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第五十三話 彼女の告白

 目の前で、巨大な蜘蛛が唸り声を挙げた。

 折り重なって襲い掛かる細い脚を切り落とし、極彩色に染まる胴体へと木刀を振り下ろす。

 紫色の血液が噴水のように噴き出し、蜘蛛は糸が切れたように動きを止めた。

 蜘蛛の死骸を足場に跳躍すると同時に、地面から飛び出した土竜もぐらの口が蜘蛛の体を呑み込んでいた。

 そのまま上昇して俺の体をも捕えようとする土竜へ、紅鬼から拝借した手裏剣を投げつけた。

 手裏剣は『けいさん』によって正確に二つの目を捉え、もんどりうって土竜の動きが止まる。

 醜態をさらした土竜の柔らかい腹へ、木刀を一閃させた。

 すっくと地面に着地した背後で、真っ二つになった土竜の残骸が地面へ落下する。

 普段ならここいらで一息付くところだが、そんな暇は無さそうだ。


 「経験値を稼げるのは嬉しいけど、数が多すぎる……な」


 そう呟きながら、背後から飛来した火球を飛び退いて回避する。

 振り返ったそこには、ぎらついた三白眼で睨み付ける大蛇の姿が。

 休む暇も無いと一つ溜息を付いて、牙を剥く大蛇へ立ち向かっていく。

 視界の隅では、角を生やした鬼達がカトラの吐き出す紅蓮の炎に包まれていた。


                          ※


 江渡での戦いから暫し後、和国は抑えようのない混乱の中にあった。

 巨獣が江渡の街に与えた被害は凄まじく。市街には至る所に生々しい破壊の傷跡が残っている。

 住民の七割以上が犠牲になってしまったという噂もある程で、政治経済の要である江渡の機能は殆ど失われてしまった。

 何より衝撃が大きかったのは、将軍である綱好の消失だ。

 あれから一週間程経つが、生死すら不明のまま。

 城に詰めていた重臣達の行方も、未だに分かっていない。

 紅鬼達が手を尽くして捜索しているらしいが、目ぼしい成果は上がっていないようだ。

 使えるべき主がいなくなってしまえば、彼らも働きようがない。

 これからの幕府がどうなってしまうのか、誰にも分らない状況だった。


 更に、物の怪の襲撃が各地で本格的に始まっていた。

 江渡のそれに呼応するように、北から南まで和国の威たる地域を物の怪が襲ったのだ。

 死に体になった今の幕府に対処は不可能であり、各地の民衆はただ蹂躙されるだけだった。

 カトラと共に江渡近くの物の怪を排除していたが、それも散発的な対応に過ぎなかった。

 たった二人では、和国全てへ対応するなど不可能だ。

 このまま混乱が続けば、当初の目的である交渉どころではなくなってしまう。

 カトラから伝えられた帝国の窮状も気になるというのに、状況は悪くなるばかりであった。


 十数を超えた物の怪の群れを殲滅し終え、一先ず体を休めることにする。

 今俺達が逗留しているのは、江渡近郊の寒村。

 元々漁業を生業とする長閑な村だったそうだが、物の怪騒ぎの影響で今は廃村状態となっている。


 「はぁ……」


 重苦しい気分のまま、一時の宿としている古びた空き家へ足を進める。

 四五人程度の家族が暮らしていたらしき家の中には、家具一式を含めた生活用品が真新しいまま残されていた。

 物の怪から避難するために、家を置いて逃げ出したのか。

 あるいは既に、物の怪に襲われて亡くなってしまったのかもしれない。


 かつての家主へ思いを馳せながら、家の戸へ手を掛けた、そのとき。

 低い雄叫びと共に、村中から完全武装の男達が現れた。


 「な、何だ何だ!?」


 どこにこれだけの数が隠れていたのか、数十人の男達は統制された動きで俺達の周囲へ集まってくる。

 気が付けば、あっという間に俺達は囲まれていた。


 「ほたて殿、カトラ殿、我らに同行して頂きたい」


 「何を……っ!」


 「待ってくれ」


 反射的に戦闘態勢を取ろうとしたカトラを、片手で制する。 


 「何故止める」


 「彼らから敵意は感じないし、それに……」


 彼らは勿論腰に刀は差しているし、手に槍を持ったままの侍もいる。

 しかし、こちらを害する意図は持っていないように見えた。

