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第七話 色んなフラグ、立ってます

 ユイカがほたてと邂逅してから数日後。

 亜人の集落では、古びた砦に籠った男達が籠城戦を続けていた。 

 元々争い事を好まない種族が集まった集落だが、決して戦いに向かない訳ではない。

 地形を生かした戦いにより、押し寄せる魔物の群れをどうにか押し留められていた。

 しかし、籠城とは援軍がある場合に有効なもの。

 援軍の見込みのない籠城は、ただの自殺行為でしかない。


 砦の最上階では、集落の中で纏め役を担う者達が集まって顔を見合わせていた。


 「一縷の望みを託してユイカを送り出したのも、最早何日前か。我らの中で最も戦技に長けるユイカならば、魔物の群れを突破して救援を呼んでこれると期待していた。が、それは買被りだったかもしれん」

 

 中央に立つ亜人族の族長は、諦めたように肩を落とす。

 顔を覆う程に生えた白い髭は生気を失ったようにしなだれ、白い毛で覆われた長い耳は心情を表すように垂れ下がっていた。

 覗き窓の外を見れば、大小さまざまな魔物が総攻撃の時を伺っていた。

 大地を埋め尽くすかと錯覚する魔物の集団は、数えるのも嫌になる程。


 「こうなれば、最後の突撃を行って我らの意地を」


 脇に控えた獅子頭の戦士が、槍を構えて詰め寄る。

 最早勝機は無く、砦の中は絶望的な雰囲気に包まれていた。

 

 と、俄に周囲が騒がしくなり、魔物の叫び声と何かの衝突音が連続で上がった。


 「何が……?」


 窓から外を見た族長の視界に、驚くべき光景が移っていた。

 

 これまで集落の戦士たちを散々苦戦させた魔物達が、断末魔の叫びを挙げる間も無く次々と倒れていく。

 数秒に二、三体の間隔で倒れていく魔物達は、まるで自分から死を選んでいるようだった。

 族長たちが驚いている数分の間に、百体近くいた魔物は全てが葬られ、青白い光に包まれて消えていった。

 一面薄明るい光が照らす幻想的な風景の中で、一人立つ何者かの姿があった。

 立ち昇る光の中心に立つのは、ただの木刀を持った青年。あれだけの数と戦った後だと言うのに、まるで疲れた様子も無い。


 「おーい! 戻ってきたぜー!」

 

 状況を飲み込めず呆然とする族長達の耳に、駆け寄ってくるユイカの能天気な声が届いていた。


                       ※


 集落の中心に位置する広場では、大きな篝火がぱちぱちと火花を立てている。

 その火を囲んで、亜人達が思い思いに酒盛りを繰り広げていた。

 音楽を奏でるものや、食事を楽しむもの。魔物の脅威も去って、今まで溜まった鬱憤を晴らしているのだろう。

 

 そんな宴の中心から少し離れ、貸し与えられた家の屋上で一人夜風に当たる。

 この辺りは王都と文化がかなり異なるらしく、建物や家具を含めた全てが切り出された木材や植物の蔓で造られていた。

 鬱蒼とした森林が広がる中に築かれた集落は、荒野に囲まれた王都とは正反対だ。

 

 「ほたて! ようほたて!」


 と、いつの間にか背後に回っていたユイカが、やたら高いテンションで絡んできた。


 「ユイカは元気だな」


 背中をバシバシと叩くユイカは、既に相当酔いが回っているようだ。

 ほんのりと赤く染まった頬と、はだけた服から覗く白い肌を見て、思わず目を逸らしてしまう。


 「何だ暗い顔して、お前も飲め!」


 酔っているとはいえ、随分な言いようだ。

 一人でぼうっとしていたとはいえ、別に暗い顔はしてない筈だが。

 まあ、実際ああいった雰囲気は苦手だ。

 明るい場ではどうしても一歩距離を取ってしまうというか、馴染めないと言うか。

 事務的な会話ならなんとでもなるのだが、自由に話して良い状況では話題が全く思い付かなくなってしまうのだ。


 それが異性なら尚更、の筈なんだけど。 

 何故かユイカやナルクには話し難さをそれほど感じていないんだよな。

 ナルクは年下だからで説明が付くけど、ユイカは何故だろう。

 無駄な明るさが、自然に警戒心を取っ払ってくれてるのか?

  

 「そうえば、ナルクは?」


 「もう寝た、長旅で疲れたんだな」


 王都からここまで数日、殆ど休みなしで歩き続けていたのだ。

 全く疲れない俺や体力のあるユイカはともかく、まだ年若いナルクには酷だったろう。

 家の中では、ナルクが穏やかな寝息を立てている筈だ。

 

 「まさか、あそこまであっけないとはな」


 「正直俺も驚いたよ」


 集落を襲っていた魔物は大半が遺跡の魔物よりも大分弱く、『けいさん』を使わなくともあっさり勝ててしまった。

 ユイカの言葉からもう少し苦戦するかと予想していたのだが、拍子抜けだ。

 レベルがかなり上がったことで、自分の能力が人間離れしていると日に日に感じる。

 日常生活でも、少し気を抜くと物を壊しそうになってしまう事が多くなった。

 今までプレイしていたゲームの主人公達も、急に身に付いた強大な力に戸惑っていたのだろうか。 


 「なあ、礼はあれで本当にいいのか?」


 「金なら貰ったろ」


 「そうだけどさぁーもっとさー食料とかさー」


 だらんと屋根に直接寝ころんだユイカは、とろんとした上目遣いでこちらを見る。

 

