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第八話 二人の距離

 ――かつて世界がまだ闇に包まれていた頃。

 慈悲深き女神によって、矮小なる人は知恵を得た。

 知恵を得た人は大地に栄え、子を為して世界へ満ちた。

 人と女神の深い繋がりは、この世が終わるまで続くかと思われた。

 だが、何処からか現れた邪なる存在を封じるために、女神はその命を捧げた。

 それから今に至るまで、人は神の姿を見ることはない。

 

                          ※


 静かにページをめくる音だけが響く室内には、静謐な雰囲気が漂っている。

 こういう場所は、世界が違っても変わらないな。

 

 「さっぱり分からない……」


 神話について書かれた本から目を離し、図書館の背もたれに寄りかかって一休みする。

 王都に戻ってまず手を付けたのは、謎の指輪について調べること。

 それらしい文献を当たってみたのだが、数時間調べても手掛かり一つ見つからない。

 いざとなれば宝石商に見せるのも手だが、妙な噂が立つかもしれないしな。


 「ほたてー! こんなところにいたのかー!」


 「図書館では静かに」


 「うっ」


 ユイカは、大げさに両手で口を押さえて硬直した。

 元気なのはいいが、ここで騒ぐと他の人に迷惑が掛かる。 


 「……とりあえず外に出よう」


 静かにしろって言われて素直に従うタイプじゃないだろうし、ここは一旦外に行った方がいいだろう。

 まあ、休憩には丁度いいか。


                        ※


 「ふぁふぁへ、くえふはいあ!(ほたて、これ上手いな!)」


 「あんまりがっつくとむせるぞ」


 屋台で売っていた焼き菓子を口いっぱいに頬張って、ユイカは満面の笑みを浮かべている。


 「ナルクは?」


 「部屋で寝てるよ、流石に疲れたんだろ」


 長旅を終えた疲れからか、ナルクはぐっすりと眠っていた。

 何度起こしても全く反応が無かったし、まだ熟睡してるだろうな。


 「ふーん。おっ! あれ何だ!」


 「ちょっと待てって」


 目を輝かせて走り出したユイカを、慌てて追いかける。

 ユイカは亜人の里から戻る俺達に同行し、今は宿の同じ部屋に泊まっている。

 本人は恩返しだと言っていたが、この様子を見る限り単に観光目的なんじゃないのか?


 「今回の災いは、女神を蔑ろにした我らへの罰である! 今こそ我らは教えを思い出し、創世の名の下に集うのだ!」


 装飾品を幾つも付けた派手な服装の男が、手に本を持ちながら行進している。

 頭に被ったサイケデリックな色彩の帽子も含めて、まるで道化師のようだ。


 「何だ? 大道芸か?」


 「どう見ても違うだろ……」


 恐らく、女神教を信奉する者が演説を行っているのだろう。

 街で話を聞いて分かったが、女神ミトレーヤは最近人気が落ちていたそうだ。

 科学や商業が発展するにつれ、宗教の勢力が弱まるのはどの世界でも共通らしい。

 この前行った街の教会、襲撃の破損を差っ引いても余り手入れがされていない様子だったしな。


 だが、ここ最近は風向きが変わっている。

 

 「女神に祈りを!」「女神に祈りを!」


 派手な服装の男に続いて、白いローブを目深く被った人々が列をなしている。

 数は十人程しかいないが、一糸乱れぬ彼らの様子は言いようのない不気味さを纏っていた。


 伝説でしかなかった魔物の復活と共に、お伽噺の存在だった女神の扱いも変わった。

 魔物の脅威に怯える民衆達は、かつて魔物を封じたとされる女神に救いを求めている。

 信仰の高まりを受けて、女神教の勢力も増しているそうだ。

 

 「ユイカは、女神をどう思ってるんだ?」


 「いるかいないか分からない神様に祈ったってしょうがねぇよ」


 独自の文化を持った亜人は、女神に対する信仰が元々薄いそうだ。

 女神ではなく大自然の恵みに対する畏敬の念が、彼らの生活様式の基本になっている。

 と、本に書いてあったような。


 「……そうだな」


 文明社会に親しんだ身として、非科学的な存在について懐疑的な捉え方をしていた。

 こちらに来てすぐなら、ユイカの言葉に迷いなく賛同していただろう。

 けど実際何度かそれらしき声を聴いた今、頭から全否定は出来ない。

 まあ、あの無機質で無神経で無意味な音声が神だとは思えないけど。


                        ※


 「ただいま」


 「おかえり」


 宿屋の扉を開くと、聞き慣れた声に迎えられた。


 「もう起きたのか?」


 「うん」


 ベッドに腰掛け、図書館で借りてきた本を広げる。

 

