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第四十三話 流転する戦い

 都の中心に立つ江渡城の中では、将軍綱好の前に重臣達が謁見していた。

 例外なく平伏した彼らの前に座るのは、第五代将軍綱吉。

 まだ年若く、大きな椅子を明らかに持て余している。

 居心地の悪そうに何度も腰の位置を変える姿は、この国の実質的な最高権力者とは思えない程頼りないものだった。

 落ち窪んだ二つの眼が、居並んだ重臣達を不安げに見下ろしている。


 「その方ら、面を上げい」


 掠れた声で呼び掛けられ、重臣達はおずおずと頭を上げる。


 「恐れながら綱吉様、近頃和国では物の怪による被害が多発しております。ここは一旦生類憐みの令を解き、討伐に乗り出すべきでは」

 

 既に物の怪の被害は和国全体に広がっており、人里が襲われることも珍しくない。

 しかし、憐みの令を恐れた各地の大名達は、まるで対策を取れていなかった。

 このままでは被害は更に広がり、この都が脅かされないとも限らない。

 最初に発言した重臣の意見は、至極もっともと言えた。


 「ふうむ、それは困ったのう。慟刻はどう思うのじゃ?」


 呼び掛けられたのは、将軍の傍に立つ一人の男。

 他の重臣とは違い、彼だけが将軍の隣に並ぶことを許されていた。

 一人だけ色の違う漆黒の袴を纏い、髷も結っていない長髪姿からして、彼が明らかに他のそれとは違う立場にあることが伺える。

 整った目鼻立ちと、すらりと立つ細身の長身。

 歌舞伎の二枚目も裸足で逃げ出す美丈夫の姿は、厳粛な雰囲気の中で異彩を放っていた。


 「恐らく、熊か何かを見間違えたのでしょう。得体の知れぬ物の怪などと、流言飛語の類に惑わされてはなりませんぞ」


 「成程、そなたのいうことは最もだな」


 自信に満ち溢れた慟刻の言葉に、綱好は虚ろな目で頷く。


 「しかし、実際に」


 「綱好様にご意見などと、不敬極まりない考えを抱いているのではありませんな?」


 「め、滅相も無い」


 慟刻の一睨みで、あっけなく手を降ろす重臣。

 それも当然だろう、彼に少しでも反抗すれば、数日も経たずに白洲の上で縄に縛られていると知れ渡っているから。


 「綱好様、何も心配されることはありません。万事順調に進んでおります故」


 「うむ、慟刻の言う通りじゃ。皆の者、これからも に励むがよい」


 「は、ははーっ」


 豪華絢爛の髄を尽くした部屋の中で、戸惑いがちの合唱が響く。

 慟刻はそれを、ただ冷徹な目で見つめていた。


                         ※


 赤装束の忍者に案内され、森の中を暫く進む。

 と、不意に視界が開け、目の前に小さな村が現れた。

 村の中には農地が広がっていて、その間を縫うようにぽつぽつと民家が建っていた。

 如何にも田舎の村と言った様相の場所であり、外から見る分にはここが忍者の住処だとは分からないだろう。


 「この先です」


 忍者に先導され、盛り上がったあぜ道を進んでいく。 


 「気付いたか、ほたて」


 「何が?」


 隣で歩く楓に、小声で呼び掛けられる。


 「一見ただの村人に見えても、彼らの動きには武芸を習得した者特有の鋭さがある。恐らく、彼らも忍びの一員なのだろう」


 「あ、ああ……そうだな。確かに、普通の人間音は違う」


 もっともらしく話を合わせたが、こっちはさっぱり分かっていなかった。

 何度見ても、呑気に農作業をしているただの村人にしか見えないよな。

 そんな事を言われると、一々気になってしまう。

 頭に巻いた手拭いを解き、ゆっくりと額の汗を拭う老人。

 そんな長閑な光景を見ても、いつ手裏剣が飛んでくるかと警戒してしまった。

 どうにも落ち着かない気分のまま歩いていると、先導していた忍者が不意に足を止めた。


 そこは、村の中でも一際大きな庭付きの邸宅。

 とは言っても、純和風のそれは帝国や王国のものよりは大分落ち着いているが。

 忍者が両開きの門の前に歩み寄ると、向う側から何者かの声が聞こえた。


 「合言葉は」


 「そんなものは無い」


 「……入れ」


 数秒の沈黙の後、すっ、と音も無く戸が引かれた。

 再び歩き出した忍者の後に続いて、家の中へ入ろうとする。

 と、そのまま着いて行こうとする楓の前に、忍者が立ち塞がった。


 「なっ」


 「ここから先は、ほたて殿のみだ」


 「……しょうがないか。気を付けろよ、ほたて」


 軽く手を振った楓に見送られ、木の匂いが漂う家の中へと入っていく。

 細い廊下を歩き、ふすまで隔てられた一室の前へ案内される。


