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第六十二話 現出する元凶

 「――っ!」


 体に纏わり付く泥の感触で意識が覚醒する。

 今にも全身を呑み込まんとするそれを振り払い、粘ついた地面の上に立つ。

 天井から床まで全てが漆黒で、それ以外には何も見えない。

 周囲を照らすのは自身が発する薄らとした光のみで、遠近感も掴めないままだ。

 取りあえず、体を自由に動かせる程度の広さはあるようだけど。

 状況を探っている間にも、足元の泥は容赦なく体を呑み込もうとしていた。

 

 「取り敢えず、こいつを!」


 気合いを篭め、足元へ向け木刀を斜め下に振り抜く。

 光の線が空中を滑り、泥は波が引くように消えていった。

 泥が消え、堅い地面が姿を現す。

 と、上空や周囲の黒い影が、一点に集まり始めた。

 正面の中空に、真球状の巨大な黒い塊が形作られていく。 


 「はあぁっ!」


 何が起こっているのかは分からないが、このままにしておくのは不味いと『けいさん』が告げている。

 木刀を振りかざし、黒い塊へ切り掛かった。

 刀身が触れる直前、くす玉が割れるように塊は破裂。


 「何だ!?」


 驚く間もなく、泥は空中で何かを形作っていく。

 そして、目の前に巨大な黒の巨獣が現れていた。


 無数の触手が生えた下半身に、八本の腕を持つ胴体部。

 頭部のような部分は三つ存在し、それぞれに顔のような意匠が刻まれていた。

 人間とも動物とも取りがたい造形をしたそれは、生理的な嫌悪感を引き起こすものだった。


 「こいつを倒せば!」


 確かめるまでもなく、こいつが元凶だろう。

 敵を見定め、思い切り木刀を振り抜く。

 音も無く振われた刀身から、十字型の剣閃が飛翔した。

 眩い光を放って進む衝撃波が、巨獣の体を抉り取っていく。


 「――っ」


 耳を劈く断末魔の叫びを発しながら、あっけなく黒い巨獣が崩れ去っていた。

 未練を残したように漂うする黒い霧だけが、その存在を物語っていた。


 「終わった……?」


 呆然とする俺の元に、何処からか女神が飛来してきた。

 

 「よくやってくれましたほたて」


 「これで、世界は救われたんですね」


 女神の穏やかな声で、脅威が去ったのだとようやく実感する。

 巨獣の影響が消え、周囲の景色が露わになっていた。

 見渡せば、ここは洞穴のような場所だった。

 元は遺跡だったのか、朽ちた建物の残骸が幾つか転がっている。


 「ええ、全てが終わります」


 感慨深そうにつぶやいた女神が、漂った黒い霧へ向け手を伸ばす。


 「これが、この力があれば」


 と、霧が掃除機に吸い込まれるように女神の体へ進んでいった。

 女神は、あの黒い霧を吸収している……?

 何故女神が、魔物の力を。

 そう疑問に感じた、次の瞬間。


 「ぐっ……!?」


 もう片方の手から伸びた白い光が、俺の体を完全に拘束していた。


 「何、を……!?」


 自由を取り戻そうともがくが、凄まじい力に指一本動かすことが出来ない。

 同時に、さっきまで溢れていた力が抜けていく感触を覚える。


 「一つ、昔話をしましょうか」


 混乱するばかりの俺とは対照的に、女神は冷静に言葉を続ける。


 「ここはかつて、私が生まれ育った地」


 そう女神が言った瞬間、周囲の光景が一瞬で変化した。

 殺風景な灰色の洞穴から、見たことも無い街の上空へ。

 戸惑う俺の前で、映し出される景色は次第に地上へと降下していく。

 そこでは、最早見慣れた地獄が広がっていた。

 崩れていくいく建物、炎に燃える街と、逃げ惑う民衆。

 それを為しているのは、見覚えのある魔物の存在。


 「かつてこの世界は、今と同様の危機が訪れていました」


 どこか懐かしむような女神の声が、直接耳に響く。


 「絶望の中で、一人の少女が神の力を得た」


 戦いが終わり、無残な廃墟に変わった街の中で、ナルクによく似た少女が立ち上がった。

 少女は神の加護により、圧倒的な力を手に入れる。

 今まで魔物に蹂躙されていた人間にとって、それは希望であった。

 幾つもの戦いを乗り越え、あどけなかった少女の顔は次第に凛々しいものへと変わっていく。

 やがて一人の女性となったかつての少女は、魔物を操っていた強大な存在すら消滅させる。

 その姿は、先程倒した黒い巨獣とよく似たものだった。


 「しかし、それで魔物の被害は終わりませんでした。元凶を倒したと思っても、また新たな元凶によって魔物は現れる。そんな状況を終わらせるために、神は私に新たな役割を与えました」


