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第五十話 大巨獣現る

 江渡城で激しい戦いが繰り広げられていた頃、江渡の街は対照的な静けさに包まれていた。

 時刻は、草木も眠る丑三つ時。

 昼間は賑わっていた江渡の界隈も、今は夜の帳に包まれている。

 ぽつぽつと灯る赤提灯の元では、数人の常連が酒を酌み交わしていた。

   

 ちびちびと酒を楽しんでいた酔客の一人が、ふと夜空を見上げて呟く。


 「ん、なんでぇあれは」


 「ってぇ、何にも見えねぇじゃねぇか……っく」


 釣られて立ち上がった客の一人が、額に手を当てて空を仰ぎ見る。

 が、返って来たのは呂律の回らない声のみ。

 普段なら、すぐに夜空へ溶けていく酔っぱらいの戯言だっただろう。


 「いや、あれは」


 と、飲み屋の店主が、怯えた表情で屋台から歩み出た。

 素面であるにも関わらず、その表情は悪酔いしたかのように真っ青である。

 店主はがくがくと体を震わせながら、ある一点を見つめていた。

 その視線の先にあったものとのは――

 

                              ※


 「終わった……のか?」


 中庭に空いた大きなクレーターの中で、放心状態になりつつ呟く。

 男の残骸は闇に解けて消え、周囲に不穏な気配は無い。


 「ほたて、怪我は!?」


 と、紅鬼から抱え降ろされた楓が、慌てた様子で駆け寄って来た。

 心なしか、楓の纏っていた雰囲気が変わったように見える。

 前の楓は、触れれば切れる鋭く砥がれた刃のようだった。

 けれど今は、刃を包み込む鞘のような、しっとりとした深い落ち着きが感じられる。

 命の危機を経験して、何か感じ入るものでもあったのだろうか。


 「大丈夫、これくらい大したことない」


 『けいさん』の反動で少しふらつくが、怪我などは負っていない。 

 すっくと立ち上がり、服に付いた土埃を払って見せる。

 傷一つ無いこちらの姿を見て、二人は目を丸くしていた。


 「しかし、あれ程の高さから落ちて……」


 無残な姿に変わった天守を仰ぎ見て、呆れたように呟く紅鬼。

 今更だが、天守までの高さは軽く30mを越えている

 荒唐無稽には慣れている筈の忍者でも、これは流石に驚いたらしい。


 「しかし、大変なことになった」 


 事の重大さを認識して、静かな沈黙が流れる。

 将軍暗殺の筈が、予想外の事態に巻き込まれてしまった。


 「取り敢えず、ここは退こう」


 天守閣の無残な様子からして、将軍を含む城の人々に何かがあったのは確実だろう。

 将軍はどうなったのか、そして、あの男はいったい何者だったのか。

 推測しようにも、今は手掛かりが無さすぎる。

 ますは、落ち着ける場所で状況を整理すべきだろう。


 「確かに、ここは一旦――」


 こちらの提案に紅鬼が頷きかけた、そのとき。

 文字にしようのない悍ましい咆哮が、鼓膜を大きく震わせた。

 そして、体の芯を揺らす大きな重低音が、周囲一帯に響き渡った。


 何事かと周囲を見渡して、明らかな異変に気付く。 

 遠くを見つめた楓が、呆然としながら呟いた。

 

 「街が、江渡の街が……!?」 


 視界の先に見える江渡の町並みが、煌々と光る炎の紅に染まっていたのだ。

 ただの火事と呼ぶには余りに大きな火災が、町中全てを燃やしていた。

 その明かりに照らされて、悠然と立つ巨大な影が照らし出される。

 