 「頭領、客人をお連れしました」


 忍者は部屋の前で膝立ちになり、ゆっくりと襖を開けた。 

 広さは六畳間程で、小さな掛け軸以外に装飾品の無い質素な部屋。

 畳張りの床に、二つの座布団が向かい合うように置いてある。

 片方の座布団には、既に先客がいた。


 「直接会うのは初めてですな。ほたて殿」


 穏やかな声を発したのは、正座した一人の老人。

 顔面には深い傷が刻まれており、片方の目には眼帯を着けていた。

 顔だけでなく、服から覗く腕や足には大小様々な傷跡が残されている。

 皺だらけの顔に半分ほど埋まった瞳からは、鈍い俺でもはっきりと分かる剣呑な気配が放たれていた。


 こちらが腰を降ろすと、音も無く襖が閉められた。

 どうやら先方は、一対一で話をしたいらしい。


 「拙者は、臥鬼忍軍の頭領を務めております。笙鬼しょうきと申す者です」


 「俺は、ほたてです」


 互いに名乗り合い、ゆっくりと頭を下げる。


 「まずは、先程の非礼をお詫びいたしましょう。貴方が本物のほたて殿であるか確認するためとはいえ、いきなり襲い掛かられてさぞや驚かれたはず」


 頭を下げ続けたまま、笙鬼は訥々と詫びの言葉を述べる。


 「まあ、特に怪我は無かったですから」 


 確かに驚いたが、あれくらいなら大した脅威でもない。

 わだかまりがあるにはあるが、ここで怒って時間を無駄にするのは避けたい。

 今ここに居るのは、俺一人の為では無いのだから。

 

 「その寛大な言葉、やはり噂通りの大人物でありますな」


 本音なのかおべっかなのか分からないが、褒められて悪い気にはならない。

 少しだけ気分が軽くなり、今度はこちらから口を開いた。


 「まず聞きたいんですが、和国の人間がどうして俺を知っているんですか?」


 「表向きには国を閉ざしていたとて、裏はそうではありませんでした。帝国に限らず、教国や王国にも多数の間諜を放っていたのですよ」


 笙鬼は世間話でもするように、あっけらかんと内情を明かして見せた。

 まあ、いくら和国が変わっていたとて、無策で国を閉じる訳が無いか。

 

 「貴方の望みも把握しています、閉じられた和国の扉を開かせ、苦境に陥った帝国を救って欲しいのでしょう」


 そこまで知られているのなら話が早い。

 意を決して、単刀直入に言葉をぶつけてみる。

 

 「そちらに協力すれば、俺の望みが叶うと?」


 「少なくとも、今の幕府よりは良い返事が出来るはずです」


 帰って来たのは、肯定でも否定でも無い曖昧な答え。

 どうもこれは、単純な話ではなさそうだ。 


 「……貴方達の望みは何ですか?」


 「ほう」


 感嘆するような呟きの後、笙鬼は少しだけ宙に視線を彷徨わせてから、ゆっくりと口を開いた。


 「お恥ずかしい話ですが、我々は傍流に追いやられてしまったのです」


 臥鬼忍軍は、初代将軍家易の代からお抱えの忍びとして更盛を誇っており、先代までは何の問題もなく御庭番としての役割を務めていた。

 しかし、将軍が綱好に変わった途端に突如任を解かれ、謀反を企んだとして追われる身になってしまったという。

 こんな田舎に隠れ住んでいるのも、幕府からの追手を避ける為。

 復権の時を待ちながら、彼らは独自に情報を集めていた。

 俺の事を知ったのも、そんな最中だという。 


 「将軍が変われば、自分達の復権も叶う、と」


 「そこまでは申しておりません。ただ我らは、我らの力を正しく活かしてくれる主君に仕えたい。鎖国も、生類憐みの令も、全ては綱好が始めたこと。それと同時に起きた物の怪騒ぎも、恐らく無関係ではありません」


 「それって……」


 何かを暗示するような言葉に、不穏な想像が巡る。

 まさか、綱好が物の怪の首領なんて言い出さないよな。


 と、俄に外が騒がしくなり、激しい剣戟の音が周囲に響き渡った。


 「まさか、物の怪?」


 突然の事態に、正座を解いて立ち上がる。


 「いえ、恐らくは」


 笙鬼が何かを言いかけた瞬間、襖が外側から勢いよく吹き飛び、いくつかの影が部屋に飛び込んだ。


 「また忍者!?」


 現れたのは、全身忍び装束を纏った忍者達。

 しかし彼らの姿は、いわゆる普通の忍者とは明らかに違う。 

 純白の装束には、鈍い輝きを放つ金属製の部品が幾つも取り付けられていた。

 顔には紅く光るゴーグルのようなものを纏い、一切の表情は伺い知れない。

 手に持っているのは、尖った返しの付いた特殊な形の短刀。

 無言で掲げられた鋭い刃が、陽光を浴びてぎらりと光っていた。 

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