 魔物の発生を完全に防ぐために、大陸に強力な封印を発生させる。

 かつて救世主と呼ばれていた少女は、その姿を巨木に変える選択をした。


 「世界を救う為に、人身御供となって消える。ここまでは、実に素晴らしい自己犠牲の話です」


 景色を眺めていた女神が、不意にこちらを振り返る。

 その表情は、今までにない程憎悪と悪意に満ちたものだった。

 

 「私が神と呼んでいた存在も、かつて私と同じ道を辿った者でした。女神になった私に、彼は『ありがとう』と言ったんですよ」


 女神の顔に、皮肉めいた笑みが浮かぶ。

 これまでの神秘的な仮面をかなぐり捨てたその姿は、人間味に溢れている。


 「全てを管理する上位者。しかしそれは、縛られた囚人に過ぎない」


 「俺も、かつてのあんたのようにするつもりか」


 今度は、俺の番だとでも言う気か。

 女神の代わりに、新しい犠牲になれと言うのか。


 「安堵して下さい、そのようなことにはなりません」


 その言葉を聞いた女神の表情が、満面の笑顔に変わる

 だがそれは、見るものに恐怖を呼び起こさせる残忍なものだった。


 「私が苦役から解放され、世界も救われる簡単な道があります」


 何もかも上手く行くなんて、そんな都合の良い方法があるのだろうか。


 「全ての苦痛を生む器。つまり、この世界そのものを消し去ってしまえばいいのです」


 「な……!?」


 余りに荒唐無稽な発言で、流石に言葉を失う。


 「全てが無になれば、私は役目から解放され、人々は悩み苦しむことも無くなる。そもそも、何も存在しないのですから」


 それが、女神の目的。

 女神は一部の隙も無い理論を展開したような顔をしているが、完全に論理破綻している。 

 だが、今更それを指摘しても無駄だろう。

 今の女神は、議論でどうにかなる段階をとっくに通り過ぎている筈だから。


 「俺をこの世界に呼んだのも、最初から」

 

 「貴方は、実に素晴らしい働きをしてくれました」


 世界各地で活躍し、世界に住む人々の希望を集める。

 圧倒的な力を持てば、自然と活躍したくなると踏んだのだろう。


 「当初の計画では、もっと派手に暴れてもらう予定でしたが……」


 誤算は、俺が目立とうとしなかったことか。

 人々に知られていなければ、英雄として名を馳せることも無いだろうから。


 「まあ、結果的には良いでしょう」


 この英雄作戦も、完全に女神の仕込みだった。

 教国まで操っていたとは流石に思えないが、似たような危機はいずれ起きていただろう。

 一人の力でどうしようもない段階まで来れば、あとは少し知恵を貸すだけだ。


 「最初にラスボスを倒したときにゲームをクリア出来なかったのも、その為か」


 「ええ、あの時はまだ、力が十分に溜まっていませんでしたから」


 「力?」


 「知らなかったのですか? 魔物の力は、人々の負の感情によって高まるのですよ」


 顎に手の甲を当て、嘲けるように笑う女神。

 魔物を完全に根絶できないもの、その力の源が人の感情によるものだったからだという。


 全て、掌の上で踊らされていた。

 女神は、わざと世界が混乱に満たされるまで待っていたのだ。

 今になってみれば、やたら不親切だったのも納得だ。

 大陸中に戦乱が広がる前に一旦魔物を殲滅されては、女神の計画は崩れ去る。


 「魔物の力も、貴方に与えた力も、全て吸収させて頂きました」


 全身に力を漲らせ、勝ち誇る女神。

 どうにか抵抗しようとしても、こちらの体は全く動いてくれない。


 「せめてもの礼として、貴女は苦痛も無く消し去ってあげましょう」


 最後通告が下り、翳された女神の手に光が集まる。

 収束した光が放たれ、閃光が一直線に俺の体へ迫る。

 やがて、視界が真っ白に染まり――

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