程までの皇子らしい不遜な態度は消え、醜く狼狽えるただの男がそこにいた。


 「御者と馬には手を付けていない、大人しく国に帰るんだな」


 動揺するキルオティスンとは対照的に、男はあくまで冷静な態度を崩さず吐き捨てる。


 「ふ、ふざけるなぁぁっ!」


 キルオティスンは殆ど反射的に剣を抜き、男へ切り掛かった。

 第二皇子としての誇りが、ここで大人しく帰還することを許さなかった。

 こんなところで躓いていては、第一皇子を追い抜いて自分が皇帝になる計画が台無しである。

 それどころか、負け戦の指揮官として一生陰口を叩かれるやもしれない。

 ここで負けるという選択肢は、最初から無いのだ。


 皇子が剣を上段へと振りかぶる前に、男は木刀をゆらりと抜き。

 流れるような、殆ど力みのない動きで前方に突き出した。


 「あ、がっ」


 喉仏を正確に突かれ、頸椎が一撃で粉砕される。

 鮮血が噴水のように吹き出し、呼吸が瞬時に停止する。

 痛みを感じる間もなく、キルオティスンの意識は永遠に途切れた。 


                            ※ 


 「ふぅ……」


 重苦しい変装を解き、一つ溜息を付く。

 放置されていた廃材を使った簡易的なものだけど、効果はどれくらいあっただろうか。

 本当は重厚な鎧で格好良く全身を覆いたかったけど、生憎資金が足りなかった。

 指輪の謎を解いている筈が、何故こんなところで帝国兵と戦う派目になったのか。

 王都まで攻め込まれれば調査どころではないし、宿も無くなってしまうから仕方ないんだけど。


 ふと手に持った木刀を見れば、赤い血がべったりとこびり付いていた。

 それを見て、人を殺めてしまったことを今更自覚する。

 『けいさん』の弊害として、最適化された行動しか取れなくなってしまう事がある。

 情報の奔流に処理が追い付かず、無意識に体が動いてしまう。

 要は、力の加減が全く出来ないのだ。

 ユイカの時はナルクのお蔭で止められたけど、あのまま続けていたらどうなったか分からない。

 金髪の男が切り掛かってきたときも、『けいさん』を発動したままだった。

 敵対行動に対して体が勝手に反応し、気付いたときには――


 本音を言えば、人を殺めてしまった事よりも、殆ど動揺しなかった自分に衝撃を受けていた。

 魔物と戦っているときと同じく、葛藤も後悔も感じなかった。

 それどころか、心のどこかで戦闘を楽しんでいる気持ちすらあった。

 確かにゲームであれば、敵を倒しても何も感じない。

 人間だろうと魔物だろうと、何十体何百体倒そうが何も感じなくて当たり前だ。

 けれど……


 「帰るか」


 一つ溜息を付いた後、木刀の血を拭い王都へ歩き出す。

 吹きすさぶ荒野の風が、頬を冷たく撫でていた。

 

                        ※

 

 ――数日後、カイオス城謁見の間にて。


 「キルオティスンが討たれただと!?」


 信じられない報告に、会議を行っていた帝国首脳部は湧き立った。

 疲弊した王国相手には十分すぎるほどの戦力には、新型の魔導兵まで加わっている。

 更に指揮官は、帝国でも戦上手と名高いキルオティスン第二皇子。

 この布陣で負けることはありえないと、帝国の誰もが確信していた。


 「王国にそれだけの力が残っていたというのか」


 「いえ、それが……」


 頭を垂れる伝令が告げたのは、更に受け入れ難い事実。


 「たった一匹の魔物、だと」


 キルオティスンを討ったのは、王国軍ではなく魔物の手によるもの。

 しかも、たった一体の。

 現れた異形の魔物は瞬時に帝国軍を圧倒し、キルオティスンの命のみを奪ってどこかへ消えたという。


 「よもや、そこまでの力を持っているとは」


 帝国は魔物について、魔導の技術をもってすれば容易に打ち倒せると判断していた。

 個々の能力は確かに高いが、魔導兵の連携戦術の前には無力だと考えられていたのだ。

 しかし、その予測は脆くも崩れ去った。


 「如何なされますか、このままでは――」


 皇帝の傍に立つ宰相が、青白い顔で言葉を紡ぐ。

 本来の予定では、長くても半月で王都を制圧している予定だった。

 あまり手こずっていれば、北の教国や和国が介入してくるだろう。


 と、最初のものとは別の伝令が、息を切らして部屋に駆け込んできた。


 「ご、ご報告致します。帝都南東に、魔物の大群が現れました!」


 更なる衝撃的な報告に、諸将が色めき立つ。


 「奴ら、こちらに矛先を変えおったな」


 机に拳を打ち付けたカイオス皇帝は、苦々しげに呟いた。

 王都戦以後、魔物は王国に対する攻撃の手を緩めていた。

 王国では、一度大規模な敗北を期して戦意を失ったのか、次の攻撃に対する準備を整えているのかと予想されていた。

 が、事実はそのどちらとも違ったようだ。


 「……王国への進軍は一旦取り止める、まずは我らの国土を守るのだ!」


 「はっ!」


 皇帝の言葉に、諸将が慌ただしく動き出す。  

 大陸の隅で始まった魔物と人類の戦いは、大陸全土を巻き込んだ大乱へ変わろうとしていた。

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