 と、丁度背中合わせにナルクが腰を下ろした。


 「ユイカは?」


 互いの体が触れ合い、体温が直に伝わる。

 表面上は平静を装いながらも、心臓はどくどくと脈打っている。


 「まだ街を回ってくるってさ」


 本人曰く、『ちっとも遊び足りない』らしい。

 もう夕方だと言うのに、ユイカに疲れた様子は無かった。

 あれだけの体力が、細い体のどこに蓄えられているのだろう。


 「そう」


 後頭部を背中に押し付け、ゆっくりしだれかかってくるナルク。

 ここまでナルクが接近してきたのは初めてで、喜びよりも戸惑いの方が強い。

 何かあったのだろうか? 

 よくよく考えると、亜人の村に行く前からどことなく様子がおかしかったような。


 「ええっと、ナルク?」


 「何?」


 こちらの動揺を知ってか知らずが、ナルクは冷静なままだ。

 背中合わせの状態では表情が見えず、平坦な声からは感情が全く読み取れない。

 

 「いや……」


 どう喋って良いか分からず、口ごもる。

 双方無言のまま時は過ぎ、いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。


 と、不意にナルクの体が揺れた。


 「ねぇ。ほたては、私のことをどう思ってるの?」


 「どうって……」


 あまりに唐突な質問で、答えに窮する。

 ナルクの事をどう思っているかなんて、真面目に考えたことが無かった。

 成り行きでここまで一緒に来たけど、こういう関係に名前を付けるとしたらどうなるんだろう。

 ただの友達か、それとも。


 「私はね、ほたてに感謝してるんだ。あのとき助けてくれなかったら、私は……」


 ナルクは、あれからずっとそんな風に思ってくれていたのか。


 「俺も、ナルクに感謝してるよ」


 「本当? どうして?」


 「ここを救えたのだって、ナルクのお蔭だよ」


 あのときわざわざ魔物の大群に突っ込もうと決めたのは、ナルクを助けたかったから。

 気恥ずかしい言い方だけど、ナルクがいたから見知らぬ世界でも自分のやるべきことが出来たんだ。


 「だから、俺はナルクを……っ!?」


 口を出掛けた言葉が、途中で停止する、

 いつの間にか正面に回ったナルクが、直接触れ合えるくらいの至近距離まで接近していいたのだ。。


 「ナル、ク」


 琥珀のような輝きをもった瞳が、揺らぐことなくこちらを見つめている。

 驚きと困惑で、全く身動きが取れない。

 ゆっくりと瞳を閉じたナルクは、だんだんと距離を狭めて――


 「たっだいまー!」


 唐突に扉が開き、ユイカが部屋に帰ってきた。

 両手一杯に手提げ袋を抱えた姿は、お土産を買った観光客そのものだ。


 「お、おかえり」


 別に悪いことをしていた訳ではないのだが、何故かユイカの顔を直視できない。


 「ん? どうかしたのか?」


 「別に、何も」


 気が付けばナルクは、いつの間にか自分のベッドに座っていた。

 別に一緒にいた所を見られても問題はない筈なのだが、ほっとしてしまうのは何故だろう。


 「そんなに買って、持って帰るのも大変だろ?」


 「持って帰る? 全部ここで食うんだぜ」


 そう言いながら、ユイカはがさがさと袋を開け始めた。


 「そ、そうか……」


 袋の中から次々と出てくる食べ物は、どう見ても二人、いや五人分は軽く超えた量がある。

 相当なエネルギーを消費したのだろうし、補給もそれなりに必要なのかな。

 

 「ほたて」


 と、不意にナルクが呼び掛けた。


 「な、何?」


 さっきまでの動揺が抜けておらず、返答する声が裏返ってしまう。


「さっきのは、秘密ね?」 


 頬を赤く染めて呟いたナルクに、無言で素早く頷く。 

 多分こちらの顔は、ナルクの数倍赤くなっていただろう。


 「何かあったのか?」


 「いや、えーっと……あはは」


 首をかしげるユイカを前に、苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 さっきのナルクの行動は、どういう意図があったのか。

 好意的に解釈したいけど、愛とか恋とかさっぱり縁が無かったからなぁ。

 答えを急ぐのも良くないし、今の所はこのままでいい……よな。

 

 「俺達も夜飯食べるか!」


 「うん」


 敢えて明るく告げた言葉に、静かに頷いたナルク。

 可愛らしく笑うその顔を、まだ真正面から見れなかった。

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