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第五十一話 空中大決戦

 怒りに満ちた龍の瞳が、紅い巨獣と一人の人間を見回す。

 常人がその威容を前にすれば、余りの恐怖で数秒も経たずに意識を失っていただろう。

 気の弱い者ならば、そのまま絶命していたかもしれない。

 それ程の怒気が、龍の全身に満ちていた。

 

 カトラは元々、ここを再び訪れる気など微塵も無かったのだ。

 先日ほたてを送り届けたのも、カトラからすれば随分妥協した結果だ。

 何故誇り高き龍である我が、使い走りのような雑事に駆り出されなければならないのか。

 もしほたて以外に頼まれていれば、その者をすぐさま焼き尽くしていただろう。

 

 ほたてを送り届けた後、カトラは帝国で悠々自適に過ごしていた。

 人の姿で街をぶらついたり、龍の姿で野山を駆けたり。

 内乱で活躍したことから、カトラの存在は帝国民にも幅広く認知されていた。

 気難しくも偉大な力を持つ龍王として、畏敬の念を向けられていたのだ。

 龍と比べれば極めて卑小な人間達とはいえ、崇め奉られれば悪い気はしない。

 自尊心の強いカトラにとって、今の帝国は居心地の良い場所だった。


 カトラは基本的に人間へ興味を抱かなかったが、シェイルに対しては少し違った。

 ほたて程ではないが、カトラはシェイルに対して好感を持っていた。

 カトラに言わせてみれば、自身の立場を弁えており、我に対して最上級の敬意を払っていたから。

 それは今回の件でも同様で、帰りの遅いほたてのことを心配していても、カトラに助けを求めることは無かった。

 しかし、シェイルが直面する現実は厳しいものであった。

 頼みにしていた王国との交渉は実質的に決裂し、災害の規模は次第に深刻さを増していた。

 内乱の傷から立ち直ろうとしていた帝国は、再び苦境へ陥ろうとしていたのだ。

 混乱する帝国と、日を重ねていく毎に疲弊していくシェイルを間近で目にし、カトラの中にある思いが過る。

 誇り高き龍族である我が、自身を敬う存在の不遇を放置していて良いのだろうかと。

 もしこのままシェイルの国が滅びでもしたら、流石に気分が悪い。

 いかに強大な力を持つ龍であろうと、天災相手ではどうしようもない。が、シェイルの負担を減らすことは出来る。

 一カ月近くも嫁をほったらかしにしているあいつを、さっさと連れ戻してやればいいのだ。

 思い人が傍に居れば、シェイルの気力もすぐに戻るだろう。


 そう考えたカトラは、誰にも告げずに帝国から飛び立った。

 探すのに手間取るかと面倒がっていたが、それは杞憂に終わっていた。 

 江渡の街を焦がす紅い炎は、上空からでもはっきりと認識できたから。

 カトラは、その中にほたてがいると確信出来た。

 あいつのことだ、また自分から面倒に首を突っ込んだのだろうと。

 案の定、ほたては燃え盛る炎の中心にいた。

 そこには、ほたて以外に余計なものまでいたが。


 挨拶代わりに火球をぶつけたが、あまり効果は無かったようだ。 

 不機嫌そうにこちらに顔を向けた魔物を睨み返し、カトラは思索する。

 やけに帰るのが遅いと思っていたが、まさか魔物が出てくるとは。

 全く、うんざりな程厄介事に好かれる男だ。

 帰りが遅くなったのも、この魔物騒ぎに首を突っ込んだせいだろう。

 つまり、こいつがほたての帰還を阻んだ原因だと言っても過言ではない。

 ということは、こいつのせいで我がまたこんな所までやって来る羽目になったのだ。

 カトラの中に滾っていた怒りが、一つの形を持って巨獣へ向かう。

 