 どちらかと言えば、俺達をどう扱って良いか図りかねているような。

 それ以上に、部屋の中を見て気になった点があった。

 荒らされるでもなく、出発したままの状態を保っている部屋の中で、一つだけ朝と違う点があった。

 家で待っている楓がいないのだ。

 城での出来事が余程衝撃的だったのか、最近の楓は塞ぎこむことが多くなり、今日も家で待機していたのだ。

 あれ程意気消沈していたの楓が、一人で何処かへ出歩くとは考えにくい。

 まさか、既にこいつらに攫われてしまったのか。

 それを確かめる為にも、ここは大人しく着いて行った方が良いだろう。


 憮然とするカトラをどうにか宥め、男達に連れられて歩き出す。

 進む先は、先日までいた江渡の方向。

 控えめに響く鈴虫の音が、夕暮れの訪れを静かに告げていた。


                         ※


 暫く歩いて辿り着いたのは、江渡の街外れに立つ邸宅。

 広さはそれ程でも無いが、一直線に並ぶ塀のヒビ一つない白塗りの壁面や、瓦葺の見事な門構えを備えている。

 門から家まで入る際にちらりと見えた庭も見事に整えられていて、建物全体が明らかに普通のそれとは違う雰囲気を放っていた。


 屋内に入ると、薄手の着物を纏った侍従に先導され、大きな部屋の前へと案内される。

 状況に思考追い付いていないまま、目の前で全体に色鮮やかな装飾を刻んだふすまが静かに左右へと開いた。


 「姫様、ほたて殿達を連れて参りました」


 まず目に入ったのは、部屋の壁面に描かれた見事な日本画。

 仏教的な何かだろうか、色鮮やかな肌の色をした男達が、手に武器を持って険しい顔を浮かべている。

 畳張りの室内には、左右にずらりと鎧姿の男達が並んでいて、全てが地に頭を付けて平伏していた。


 「ご苦労、下がって良い」


 「はっ」


 優しげな声が響き、視界が前方へ向く。

 部屋の奥、一段高くなった上座に、姫と呼ばれた女性の姿があった。

 長い髪を後頭部で結った。凛々しい姿の和風美人。

 全身に鎧を纏っているものの、彼女の纏う雰囲気は穏やかで、女性的な柔らかさがにじみ出ていた。


 「驚かせてしまったな、ほたて」


 その凛々しい声色で、彼女の正体が一瞬で理解出来る。


 「楓……なのか!?」


 それは、家から姿を消していた楓だった。

 言われてみれば、楓が化粧をすればこんな感じかもしれない。

 けれど、ここまで印象が変わるとは。

 というか、女だったのか。

 

 「やはり気付いていなかったんだな」


 困惑する俺に対し、悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべる楓。

 その仕草は完全に女性のもので、先に男性としての楓を知っている身としては複雑な気分になる。


 「……鈍い鈍いと思っていたが、余程だな」


 そんな俺達を見て、カトラが呆れた様に吐き捨てる。

 どうやら、カトラはとっくに分かっていたらしい。

 なら、教えてくれても良かったのに。


 「済まない、騙すつもりは無かったんだが」


 「いや、お互い様だろ」


 騙す騙さないの話なら、こちらの方が先だ。

 勿論驚きはかなりあるが、それで楓を責めるつもりなど毛頭ない。


 「……ありがとう」


 目を潤ませながら礼を告げられ、どうしてよいか分からなくなってしまう。

 今まで全く意識していなかったのに、鼓動が急に早まっていた


 「でも、どういうことなのか説明はしてもらうぞ」


 どうにか平静を装い、話の続きを促す。


 「勿論だ、その為にお前を呼んだのだからな」


 普段見ていた凛々しい表情に変わって、楓は話し始めた。

 

 「まずは、私の家について語ろう」


 これだけの邸宅を保持しているのだから、相当な立場であることは間違いないだろう。

 何処かの大名か豪族か、あるいは、江渡の大商人とかか?


 「私が生まれ育ったのは、この国を治める徳川家だ」


 「はっ……!?」


 頭をがつんと殴られたような衝撃に、思わず素っ頓狂な声が出る。

 それは、全く予想外の告白だった

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