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第四十七話 我が身を灼いて

 こちらはたった一人に対して、相手は百人近くの忍者。

 常識的に考えれば、圧倒的に不利な状況。

 しかし、現実はその逆だった。


 特殊な返しの付いた刀を振りかざし、奇声を発して切り掛かる忍者。

 しかしこちらが身を屈める速度は、渾身の力を込めた腕の振りよりも数段速い。 

 頭上を通過していく刃を見ることも無く、背後に迫っていた別の忍者を蹴り飛ばす。

 蹴りの反動を活かして前方に飛び、ついでに先程の忍者へ木刀の一撃を加える。

 と、両腕が左右から同時に投げられた鎖鎌に拘束されていた。

 棘の付いた鎖は腕に大きく食い込み、ぎしぎしと軋む鎖に拘束されてしまう。

 が、今更これくらいで動揺はしない。 

 大きく息を吐き、勢いよく胸の前で両腕を交差させた。

 ぴんと張った鎖が大きく振り上がり、左右の忍者が空中で衝突する。

 衝撃で拘束が和らいだので、思いっ切り鎖を引き千切った。

 ばらばらになった鎖の破片を吹き飛ばせば、周囲にいた忍者数人が膝を付いた。

 一息入れようかと思ったが、そんな暇はないようだ。

 お次は、上空から十数個の手裏剣が飛来していた。

 野球選手になった気分で、それら全てを木刀で弾き返す。

 自身に跳ね返って来た手裏剣を受け、凧に乗っていた忍者が地に落ちていった。

 経験のお蔭か、『けいさん』を使わずともこれくらいの戦闘は出来るようになっていた。

  

 流石は鍛えられた忍者と言うべきか、並みの相手よりは遥かに強い。

 しかし、それだけだ。

 数が多かろうと、圧倒的なレベルの差を覆すことは出来ない。 

 四方から殺到する攻撃も、全てが体を掠ることもなく消えていく。

 そもそもあちらの一撃が当たったとて、HPの一割も削られることは無いのだけれど。

 逆にこちらの攻撃は、掠っただけでも彼らにとっては致命傷だ。

 圧倒的な戦いを十数分続ければ、おのずと結果は知れる。 

 中庭を埋め尽くさんばかりに溢れかえっていた敵は、既に数人にまで減っていた。


 「こうなれば……」


 残っていた忍者達が、離れた場所でおもむろに円陣を組む。

 数刻置いて、異変が起こり始めた。

 ノイズが奔ったように体が揺らぎ、忍者達がそのまま夜の闇に解けていったのだ。


 「何を……?」


 勝ち目がないと判断して逃げたのだろうか?

 一瞬そう思いかけたとき、不意に月の明かりが消え、周囲が暗闇に包まれた。

 見上げれば、一面分厚い暗雲が上空を覆っている。

 いや、それは雲ではない。

 豪雨のような音を轟かせて絶え間なくざわめいているそれは、砂嵐のような無数の黒い粒による集合体だった。

 数えるのも馬鹿らしくなるほどの羽蟲が、江渡城の上空一面を覆い尽くしていたのだ。


 「な……!?」


 まさか、これも忍術なのか。

 驚く間もなく、蟲達が津波のように押し寄せてくる。

 たちまち視界全てが黒く染まり、耳は塞ぎたくなるような羽音に包まれた。

 嫌悪感と共に、何百本もの針で突き刺されたかのような痛みが全身を包む。

 体に取り付いた虫達が、小さくとも鋭い歯で肌を食い破ろうとしていたのだ。

 顔全体を蟲で覆われ、目を開けることすら出来ない。

 