 それが全くの八つ当たりだということに、カトラは気付いていなかった。

 最も、気付いた所でカトラには関係なかっただろう。

 偉大なる龍の前に立ち塞がるのなら、何者であろうと消滅するのは必然なのだから。


                           ※


 燃え盛る紅い炎に照らされて、黒龍の巨体が夜の闇に浮かび上がる。

 立ち昇る煙の中で、龍はその優美な双翼を羽ばたかせていた。

 カトラは、驚く俺に構わず言い放つ。


 「話は後だ、こやつを葬るぞ!」


 「わ、分かった」


 言い方は乱暴だが、確かにのんびりと話をしている場合じゃない。

 瓦葺の屋根を蹴って飛翔し、カトラの背に飛び乗る。


 目の前に立つ巨獣は、凄まじい威力を誇るカトラの火球をまともに受けても、ほぼ無傷のままだった。

 むしろ、相手の機嫌が悪くなっただけ状況は悪化したかもしれない。

 

 激高したように目を血走らせた巨獣は、獰猛な咆哮を挙げつつ口を開く。


 「避けろ!」


 吐き出された熱煙が、回避行動を取ったカトラのすぐ下方を通り過ぎる。

 

 「魔物の分際で、我の力を真似るとは!」


 後方へ消えていった熱煙を見て、カトラが怒気も露わに叫ぶ。


 「別に真似した訳じゃないと思うけど……」


 目の前の巨獣は、他者の真似をする知性を持っているようには見えない。

 そもそも、あっちはカトラの事なんて知らないだろうし。


 「ええい、うるさい! そもそも、貴様が手間取っているから我がこんな目に」


 「分かってる、ありがとな」


 言い方はぶっきらぼうでも、カトラが俺を助けに来てくれたことには変わりない。

 その思いは、素直に嬉しかった。


 「……ふん。 さっさと済ませて、早く帰るぞ」


 そっけなく呟いた言葉には、少しだけ照れが含まれているように聞こえた。


 上空へ飛び立った俺達を、巨獣は恨めしそうに見つめている。

 あれだけの巨体だ、まともに跳躍するのも困難だろう。


 「それで、どうやってあ奴を倒すつもりなのだ?」

 

 「……まずは、動きを止める」


 俺一人だったらどうしようもなかったかもしれないが、カトラのお蔭で希望が見えてきた。

 カトラに指示し、地面すれすれを飛行してもらう。

 立ち昇る熱風が体に当たる中、焼け落ちた建物の残骸を避けつつ飛行する。

 高速で移動する俺達に、巨獣は視点を定められず目を回していた。


 「このまま様子を伺っていても、奴は倒せんぞ」


 「もう少し……」

 

 苛立つカトラを宥めつつ、そのまま地表近くを飛行する。

 そして、飛び始めてから数十秒が経った頃。


 「なぬっ!?」 


 突如地面から異音が鳴り響き、何条もの線が大地に刻まれた。

 轟音を立てて地表が崩壊し、巨獣の姿が土煙に包まれて消える。

 土煙が晴れて見えたのは、地面に空いた大穴に埋まり、身動きが取れなくなっている巨獣だった。

 

 「よし、上手く行った!」


 先程の行動は、ただ様子を伺っていた訳ではない。

 飛び回っている間、木刀で地面に亀裂を入れていたのだ。

 『けいさん』の力を使えば、巨獣の場所にだけ地割れを起こすことも可能だった。


 上半身だけを地上に出し、不格好にもがく巨獣。

 動きが止まったのなら、後は片付けるだけだ。


 巨獣から1㎞程距離を取った所で、カトラに合図を出す。


 「タイミングを合わせてくれ、カトラ!」


 「ふん、仕方ない……なっ!」


 カトラの上に直立し、木刀を腰で構える。

 翼を目いっぱい羽ばたかせたカトラが、空中で一気に速度を増した。

 荒れ狂う大気が、痛いくらいに体へ吹き付ける。


 「行くぞ!}


 弾丸の如き凄まじい速さで、カトラは正面から巨獣に突っ込んでいく。

 速度はさらに増し、鼓膜に空気の弾ける音が聞こえた。

 目を開けるのも難しい圧力の中で、ただ自身の感覚を頼りに剣を振るう。

 

 「はあぁっ!」


 大気をも切り裂く神速の一撃が、渾身の力で振るわれる。


 「やった……?」


 速度を緩めたカトラの背上で、放心状態になりつつ振り返る。

 そこに見えたのは、体の中心から切り裂かれ、真っ二つになった巨獣の残骸だった。

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