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第五十九話 集う意思

 ドルガード王国のダンレイス城では、異例ともいえる厳重な警備が敷かれていた。

 それもそのはず、この日、城内中央に位置する大会議室には、大陸を総べる三大国の統治者達が集まっていたのだ。

 すなわち、帝国のシェイル女王、王国のドルガード王、和国の楓将軍の三人である。

 長い大陸の歴史において、この三者が揃うのは前例の無いことである。

 元来帝国と王国は険悪であり、和国は他の国と関係を殆ど持っていなかった。

 シェイル女王の呼び掛けによって設けられたこの会談は、後に三国会談という名で大陸史に深く刻まれることになる。

 だが居並ぶ三者は、歴史的な会談が実現したという事実に浸ることも無く、一様に重苦しい雰囲気を纏っていた。


 「既に要件の重要さは、ここにいる誰もが把握している。余計な前置きは抜きにして、本題に入ろうではないか」


 会議の冒頭、まずはドルガード王が機先を制して口を開いた。

 三人の中で最も年上でもあるドルガード王は、こういった場にも慣れているようである。


 「では、僭越ながら発言させて頂きます」


 発言を促されたシェイルは一礼して立ち上がると、静かに口を開く。


 「現在の教国は、既に国としての体を為していません」


 シェイルは、机の中央に置かれた地図を指しながら説明を始めた。


 教国の異変が起こってから、既に一週間が過ぎていた。 

 王国側からも、帝国側からも、教国内の様子は全く分からないまま。

 何度か送り込んだ偵察隊も、魔物の群れを前に方々の体で逃げ出すのが精一杯だった。

 明らかになっているのは、教国という国そのものがそっくりそのまま消失してしまったという事実のみ。


 この異変を前に、シェイルの行動は早かった。

 すぐさま王国へ急行し、三国会談を提案。

 既に王国軍から報告を受けていたドルガード王は、二つ返事でこの申し出を了承した。

 同時に、交易の前段階として使わされていた帝国の使者へ、通信魔導具を通じて伝聞。

 遠く離れた和国の楓にも、教国の異変と会談の申し出が知らされることになった

 和国も魔物の脅威を身に染みて理解しており、シェイル姫の申し出を断る理由は無い。

 諸々の調整等でどうしても時間が経過してしまったが、それでも国家元首規模の会談で一週間という速さは異例である。

 それだけ、各国ともこの事態を重要視していたのだ。


 「まさか、国そのものが……」


 シェイルから説明を聞き終わり、楓が呆然と言葉を絞り出す。

 一夜にして一国が完全に消失するなど、俄には信じ難い。

 魔物の脅威は十分に認識している筈の楓であっても、今回の件は想像を軽く超えるものだった。

 

 「……だが、これは歴然とした事実だ」


 「ええ、私達が行うべきは、一刻も早い事態の収拾でしょう」


 三国とも、この脅威に協力して対抗することは既に同意している。

 この場で話し合われるのは、具体的な対抗策や各国の負担について。

 会議の前に提案された案では、実際に国境を接する帝国や王国は、兵力を結集して両国の防衛に当たる。

 距離の離れた和国は、食料等の後方支援を行う予定であった。


 「ところで、ほたて殿の姿が見えぬが」


 シェイルの話が一通り終わった所で、ドルガード王がぽつりと呟いた。


 「ああ、私も気になっていた」


 今や帝国の誇る武人として知られるほたては、王国や和国にとっても縁のある人物。

 旧交を深める為、またシェイル姫の護衛として随伴していてもおかしく無いのだが、この場には姿が見えなかった。


 「彼は今、戦っています」


 シェイルは会議室の窓へと顔を向ける。

 何かを願うような視線は、窓の外へ広がる青空の遥か先を見つめていた。


                                ※


 三国会談が開かれていた時刻、王国と教国の国境付近に広がる湿原地帯では、魔物と王国兵の間で激しい戦闘が繰り広げられていた。


 「希望を捨てるな、もうすぐ増援が来るはずだ」


 殆ど戦意を失った兵士達の中で、上官の励ましが虚しく響く。

 無尽蔵とも思える物量で襲い掛かる魔物に対し、王国側は追い詰められていた。

 いつしか彼らは完全に包囲され、退くも攻めるも出来ない状態にあった。


 「しかし、この足場では持ち堪えることすら……」


 彼らが逃げ込んだ場所は、近隣の住民でもめったに寄り付かない深い沼地。

 ぬかるんだ沼に足を取られ、まともに戦闘隊形すら取れない。

 このまま嬲り殺しにされるのだと、誰もが希望を失いかけた、そのとき。


 「焼き尽くしてくれる!」

 