 今のレベルは、確か57。

 和国に来てからまともにレベル上げる機会も無かったし、これ以上の消費は押さえたい。

 が、そうも言ってられない状況のようだ。

 真っ暗な視界の中、感覚だけでメニュー画面を開く。

 『きおく』を選択し、いつか見た天使の閃光を思い返す。

 全てを包み込む白い光を、自分を中心に立ち昇らせた。

 一瞬だけ焼け付くようなものを感じた以外、不思議と痛みは感じなかった。

 瞼を閉じていてもそれと分かる白い光は、数秒経ってようやく消える。


 気が付けば、全身に感じていた異物感は無くなっていた。

 メニュー画面を開くと、ほぼ満タンだったHPが4分の1までに減っている。

 体中がひりひりと痛いが、どうやら死なずに済んだようだ。

 これからの展開を鑑みれば、このHP減少はかなりの痛手だ。

 が、逆に考えるとそれだけで済んだとも言える。

 どういう理屈かは分からないが、服や道具は消滅せずに残っていた。

 あれだけの破壊力を誇った攻撃を受けたのに、傷一つ着いていないのだ。

 まあ、いきなり裸で放り出されても困るけど。


 耳障りだった羽音が消え、周囲には元の静寂が戻る。

 見渡す限り真っ白だった中庭は、余波で即死した蟲の死骸で黒く染まっていた。

 無残な姿だが、それでもまだましな方だ。

 光の直撃を受けた蟲達は、体の欠片すら残せなかったのだから。


 周囲を警戒しながら見渡してみるが、やはり敵の気配は感じられない。

 これで終わりか……?

 なら、先に行った紅鬼達を追いかけなければ。 

 中庭から踵を返し、城の中へ向かおうとした、そのとき。


 城の遥か上、天守付近の窓が大きく割れ、空中に一体の大きな影が躍り出た。

 轟音を立てて着地したそれは、落下の衝撃も感じさせず悠然と眼前に佇んている。

 体長は20m程だろうか、細長い顔や蹄の付いた脚等、一見それは少し大きな馬にも見える。

 大地を踏みしめる四本の脚や、頭に映えた二本の角に至るまで、全てが燃え上がる炎で構成されていたのだ。

 目の前に建つ業火の馬は、忍者や他の動物とは明らかに違う、彼ら特有の悍ましい気配を全身に漂わせている。

 まさか、物の怪までやってくるとはな。

 かなり驚いたが、これで一つ得心がいった。

 最近和国で起こった物の怪騒ぎには、間違いなく幕府が関わっている。

 城の中から、それも忍者達が撃破されるのを待っていたかのような登場。

 ここは、将軍の居城である江渡城なのだ、偶然物の怪が迷い込むなんてあり得ないだろう。

 ということは、やはり綱好自身が物の怪を……?

 思考の渦が、勢いよく奏でられた蹄の音で中断する。

 ゆらゆらと揺らぐ体を大きく震わせ、炎の馬が勢いよく突進していた。


 「来るか……!」


 紅鬼や楓の身を案じつつも、心は目の前の戦闘に集中していた。

 慣れ親しんだ高揚感の中、異形の魔獣と相対する。


                     ※


 蝋燭の頼りない明かりの中、紅鬼と楓は木目張りの廊下を進んでいた。

 細長い廊下の中は、二人が立てるかすかな物音以外は聞こえない。

 外の喧騒が嘘のように、城内は不気味なほど静かだった。

 侵入して数分が経った頃だろうか。

 ある曲がり角に立った時、紅鬼が不意に口を開いた。

 

 「妙ですね……」

 

 表情だけで問いかけた楓に、紅鬼は小さな声で答える。


 「将軍の御所だというのに、この警備の薄さは」


 敵と遭遇しないのは、ほたてが囮となって刻屍忍軍を引き寄せたこともあるだろう。

 それにを差し引いても、城内の静寂さは異常と呼べる程だった。

 まるで、二人以外に人間が存在していないかのような。


 「しかし、今は進むしか」


 「……確かに、そうですね」


 不安は拭えないが、だからといって足を止める訳にはいかない。

 慎重に周囲を警戒しつつも、二人は城を上へ上へと登って行った。


 「ここです」


 長い廊下の突当たり、長く広がった襖の間で、紅鬼はおもむろに足を止めた。


 二人は一回の戦闘も経ずに、あっけなく将軍が就寝している部屋の前まで辿り着いていた。

 やはり、城内に見張りらしい見張りはいなかった。

 刻屍忍軍どころか、普通の警備兵すら見当たらなかったのだ。

 ここに至って、紅鬼の疑念は確信に変わろうとしていた。

 しかし、二人の中に退却する選択肢は全く無かった。

 もし罠ならば、それごと打ち破るつもりでいたのだ。


 「行きますよ」


 「ああ」


 二人はそれぞれ大きな襖の両脇に立ち、視線だけで合図を送る。

 

 「将軍綱好、覚悟!」


 楓の威勢の良い叫び声と共に、二人は部屋に足を踏み入れた。


 「な、に……!?」


 視界に入った部屋の光景を見て、二人の瞳が驚愕で見開かれる。

 楓とは比べ物にならない程冷徹な紅鬼ですら、驚きを隠すことは出来なかった。

 そこに広がっていたのは――

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