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第六十四話 英雄の死、人間の生

 シーロンケイス城のテラスから見下ろす広場には、溢れんばかりの帝国民が集まっていた。

 集まった民衆の視線は、これから演説を行わんとするシェイル女王に全て向けられている。

 豪勢なドレスを身に纏ったシェイルは、一つ大きな深呼吸をすると、しっかりとした口調で話し出した。


 「あの危機から三年、大陸には平和が戻りました。しかし、それもまた薄氷の上に乗ったものでしかありません」


 就任から数年の歳月が経ち、今のシェイルは女王に相応しい風格を纏うまでになっている。

 国の統治者として幾多の困難を乗り越えたその姿は、かつての少女から更に流麗で、威風堂々としたものであった。


 「魔物はおらずとも、いえ、魔物が消えた今こそ、私達の平和を願う心が試されているのです」


 世界の命運を賭けた戦いの後、大陸から魔物の姿は消滅していた。

 三年の間に各国の傷は癒え、殆ど更地だったかつての教国にも、少しづつ元の自然が戻り始めている。

 空白地帯となったこの場所は、三国によって均等に分割統治されることになっていた。 


 「私達一人一人が、世界の為に何が出来るかを自分の頭で考えること。それが、世界を安寧に保つ為に必要な行為でしょう。それは、何も難しいことではありません。世界とは、貴方達一人一人の集合体なのです。貴方と、貴方の大切な人達を大切に想う気持ち。その暖かい感情を大事にしていけば、自ずと実現出来ている筈です」


 シェイルの心を込めた言葉が、満場の観客に沁み渡っていく。

 始めは少しざわついていた広場も、今は全員が一言も発さずに演説へ聞き入っていた。

 通信魔導具によって、この演説は帝都に留まらず、世界に響く手筈になっている。

 この時、世界中の場所で、広場と同様の光景が広がっていた。


 「最後に、世界を救う為にその命を散らした英雄へ、最大限の感謝を」


 締めの言葉を発し、黙祷を捧げるシェイル。

 一礼して去っていくその背中に、満場の拍手が向けられていた。 


 「素晴らしい演説でした、帝国は元より大陸中の人々の心に響いたでしょう」


 「ありがとう」


 駆け寄って来た側近に謝辞を告げ、シェイルはいそいそとドレスを脱ぐ。


 「これから私は、暫く席を外します。後のことは、貴方達に任せました」


 「お任せ下さい!」


 「頼みましたよ」


 動き易い軽装姿になったシェイルは、意気揚々と城外へ歩き出す。

 その表情に、先程までの凛々しい気配は無い。


 暫く歩いて、シェイルは城から少し離れた細い針葉樹が生え揃う林の中に入っていく。

 そこに、龍の姿になったカトラがだらけきった姿で寝そべっていた。


 「待ちくたびれたぞ、もう少し遅れたら置いて行った所だ」


 「ありがとうございます、待っていただいて」


 「……ふん」


 不機嫌そうに呟くカトラに対し、怯むことなく微笑む返すシェイル。

 この位のやり取りなら、もう何度も繰り返していた。


 「では、行くぞ」


 「ええ」


 シェイルをその背に乗せ、上空へと飛び去っていくカトラ。

 二人の黒い影は、遥か西方の方角へ消えていった。

                              

                            ※


 すっかり冬色に染まった村の景色に驚きながら、シェイルは一人あぜ道を歩いていた。

 カトラは、飛び疲れたといって着地地点の林で休んでいる。

 もしかして、気を使ってくれたのだろうか。

 何せ、シェイルがここを訪れるのは――


 と、道の向うから、杖を付いた一人の青年が近づいてきた。

 見間違える筈も無い。その青年こそ、シェイルがずっと待ち望んだ人物。


 「久しぶり、シェイル」


 「ほたてさん!」


 愛しい人の姿を見つけ、シェイルは全速力で駆け寄る。


 「わ、わわっ」


 勢いよく飛び込んで来たシェイルを受け止めきれずに、そのまま道に倒れ込んでしまう。

 角度が九十度変わっても、シェイルはほたてを抱き締めたままだった。


 「おおう、妬けるねぇ」


 「半年も会えなかったんだから、譲ってあげないと。でも、今日だけね」


 「ナルク殿……年々図太くなってるでゴワスな」


 その光景を、ユイカ達三人が小さな家の前に立って眺めていた。


                             ※


 シェイルを家に招き入れ、皆で囲炉裏を囲む。

 帝国の近況や村での暮らしなど、話題が尽きることは無かった。


 「体の調子はどうですか?」


 「ああ、最近は随分動くようになって、農作業も手伝えるようになったよ」


 「本当ですか、良かった」


 楓の好意により、将軍家お抱えの医師や鍼灸師や風水師などを総動員した治療が行われていた。

 その甲斐あってか、一時はベッドから起き上がるのにすら苦労していたのが、普通に生活出来るくらいには回復している。

  