 上空から飛来した黒い炎が、水面を滑るように燃え広がっていく。

 沼を渡ろうとしていたわに型の魔物達は、業火に包まれ瞬時に灰燼に変わっていた。

 

 「な、何が……」


 呆然とする兵士達の後方に、何かが上空から落下した。

 激しい地鳴りが響き、木々に止まっていた水鳥達が一斉に飛び立っていく。

 それを巻き起こしたものの姿を見て、王国兵の一人が思わず声を挙げた。 


 「うわぁ! ば、化け物!」


 「我を化け物だと? 貴様から消し炭にしてやろうか」


 巨大な黒い龍が、兵士達へ向け不機嫌そうに瞳を細める。

 異形の怪物が自分達と同じ言葉を喋る姿を目にし、兵士達は泡を食って逃げ出していった。

 先程の火炎で、魔物達の包囲には大きな穴が開いていた。

 龍に慣れている帝国とは違い、王国はカトラについての知識が少なかった。

 例え知っていたとしても、この状況で冷静に振る舞うのは難しかっただろう。


 「カトラ、味方を脅してどうする」


 背中に乗っていたほたてが諌めるも、時既に遅し。

 彼らの周りに、兵士の姿は一人も残っていなかった。


 「結局こうなるのか……」


 「ふん、足手纏いがいなくなって丁度良い」


 溜息を付くほたてに対し、カトラは不遜な態度を崩さない。


 「たまには、沢山の味方と一緒に戦ってみたかったんだけど」


 軽口を叩きながら地面に降り、ほたてはおもむろに木刀を抜き放つ。

 彼らの周りに、業火を逃れた魔物達が集まり始めていた。

 あれだけの威力を前にしても、魔物達に恐怖の色はまるで見えない。


 「来るぞ!」


 カトラの叫びを合図にしたように、魔物達が一斉に襲い掛かった。

 迫り来る敵の波へ、ほたては自ら身を躍らせる。

 殺到する黒い影に覆い隠されて、ほたて達の姿はあっという間に見えなくなっていた。


 教国から溢れだす魔物の群れに対し、王国と帝国は苦戦を強いられていた。

 何せ、一つの国の国境線全てが戦場と化しているのだ。

 全てを統合すれば、大陸を軽く横断できる程の距離があるだろう。

 長すぎる戦線に対し、兵力は圧倒的に不足している。

 次第に悪化する状況の中で、ほたては休む暇も無く戦い続けていた。

 しかしその圧倒的な戦闘力を持ってしても、増え続ける敵に対し決定的な勝利は得られないままであった。

 

                              ※


 「これで大まかな方策は決定、ですな」


 「ええ、ご協力頂きありがとうございました」


 会談開始から数時間後、議事は滞りなく進み、殆どの項目で合意を得られていた。

 既に日も傾いており、取り敢えず今日の会談は終了となり掛けていた。

 長い間晒されていた緊張から解放され、議場には弛緩した雰囲気が流れる。


 「楓殿は長旅でお疲れでしょう。とりあえず、今日は――」


 特に疲れた顔をした楓へドルガード王が気遣わしげに声を掛けた、そのとき。

 何の前触れも無く、会議室の中央に眩い光が巻き起こった。


 「これは……!?」


 突然の事態に、室内にいた全てがあっけにとられる。

 護衛に付いていた兵士達も、どう反応して良いのか全く分からない様子だった。


 「私は、貴方達の敵ではありません」


 光の中から、穏やかな少女の声が響く。

 それを聞いて、シェイルだけが明らかな驚きを見せた。

 

 「私の話を、聞いてもらえますか」


 光が収まり、音も無く机上に何者かが舞い降りる。

 それは、神秘的な衣装に身を包んだ一人の少女。

 女神の巫女として覚醒した、ナルクの姿だった。

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