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第四十五話 真紅の踊り子

 刻屍忍軍による襲撃が去った夜。

 俺は、再びあの部屋で笙鬼の前に座っていた。


 「では、我らに力を貸して下さるのですね」 


 「他に選択肢は無いみたいですから」


 部屋に入って開口一番、自分の力を臥鬼忍軍へ貸すと伝えた。

 笙鬼の声に明らかな喜色が浮かぶのを見て、最早引き返せないと決意を新たにする。 


 鎖国はともかく、どう見ても害しかない生類憐みの令を押し進める今の幕府は、まともな判断能力を欠いているように思える。

 そんな状況で交渉を持ちかけたとて、上手く行く可能性は低いだろう。

 こうなれば、今の幕府を変えるしかない。

 成功するかは全くの未知数だが、少なくとも今よりはマシだ。

 我ながら随分行き当たりばったりな方針だけど、考えてみればいつもこんな感じだ。


 「それで、そちらはどのように協力を?」


 こっちにも目的はあるが、この戦いの主役は臥鬼忍軍だ。

 あくまでこちらは手を貸すだけであり、先頭に立って戦うのは臥鬼忍軍だろう。

 しかし、笙鬼の反応は鈍かった。


 「お恥ずかしながら、先の襲撃で我らは多大な被害を受けました」


 村の人間は半数以上が死傷し、戦えるものは殆どいなくなってしまった。

 再度襲撃を受ける可能性がある状況では、こっちに戦力を割くのは難しいと言う。


 「今貴方に同行できるのは、この紅鬼のみ」


 笙鬼がそう告げると、彼の隣に音も無く一つの影が現れた。

 赤い忍者装束を纏った紅鬼は、こちらを一瞥すると。


 「これから共に命を賭す身として、姿を隠したままでは礼を失する」


 笙鬼へそう告げ、許可を求めるような視線を向けた。


 「ええ、それが道理でしょう」


 笙鬼が頷いたのを確認すると、紅鬼はおもむろに立ち上がり。

 次の瞬間、真紅の忍び装束が空中で弾けた。


 「お……女?」


 現れたのは、先程までの無骨な格好からはとても想像できない女性の姿。

 歳は少し上くらいだろうか、一振りの刀のような凛々しい顔付きの中で、鋭い瞳がぎらりと光っている。

 部屋の明かりを反射して、短く切られた紅い髪が燃えるように揺らいでいた。


 「ご安心召されいほたて殿。身体は女であろうと、里で一番の使い手に変わりはありません」


 一瞬息を呑んだのは、戦闘力を心配したからではない。

 さっきの戦いでも、紅鬼は刻屍忍軍と同等以上に渡り合っていた。

 戦力として見るなら、これ以上に心強い援軍は無いだろう。

 驚いたのは、こんな美人が同行者になるからだった。


 「我が名は紅鬼。これからの道筋、宜しく頼み申す」


 紅鬼は、畳張りの床へ額を付けんばかりに深々と頭を下げた。

 ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりが、その美しい横顔を照らしていた。

 

                         ※

  