 「……あの時は、本当に肝を冷やしました」


 「うんうん、とっっっても心配したんだからね」


 話題は、自然と三年前の戦いへ向かっていた。


 「だから、悪かったってば」


 あの戦いの後、ナルクの報告を受けて向かった捜索隊が見つけたのは、半死半生で横たわるほたての姿。

 どうにか一命を取り留めたものの、その後数か月も危篤状態が続く。

 決死の看病の末にどうにか目を覚ましたが、体には大きな後遺症が残ってしまった。


 「もう、あの力は無くなっちゃったんだよな」


 ほたては、女神との戦いでレベルを全て使い切っていた。

 それに伴って、元々あった体の頑丈さや疲れへの耐性も全て消失。 

 『きおく』や『けいさん』の力も失い、今のほたては普通の人間と全く変わりない体になっていた。

 ほたてが表向き死んだことになったのも、このことが関係している。

 今のほたては、自分に向けられる悪意に抵抗する術が無いのだ。

 英雄として大陸全てに名の知られたほたてには、好悪様々な感情が今でも抱かれている。

 不測の事態を防ぐ為、ほたての生存は厳重に秘匿されていた。

 かつて臥鬼忍軍が住んでいたこの村は、身を隠すにはもってこいだ。

 紅鬼達の協力も受け、ほたて達は決して派手ではないものの、穏やかで充実した生活を送っていた。


 「大丈夫、力なんか無くたって、ほたてはほたてだよ」


 「そうそう、力仕事ならオレに任せろって!」


 「拙者も尽力するでゴワスよ!」


 「なんか意味が違うような……」


 ユイカ達のずれた会話に、思わず突っ込みを入れるほたて。

 そんな姿を見て、シェイルは思わず笑い声を上げていた。


 「ど、どうした、の? 急に、に笑ったり、して」


 「良かった、ほたてさんが楽しそうで」


 嬉しそうに笑うシェイルの声は、いつの間にか涙が混じっていた。


 「本当に、良かった」


 「……別に、後悔なんかしてないからな」


 「ほたてさん」


 「あのとき戦わなかったら、みんなここにはいられなかった。今ここにみんながいるだけで、俺は満足だよ」


 「うんうん、みんな仲良くが一番!」


 「ええ、本当に、そうですね」


 シェイルの顔に曇りの無い笑顔が浮かび、それは、皆の間に自然と広がっていく。


 「それじゃあ、そろそろ寝ますか」


 「今日はシェイルが右側として、左側は誰かな」


 「な、ナルクさん、は……昨日、右だったから、今日は、わ、わた」


 「当然、我だな」


 「お前いつの間に!?」 


 「じゃあ、ここは公平にくじ引きにしようぜ!」


 騒がしさがの中で、ほたては確かな幸せを感じていた。  


 「ねぇ、ほたては誰が良いの?」


 「ええっと……誰かな?」

 

 「もう、しょうがないなぁ」


 願わくば、この幸せが少しでも長く続くことを。

 大切な人達が、いつまでも笑っていられることを。

 望まずに来た世界で、望み以上の幸せを手に入れられたことに感謝し、ほたては静かに目を閉じる。

 その顔には、心からの安らぎが浮かんでいた。


                        ※


 ――三国時代。

 大陸の歴史において、最も安定していたとされる時代。

 互いに刺激し合い更盛を誇った三国は、数百年に渡る平穏を築くことになる。

 三国それぞれの歴史において、同一の人物が大きな役割を果たしたことは、後世の歴史書にも大きく刻まれている。

 何処からともなく現れ、世界を救う為にその命を捧げた英雄。

 果たして彼は何者であり、何故それ程の力を発揮出来たのか。

 その答えを知る者は誰も残っていない。

 ただ一つ、帝国国立博物館において、中央から真っ二つに折れた木刀が保管されているのみである。

完結しました。

感想、評価を下さった方、読んで下さった方全ての人に感謝を。

ありがとうございました。

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