 体長およそ50m程だろうか、全身が紅い鱗に覆われた爬虫類を思わせる硬質の体。

 巨木のような太い二本の足で地面に立ち、腰から生えた長い尻尾を引きずりながら歩いている。

 細く短い前肢には、しっかりと鋭い爪が生え揃っていた。

 大きく顎が突き出した細長い顔からは、血走った二つの目が飛び出している。

 大きく開けた口から霧のような息を撫でつけるように吐き出すと、家屋に触れただけで激しい火災を巻き起こしていた。

 それは、まるで怪獣映画のような光景。

 いつか出会った肉食恐竜を思わせる凶悪な巨獣が、縦横無尽に江渡の街を蹂躙していたのだ。


 「何なのだ、あれは」


 目の前に現れた敵は、大きさも力も違いすぎる。

 例え忍術を用いたとしても、まともに傷を負わせられるかも分からないだろう。

 圧倒的な存在を前に、紅鬼も呆然と立ち尽くすことしか出来ないようだった。

 けれど、俺の足は自然と街へ向いていた。


 「待て、あれと戦うつもりか!?」


 「後で落ち合おう、場所を決めておいた方が良いよな」


 「そんな事を言っている場合では!」


 「大丈夫、なんとかするから」


 必死に止める楓に向け、穏やかに笑いかける。

 実際、自棄になった訳ではない。

 多少は手こずるかもしれないと覚悟していたが、負ける気は全く無かった。

 

 「何故、何故お前はそうなのだ! 恐れる心を知らないのか?」


 「そうかもしれないな」


 こっちの世界に来てから、恐怖らしい恐怖を感じたことが無かった。

 疲労も痛みも、罪悪感すら殆ど無いのだ。

 そんな状況にあって、まともな感覚を保持している方が難しいだろう。


 「何で、どうして私は…… お前が死地に赴こうとしているのに、私は!」


 苦しげに顔を歪めながら、震える足を必死に前へと進めようとする楓。

 そうまでして共に戦おうとしてくれる楓を見て、心の奥が不意に熱くなる。

 けれど、楓まで危険に巻き込みたくは無い。


 「楓と紅鬼は、安全な場所まで逃げてくれ」


 「なっ、ほたて!?」

 

 「ほたて殿!」


 二人の返事を待たず、燃え盛る炎へ向け走り出す。

 街を覆う炎は、既に視界の半分以上を占めている。

 紅い巨獣は、天へ向け自身の存在を誇示するように咆哮を挙げていた。

 

                              ※


 江渡の街には、地獄が広がっていた。

 視界全てを覆う火炎の中で、行き場を無くした人々が逃げ惑っている。

 煙と火炎に包まれた通りの中にいると、まるで巨大な炉の中で焼かれているように思えてくる。

 その中で、巨獣による蹂躙が更なる惨劇を引き起こしていた。

 口から吐く熱息は、燃え盛る炎を更に加速させる。

 長く太い尾を勢いよく一回転させれば、数十m半径が更地に変わる。

 ただ歩いているだけでも、巻き込まれた民衆の命を確実に奪っていた。


 間近で見ると、巨獣の大きさが良く分かる。

 圧倒的な威圧感は、まるで数十階建ての建造物が意思を持って動き出したかのようだ。

 けれど、臆している場合ではない。


 「このぉっ!」


 木刀を引き抜き、渾身の力で巨獣の脛に突き立てた。

 だが、堅い鱗はびくともしない。

 いくら打撃を重ねても、巨獣はまるで意に介していないようだった。

 

 「それなら!」


 体の凹凸を足掛かりに、巨獣の体を駆け上がる。

 数回の跳躍を経て、数秒で巨獣の頭上に達する。

 展望台に立っているような景色が周りに広がるが、それを眺めている暇は無い。

 頭上から更に上へと飛び上がり、渾身の力で脳天に一撃を加えた。

 流石の巨獣もこれは効いたのか、よろめいて体勢を崩す。

 そのまま追撃に移ろうとした俺の体を、側面から巨獣の尻尾が吹き飛ばしていた。

 

 「ぐうっ!?」 

  

 強烈な打撃をまともに喰らい、地面へ激しく叩きつけられる。

 すぐに立ち上がろうとしたが、体の半分が地面に埋まって上手く起き上がれない。

 その隙を見逃さず、巨獣は熱煙を吐き出そうと大きく口を開ける。

 全てを焼き尽くす灼熱の煙が今にも吐き出されんとした、そのとき。

 上空から飛来した火球が、巨獣の横っ面を吹き飛ばしていた。

 

 「全く、危なっかしくて見ていられんな」

 

 優雅に上空を羽ばたくのは、全身を堅牢な鱗に覆われた黒い龍。

 ようやく地面から抜け出た俺を見て、龍は何時ものように尊大な声を掛けていた。

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