 涼しげな風が吹き抜ける秋の日、江渡近郊のある一角。

 都へと続く道の上に、何十人と並んだ人々の列があった。

 その列を辿っていくと、木造の小さな建物が見えてくる。

 人々が行列を作っているからと言って、ここは人気の茶屋や物見小屋でもない

 道を跨いで門のようになった建物の中では、揃いの袴を着た険しい目付きの侍達が、通行しようとする人々へ厳しい目線を向けていた。。


 和国は、あちらの世界でいう県のような、大小様々な藩によって構成されている。

 藩と藩の行き来は自由にできる訳ではなく、別の藩へ続く道には関所が造られ、往来する人々を管理していた。

 物の怪騒ぎの影響で、各地の警備は厳しくなっている。

 都へ続くこの関所は特に厳重だと有名であり、例え幕府の役人であっても容赦の無い取り調べが行われているそうだ。

 しかし。


 「よし、通っていいぞ」


 手形を数秒見た役人は、何の疑問も持たずにそう告げた。

 役人に手形を返され、そのまま先へと促される。

 止められることも無く、あっさりと通行許可が下りていた。

 先に並んでいた人達が何度か止められているのを見て、無駄に緊張していたのが馬鹿らしくなる程だ。

 いつの間にか俺達の分まで造られていた偽の通行手形は、笙鬼が忍術で用意したらしい。

 便利だな、忍術。


 拍子抜けした気持ちのまま、関所を抜けて街道を歩き出す。


 「警備が厳重になっている筈だというのに、こうもあっけないとはな」


 すぐ後ろを通った楓も、未だに信じられないように何度も関所を振り返っていた。

 正直に言えば、旅の途中で道を共にしただけの楓に、ここまで付き合う切りは無い。

 けれど楓は、『ここまで来れば一蓮托生だ』と言って、あっさりと同行を申し出てくれた。

 師匠扱いされるのは照れるが、その気持ちは素直にありがたい。 

 楓なら、刻屍忍軍との戦いにおいても十分な戦力になるだろうし。


 ふと、俺達の前を歩く人物に視線が向く。

 丈の短い着物を身に纏い、軽快な足取りで先へ進んでいく一人の少女。

 花柄の着物はあつらえた様に似合っていて、紅い髪に映える青いかんざしが、歩く度に揺れている。


 「どうかされたのですか?」


 視線に気付いたのか、振り返って問い掛けられた。

 姿を変えていても、紅の髪から覗く鋭い瞳は昨日見たものと変わらない。


 「いや、いつもあの服装って訳じゃないんだなって」


 それは、紅鬼が旅の踊り子に扮装した姿。

 全国を旅しながら芸を見せているという設定で、都へは公演で訪れたことになっている。

 ちなみに、俺達は付き人という設定である。 


 「こんな場所で装束を着るなど、自分が忍びだと公言しているようなものですから」


 考えてみればそれも当然なのだが、こうして見ると違和感が凄い。

 記憶の中にある紅い忍者装束と、目の前の美少女がどうやっても結びつかないのだ。


 「しかし、似合ってますね」


 踊り子という設定に相応しく、花柄の着物を纏った紅鬼は可憐な美しさを放っていた。 


 「忍びたるもの、変装の一つもこなせなければ」


 素直な称賛を受け、紅鬼は少しだけ口角を歪ませる。

 多分、忍術の腕を褒められたと思ったのだろう。

 口調は冷静なままでも、隠しきれない喜びが見え隠れしていた。


 「そういう意味じゃないんですけど……」


 「はい?」


 意味が解らなかったらしくきょとんとした顔を向ける紅鬼。

 小首を傾げた顔は可愛らしく、とても非情の世界に生きる忍者には見えない。

 初めて会ったときの声や背格好は、どう見ても男だったのに。


 「ここからは江渡の街。敵の本拠地に入ります、気を付けて」


 周囲を慎重に伺いつつ、身を屈めて話し掛ける紅鬼。

 体勢を変えると、ふくよかな胸部が重力に逆らえずに揺れる。

 いくらさらし等を巻いたとて、この豊かな双丘をああも完璧に隠せるのか?

 もしや、あれも忍術だったのだろうか。


 「心配するなほたて。忍者相手の戦い方なら、笙鬼殿に教わって来た」


 と、何故か楓が背中をバシバシ叩きつつ励ましてきた。

 多分、ぼうっとしているのを勘違いされたのだろう。


 そういえば、楓は紅鬼を見ても何も思わないのだろうか。

 これだけの美人を前にしても、楓は全く動揺した様子を見せていない。


 「……まさか、俺が美人に弱いだけなのか?」


 一瞬不穏な考えが浮かび、大きく首を振って掻き消す。

 きっと楓だって、紅鬼には参っているはずだ。

 今はまだ、上手く隠し通せているだけなのだ。

 うん、そうに違いない。


 それに、今の俺にはナルク達がいる。

 既に心に決めた女性がいるのに、他の女の子へ目移りする訳にはいかないよな。


 「どうした、置いてくぞー?」


 と、遠くから楓の声が聞こえた。

 考え込んで立ち止まっていたようで、気が付けば先行する二人から随分距離を離されていた。


 「ああ、悪い」


 顔の前で軽く手を振り、小走りで楓に追い付いていく。

 次第に赤くなり始めた夕焼けの空では、一面の鰯雲が白い筋を描いていた。

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