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第六話 迷い道と寄り道と

 「はぁ……」 


 図書館の重々しい扉を開いて外に出ると、自然とため息が出ていた。


 バッドエンド直行でラスボス撃破は無駄になったが、レベルは50にまで上昇している。

 流石にステータスもそれなりのものになり、貧弱な装備でもこの辺りの敵には負けようがない。

 戦闘面では不安は無くなったのだが、今の状況は膠着していた。 

 女神や遺跡について焦点を絞り情報収集してみたが、グッドエンドに繋がるような情報は無し。

 魔物の起源や女神の伝承辺りを調べるのが近道だと考えたのだが、普通の民衆が知っている情報は今の俺と対して変わらなかった。

 図書館で調べようにも、事前知識なしで読めるようなものは大体読んだからなぁ。

 

 さて、これからどうすべきか。

 こちらの悩みとは裏腹に、大通りは相変わらず騒がしい。

 完全な復興にはまだまだ遠いだろうが、襲撃直後から比べれば一目瞭然だ。


 「ほたて」


 「ナルク、どうしたんだ?」


 と、街中でナルクに声を掛けられた。

 散歩していたらしきナルクの服装は、動きやすいワンピース姿。服と一緒に買った白い花飾りが、赤い髪に良く映えている。

 この街に着いてから、ナルクは随分明るくなった。

 ふとしたときに笑顔を見せることも多くなったし、暇なときには一人で街を出歩くようにもなった。

 恐らく、本来の女の子らしい性格が戻り始めているのだろう。

 日を増すごとに可憐さを増すナルクに、こっちは気が気で無いけど。


 「頼みが、あるの」


                          ※


 小刻みな歩幅で進むナルクに先導され、見知らぬ道を進んでいく。

 

 「友達?」


 「うん」

 

 ナルクによれば、最近知り合った友達が俺の助けを必要としているらしい。

 丁度行き詰っていた所だし、気分転換に人助けもいいかもしれない。

 ナルクの知り合いなら、そこまで大事には関わっていないだろうし。

 歩く度に段々と道幅は細くなり、大通りの騒々しさが遠く聞こえるようになった。

 暫く歩いて着いたのは、街の隅に位置する寂れた一角。

 ここはまだ復興が進んでいないようで、放置された瓦礫の山など惨劇の傷が生々しく残っている。

 ナルクはこじんまりとした通りに面する古い民家の扉を開け、すたすたと中に入っていった。

 室内にいたのは、一人の見知らぬ女性。

 

 「よぉナルク、今日はどうし……」

 

 まず目に入ったのは、翠玉のような澄んだ緑の長髪。

 大きな帽子から覗く艶を帯びた髪はさらさらと風にそよいでいて、すらっと伸びた背丈に良く映えている。

 振り返った女性の、意志の強さを感じさせる金の瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた。

 

 「お前、誰だ?」


 「え、ええと」


 強めの口調で問いかけられ、思わず情けない声を出してしまった。 

 ただでさえ同世代と会話するのは苦手なのに、こんな美人相手では頭が真っ白になる。

 

 「この人が、ほたて」


 「こいつが?」


 顔が触れそうなほど近寄られ、まじまじと見つめられる。

 彫刻のような整った顔立ちを間近で見せられて、思わず目を逸らした。 


 「大したヤツには見えねぇけど……」


 不意に距離を取った女性は、右足を大きく振り回して蹴りを放った。


 「い、いきなり何を!?」


 咄嗟にしゃがんで避けたが、攻撃はまだ止まらない。


 「へぇ、少しはやるじゃないっ、か!」


 続けざまの攻撃を受けて、反射的に『けいさん』を発動させていた。

 繰り出された拳を体を差し込んで避け、肘打ちで鳩尾へ一撃。

 だらんと伸びた腕を引き寄せて地面に押し倒し、首筋に手刀を放つ。


 「ユイカ!」

 

 「あ……」

 

 驚いたナルクの叫びで我に返る。

 ユイカと呼ばれた女性の手を離したのは、思いっ切り気絶させてしまった後だった。


                          ※ 


 ぎしぎしと音を立てる古びた椅子に座り、ユイカと卓を囲んで向かい合う。


 「すまん! あんたの実力を疑ったりして」


 畏まった様子で椅子に座ったユイカは、口を開くなり深々と頭を下げた。

 

 「あ、いえ」


 今までの少ないやり取りでも、ユイカのさっぱりとした性格は伝わってきた。

 いきなり襲い掛かられたのは確かに不快だが、正当防衛とはいえ初対面の相手をいきなり気絶させてしまった訳だし。


 「ナルクから話は聞いてたんだが、どうにも信じられなくてな。けど、さっきので分かったぜ」


 どうやらユイカは、こちらの実力を試したかったようだ。

 戦闘力の高い相手が必要ということであれば、件の頼みは恐らく……


 「そもそも、どうしてナルクと?」


 本題に入る前に、どうしても気になることを聞いてみた。

 荒っぽい性格のユイカと静かなナルクが、どんなきっかけで親しくなったのだろう。


 「お腹が空いて倒れてた」


 倒れてた?