 今朝の戦いの結果、俺は村を救った英雄として歓待されていた。

 こちらが望むのなら、集落の人々は殆ど何でも喜んで差し出しただろう。

 けれど、最初にユイカが提示した金額以外は何も受け取っていなかった。

 

 「ほたてはさ、何を貰ったら一番嬉しいんだ?」


 「そうだな……」


 口を開きかけて、何も思い付かない自分に絶句する。

 金なら魔物を倒せばいくらでも手に入るし、武器も今の所は木刀で十分だ。

 休息を必要としないこの体なら、特定の住処を持たずとも行動可能だし。

 本音を言うなら元の世界に帰る方法が一番欲しいが、それをユイカに告げられる訳も無く。


 「何もないのか?」 


 ユイカの口調が、驚きを含んだものに変わる。


 「いや、そういう訳じゃ――」


 「凄いな、またお前を好きになったぞ!」


 「えっ?」


 唐突な発言に、意味を理解するのが遅れる。

 

 「じゃあな、早く寝ろよ!」


 「あ、ああ」


 さっぱりとした顔のまま、ユイカは屋根から飛び降り去っていった。


 「今のって、どういう……?」


 頬がかあっと熱くなったのは、既にユイカの姿が見えなくなった後だった。 


                           ※


 「暗いな……」


 薄暗い通路の中は、ナルクが持つカンテラのぼうっとした明かりにのみ照らされている。

 長い間人の手の入っていない場所らしく、湿気臭い匂いがそこらじゅうを満たしていた。

 魔物と戦った次の日、俺達は集落からほど近い場所にある遺跡を訪れていた。

 

 「しっかし、こんな所に何の用なんだ?」


 背後で組んだ腕に後頭部を乗せたまま歩くユイカは、退屈そうに壁の壁画を見つめている。


 「ちょっと気になることがあってな」


 王都の図書館で調べたのだが、亜人の集落近くには女神ミトレーヤに関する遺跡があると言うのだ。

 女神に関する情報を求めていた俺にとっては、渡りに船。

 ここで何かフラグを立てれば、バッドエンドを回避出来るかもしれない。

 そこまで上手く行かずとも、今後の方針を決める何かを見つけられれば御の字だ。


 丁度村を救った直後でもあり、遺跡に入る許可はあっけなく出た。

 まあ、元々信仰が薄い亜人達はこの遺跡に注目していなかったそうだけど。

 この前とは違い、ここは魔物に占拠されていないようだ。

 面倒な罠なんかも無いし、この分だと余裕で最深部まで進めるかな。


 「きゃっ」


 「っと、大丈夫か?」


 つまずいて体勢を崩したナルクを、抱きかかえて受け止める。

 衝撃でカンテラが揺れ、明かりがちかちかと点滅した。


 「う、うん……」


 ナルクは服に着いた汚れを払うと、立ち上がってまた歩き出した。

 危険だから待っているようにと言ったのだが、どうしてもついてくると言って聞かなかったのだ。

 ……もしや、ナルクも遺跡に興味があるのか?


 「ここが一番奥かー?」


 小一時間程進んだ所で、大きな扉の前に辿り着いた。

 重厚な扉には古めかしい文様が幾重にも刻まれていて、いかにもこの先に何かがある雰囲気を漂わせている。


 「何か仕掛けがあるかもしれないし、ここは慎重に――」


 「どりゃぁっ!」


 「いきなり!?」


 静止する間もなく、ユイカによって扉は勢いよく開かれた。 

 心配していた罠などはなく、ドーム状の部屋の中にはがらんとした空間が広がっているのみ。

 壁面には扉と同じ重厚な文様や、神秘的な壁画が描かれていた。

 羽を生やした女性が、黒い暗雲と相対している絵。

 これは、女神が魔物と戦った伝承を記しているのだろうか。


 「何だよ、何もないのかよ!」


 最深部に相応しい荘厳さは感じるが、持って帰れそうな物は無い。  

 落胆と共に帰路に着こうとした、そのとき。


 「これ、は……!」


 「ほたて?」


 唐突な倦怠感と共に目の前の視界が霞み、気が付けば周囲が真っ暗になっていた。


 「勇者よ、よくぞここに辿り着きましたね」


 宙に浮いているような感覚の中で、鼓膜に直接の女性の声が響く。

 これは、あの時と同じ。


 「いい加減、具体的な情報を教えてくれないんですか?」


 一面に広がる暗闇の中、姿が見えぬ相手に問い掛ける。

 隠しているつもりだったけど、口調には苛立ちが自然と現れていた。


 「勇者よ、世界を救う為に隠されし宝を集めるのです」


 宝って何だ? 集めると何が起こるんだ?

 そう問い掛けようとした瞬間、目の前の光景が変わっていく。


 「またか」

    

 気が付いたとき、景色は元の遺跡に戻っていた。

 相変わらずの説明不足に、溜息しか出てこない。 


 「ほたて、それは?」


 と、ナルクが驚いた顔でこちらを指差した。


 「何だそれ!」


 続けて、ユイカが大声で反応する。

 知らぬ間に頭上へちょこんと乗っていたのは、大きな青い宝石の付いた指輪。

 壁に描かれたのと同じ文様を刻まれた指輪は、カンテラの光を受けて怪しく光っていた。

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