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第六十一話 奇跡の力

 三国による新たな同盟設立後、急ピッチで英雄作戦は進んでいった。

 自分の全く知らない処で評価が高まっていくのは、結構不思議な感覚だ。

 顔も知らない他人が自分の噂をしているのかと思うと、背筋に嫌な汗が流れてしまう。


 急に英雄扱いされてどうなる事かと思ったけど、前面に出る機会は意外に少なかった。

 今の事子rは、カトラの背に乗って軍の前に一回出ただけだ。

 実際に顔を見せない方が神秘性が高まるとの方針らしいけど、正直助かった。

 英雄扱いされたまま大群衆の前に出るなんて、心臓が止まりそうになるだろうから。  

 多分、シェイル辺りが配慮してくれたんだろうな。


 俺の素性について、表向きにはぶらり現れた凄腕の剣士という説明になっているらしい。

 各国を放浪しながら人助けを行い、たった一人で幾つもの脅威を打ち砕いてきた。

 たった一人で数千を超す魔物の群れを圧倒し、旧帝国が誇った魔導兵器さえも生身で粉砕する。

 その能力は三国の統治者達も高く評価していて、シェイル女王は婚姻も考えているという。

 こうして文にしてみると、まさしく英雄と呼ばれるに相応しい人物だ。

 最も、俺自身には全く実感が無いけど。


 相次ぐ異変によって心の拠り所を求めていた民衆は、あっという間にこの逸話に飛びついた。

 三国の総力を結集した宣伝戦により、話題は予想以上の速度で広まった。

 一週間も経たずに、ほたての名は現世の英雄として大陸中に知られることとなっていた。

 その間も、俺は休む暇も無く各地を飛び回っていた。

 魔物の進行は衰えるどころか、更に脅威を増している。

 このままの状況が続けば、いずれ王国や帝国も教国のようになってしまうだろう。

 そうなれば、残った和国の命運も推して知るべしだ。

 未来を変える為には、奇跡を起こすしかない。


 そして、三国会談から一週間と数日が経った頃。

 周囲の敵を殲滅し、何時ものように野宿をしていた俺の所に、光を纏ったナルクが現れた。


 「遂に、時が来ました」


 挨拶も無しに眼前へ舞い降りた女神は、いつも通り無く淡々と告げた。


 「宣伝はもういいんですか?」


 「貴方の存在は、この世界の全てに記憶されました。世界の命運を託されるべき、真の英雄として」


 唯一の英雄にして、世界中の人間から望みを託される存在。

 まさか、自分がそんな人物になるとは。

 あっちの世界で普通の学生をしていた頃からは、まるで想像も出来ない。

 今更だけど、俺は世界の命運を握ってしまったんだよな。

 改めて実感すると、凄まじい重圧を感じる。

 もし失敗すれば、ナルクやシェイル達だけでなく、顔も存在も知らない人々が犠牲になるのだ。 

 少しでも気を抜けば、一瞬で押しつぶされてしまいそうだ。


 「……ここまで来たら、後戻りは出来ないよな」


 けれど、立ち止まる訳にはいかない。

 

 「私の手を」


 目の前に、薄く光を纏った女神の細い手が差し出される。

 俺はその手を、しっかりと両手で握った。

 その瞬間、目の奥で火花が弾け、視界が真っ白に染まる。

 

 「――っ!?」


 流れ込む凄まじい力の流れに、気が遠くなりそうになる。

 数分か、数秒か。あるいはコンマにも満たない時間だったのかもしれない。

 微かな時の間に、自分の体が何度も内側から始める感覚を味わった。


 「……これが、人の願い」


 よろけながら手を離し、その場に座り込む。

 心臓が爆発しそうなほど鼓動が早く刻まれ、自然と呼吸が荒くなる。


 「今の貴方は、本来の私に匹敵する程の力を持ちました」


 これが、少しでも気を抜けば暴発しそうな力の奔流が、本来女神が持っていた力だっていうのか。

 成程、これなら神と呼ばれていたのも納得だな。


 「目的地までは私が導きます。今は、ただ進んで」


 そう言うと、女神は上方へ飛び去った。

 恐らく、上方から進路を知らせてくれるのだろう。


 数回の深呼吸を終え、ようやく立ち上がる。

 何もしていないのに、体の内から力が溢れるのを感じる。

 さっきまで休まず戦い続けていたというのに、その疲労も全く感じない。

 肩慣らしにとジョギング程度の感覚で走ってみると、数秒で2.3㎞も移動していた。

 国境も軽く超えて、魔物がひしめく教国の真っ只中。

 周囲を見れば、凶悪な相貌を備えた魔物でひしめていた。

 けれど、恐れは全く無い。

   

 「好きに暴れてくれ……ってことだな」


 この力があれば、どんな魔物も物の数ではないだろう。 

 いつもの事だけど、周囲に味方の姿は無く、損害を気にする必要も無い。


 「貴方が向いている方向です、一直線に進んで下さい」


 上空にいる女神から、心の中に直接音声が届く。


 「分かった!」


 その声を合図にしたように、周囲の魔物が一斉に襲い掛かって来た。

 だが大半の魔物は、体に触れる前に塵と化して消滅していく。

 ただ走っているだけで、木刀を抜くまでも無く魔物を倒せていた。

 

 「凄い……!」


 自身の力に驚く間も無く、敵は怒涛の如く押し寄せる。

 その中には、灰燼にならず向かってくる魔物も居た。

 何本もの首が胴体から生えた醜悪な蛇や、鈍色の巨体を誇る鋼鉄の機神に、空中に浮遊する奇怪な体色の構造物。

 普段の俺なら、多少なりとも苦戦する相手だ。

 だが、今なら。


 「はあっ!」


 木刀を抜き放ち、勢いよく一閃。

 弧を描く衝撃波が宙を滑り、視界に映る全てを粉砕していく。

 僅かに残っていた教国の建築物すらも巻き込んで、破壊の津波が大地を揺らした。

 その後に残されるのは、完全な無のみ。

 単一な砂の大地へ変わった地面の上を、ただひたすら進む。

 

 十数分程走り続けた所で、周囲の景色に変化が現れ始めた。

 それまで見た教国風建築の残骸が散らばっているものとは全く異なる、不気味で異様な光景が現れ始めた。

 空は暗雲に覆われ、月の明かりはまるで見えない。

 歩く地面は血に染まったように赤く染まり、不規則に大地から生えた紫色の結晶が、ぎらぎらとした光を放っている。

 前の世界の景色とも、今まで見てきたこの世界の景色とも全く違う光景。

 まるで、地獄に迷い込んだようだ。

 

 相変わらず魔物は現れていたが、木刀の一撫でで全てが消滅していく。

 最早戦闘とも呼べない状況に、少しだけ相手に憐れみを覚えてしまった。

 異様な景色の中を走っていると、また女神の声が聞こえた。

 

 「止まってください」


 後ろから襲い掛かって来た単眼の巨人を拳一つで吹き飛ばし、言われるがままに足を止める。

 

 「ここが?」


 「ええ、ここが元凶です」


 一際大きな結晶に囲まれて、巨大な洞窟がぽっかりと地面に口を開けていた。

 穴の中は漆黒に包まれていて、中は全く見通せない。

 見ているだけでそれと分かる不気味な気配が漂っており、一歩足を踏み入れたら奈落の底まで引きづり込まれそうだ。

 けれど。


 「迷ってる場合じゃない、よな」


 恐れを振り払い一思いに足を踏み入れた、その瞬間。

 全身を黒い影が覆い、視界が瞬く間に黒く染まる。

 何かを感じる暇も無く、意識は一瞬で途切れていた。

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