 「情けない話なんだが……」


 冷静なナルクの言葉に、ユイカは首筋を掻いて照れながら話し出した。 

 

 ナルクがユイカと知り合ったのは、つい数日前のこと。

 なんとユイカは、お腹が空いて道端に行き倒れていたという。

 たまたま通りかかったナルクに恵んでもらわなければ、そのまま餓死していたかもしれないとか。


 「そんなことがあったんですか」


 「さっきから気になってたんだけどよぉ、堅苦しいのはやめにしようぜ。年も同じくらいだしさ」


 「ああ、分かりま……分かった」


 正直敬語の方が楽なのだが、本人の希望なら仕方がないか。


 「それでよし。オレはユイカ、よろしく」


 「俺はほたて、こちらこそよろしく」


 互いに名を名乗り、軽く頭を下げる。

 ユイカは楽な態勢に座り直し、机上に打ち解けた空気が流れ出す。

  

 「しっかし、変な名前だよなぁ」


 「ぐっ……」


 まだ知り合って間もないのに、人が気にしていることをズバッと言ってくれるなぁ。

 あっけらかんとした言い方に悪意は感じないから、そこまで不快ではないけど。


 「ユイカ!」


 「おっと、悪ぃ悪ぃ」


 頬を膨らませるナルクを見て、軽く笑いながら頬を掻くユイカ。

 黙っていればお淑やかな美女なのに、崩した動作も様になっている。


 「で、頼み事は?」


 「まず、これを見てもらった方が早い」


 ユイカは帽子を取って頭をこちらに近づけ、おもむろに髪を掻き分けた。


 「これは……」

 

 今まで帽子に隠れて見えなかったが、ユイカの頭には牛のような二本の角が生えていた。

 軽く弧を描いた乳白色のそれは、作り物や飾りには見えない生々しさがあり、確かにユイカの体から生えているものだった。


 「オレは、亜人なんだ」


 呆気にとられて固まったままの俺に対し、ユイカはあっけらかんとしたまま話し続ける。


 「驚くのも無理はない、この辺りじゃ珍しいからな」


 魔物がいる世界なんだし、今更亜人くらいで驚いてはいない。

 ただ、ユイカの髪から漂うふんわりとした甘い香りに圧倒されていただけだ。

 

 「オレがここに来たのは、故郷を救う為だ」


 ユイカの故郷である亜人族の集落は、王都から遠く離れた山林地帯にある。

 元々温厚な種族が集まった集落であり、人間とも適度な距離を保って牧歌的な暮らしを営んできた。

 その関係が変わったのは、魔物が現れてから。


 異形の存在である魔物による被害は、人類と異なった生態を持つ亜人に対する不安と疑念も湧き起こした。

 魔物の襲撃に対し連携して戦おうと呼び掛けた亜人側の申し出を、人間側が一方的に拒否したのだ。

 単独で戦うことを余儀なくされた集落は、程なくして苦境に陥った。

 

 「村を救ってくれる傭兵を集めようと思ったんだが……」


 村で一番体力があったユイカは、魔物の跋扈する大地を越えて助けを呼んでこられると見込まれたのだ。

 ユイカは見立て通りに王国へ辿り着いたものの、傭兵探しは上手く行かなかった。

 王国軍の苦境は凄まじいものがあり、正規軍はおろか予備兵や訓練兵まで残らず駆り出されていた。

 当然傭兵の相場も上がり、ユイカが持参した資金では到底足りない程に高騰していたのだ。

 

 「でも、諦める訳にはいかない。ここでオレが諦めたら、みんなは魔物に」


 何度断られても、ユイカは必死で探し続けていた。

 少しでも資金を節約する為裏通りの空き家を住処にし、自分の食事を限界まで切り詰めるほどに。

 

 「ナルクから聞いたんだ、あんたならみんなを救えるかもしれないって。金ならある、だから」


 そう言って、ユイカは懐から何かを取り出す。

 鈍い音を立てて机の上に置かれた小袋には、金貨が溢れそうなほどに詰め込まれていた。

 

 予想以上の深刻な状況に、思わず黙り込んでしまう。

 

 「お願い」


 と、ナルクが不意に声を発した。

 掌を胸の前で組み、潤んだ目でこちらを見るナルク。

 今までにない強い意志を感じて、思わずまじまじとナルクを見つめてしまう。

 ナルクがここまでユイカに入れ込むのは、村のことがあるのだろう。

 故郷が既に滅んでしまったナルクにとって、ユイカの事情は他人事ではないのだ。


 不意に、遺跡で見た滅びの光景が脳裏に浮かんだ。

 見知らぬ土地とはいえ、あんな風に何もかも無くなってしまうのは、嫌だ。


 「……俺に出来ることなら」

 

 ゲームをさっさとクリアする為には、ここで逃げたほうが賢かったのかもしれない。

 でも、この選択を後悔することはないだろう。


 「本当か、ありがとう!」


 ぱあっと表情を明るくしたユイカは勢いよく立ち上がり、思いっ切り抱き付いてきた。


 「あ、ああ」


 ユイカの丸々とした胸を形が変わるくらい強く押し付けられ、柔らかさと温かさで何も考えられなくなってしまう。

 何となく感じていた不安や迷いが、圧倒的な柔らかさに負けて消えていく。


 「む……」


 隣でナルクが口をへの字にしているのにも、全く気付いていなかった。

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