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第四十二話 忍ぶ者達

 涼やかな風が流れる山道を、楓と並んで進んでいく。

 空には一面の鰯雲が浮かんでいて、木々は紅葉で鮮やかに色づいている。

 まさか異世界で、こんな如何にも日本の秋といった様相を味わえるとはな。

 ふと振り返って下を向き、さっきまでいた宿場町を見返す。

 あの惨劇から一夜明けた町では、焼け落ちた建物の後片付けをする人々が見えた。


 「名乗り出れないのは辛いな」


 「……ああ」


 町を救った身でありながら、俺達は逃げるようにあの場を去っていた。

 生類憐みの令によって、例え物の怪であっても殺生は禁じられている。

 もしあの物の怪を倒したと知られれば、一気に犯罪者になってしまうのだ。

 別に称賛が欲しい訳ではなくて、今はとにかく金が欲しい。

 あの物の怪を倒して得られた金は雀の涙で、すっからかんになってしまった財布を潤すにはとても足りない。

 纏まった金が無ければ、課金剣も只の筒に戻ってしまう。


 「じゃあ、ここでお別れだな」


 そのまま暫く歩き、小さな碑の前で立ち止まる。

 碑の先は二つに道が分かれていて、一方が都方面、もう一方が別の国へと向かう道だそうだ。

 楓とは、ここで別れる予定だ。

 少し寂しいが、行きずりの縁なら仕方ないよな。


 「いや……」


 ところが楓は、そこでふと言いよどんだ。


 「楓?」


 意を決したような表情から飛び出したのは、予想外の言葉。


 「私も、私も一緒に行かせてくれないか」


 じっとこちらの瞳を見つめ、一心に懇願される。

 楓みたいな美形にまじまじと見つめられると、男相手でも何だか気恥ずかしくなってしまう。


 「べ、別にいいけど、何で?」


 あまりの剣幕に、お願いされているこっちが動揺してしまった。


 「もう一度お前の剣捌きを見て、深く感銘を受けた。あれ程洗練された無駄のない剣捌きは、今まで見たことも無い」


 熱っぽく語る楓を見て、何だか居心地の悪い気分になった。

『けいさん』を使っている間は、体が勝手に動いてくれる。

 別に何か特訓をした訳でもなく、やることといえばメニュー画面を操作するだけだ。

 そんな自分が、まともに剣術を修業している楓に尊敬されていいのだろうか。


 「お前について行けば、修業の助けになる気がしてな」


 「助けになるかなぁ……」


 今にも弟子入りせんばかりな楓の勢いに困惑しつつも、二人一緒に都への街道へ入る。

 土がむき出しの獣道は、先の見えない暗い森へと続いていた。

 

                              ※


 薄らとした木漏れ日に照らされる中、足元に気を付けつつ進んでいく。

 街道とは言っても、帝国のように石畳で整備されている訳ではない。

 辛うじて進路が解る程度の道でも、ここではあるだけありがたいそうだ。


 「それで、ほたては何処で剣を習ったのだ?」


 「いや、別に習ってないけど」


 「独学ということか、凄いな」


 「はは……」


 それからの道中、楓はずっと質問を繰り返していた。

 勿論適当に受け流すので精いっぱいなのだが、目を爛々と輝かせ一々大仰に頷いて見せる楓を前にして、こっちは物凄く居心地が悪い。

 相手が真剣になればなるほど、胃がきりきりするような罪悪感が湧き上がってしまう。


 「剣を振るうときは、何を考えて……」


 「こ、こっちも質問していいか?」


 いたたまれなさが頂点に達し、話題を逸らさずにはいられなかった。


 「ああ、別に構わんが……」


 「幕府が何で鎖国政策を始めたか知ってるか?」


 質問を喋っている間、不服そうな楓を敢えて見ないようにしていた。


 「さぁ、お偉いさんの考えることは分からん。まあ、昔からここは他の国と関わりが薄かったからな」


 「それじゃさ、他の国についてはやっぱり知らないのか」


 「ああ……ほたては興味があるのか?」


 「えっ、ま、まあな」


 別に隠す理由も無いのだが、何故か嘘をついてしまう。 


 「ふうむ、もしやほたての剣の腕には、外の国が関係して……?」


 努力のかいなく、話がまた剣術に向かい始めたとき。


 鬱蒼と茂る草むらから、がさがさと何かの蠢く音がした。

 音は一つではなく、樹上や周囲の林からも共鳴しつつ聞こえてくる。

 

 「何だ!?」

 

 楓は素早く剣を抜き、すわ物の怪かと身構える。

 その楓に向け、空中から幾つもの黒い影が飛来した。

 反射的に『けいさん』を発動し、木刀で影を全て叩き落とす。

 堅い金属音が連続で響き、地面に黒い物体が幾つも突き刺さる。


 「これは……」


 地面で静止しているのは、四方に鋭い棘が生えた手のひら大の小さな金属片。

 中央には丸い穴が開いており、指を引っ掛けて投擲出来るように造られている。

 それらはフィクションの暗殺者が使う投擲武器、いわゆる手裏剣に見えた。

 突然の乱入に驚く間もなく、四方から何者かが飛びかかって来た。


 「こいつら、忍びか!?」


 黒光りする四本の小刀が、確実に急所を狙って殺到する。

 だがそれらは、一つたりともこちらの体を捉えずに消えていった。

 『けいさん』の前では、一%でも避けられる可能性がある攻撃は全て無力。

 明後日の方向に飛んでいった斬撃を見送り、お返しとばかりに木刀の攻撃を襲撃者それぞれに食らわせる。


 鈍い打撃音と共に吹き飛ばされたのは、黒装束を纏った四人の男達。

 漆黒の薄布を身に纏った、動きやすさ最優先の軽装姿。

 体は顔まで全て布に覆われていて、一切の表情を伺い知ることは出来ない。

 その姿はまさしく、かつて日本に存在していたとされる暗殺者集団。

 『忍者』のものだった。


 「いきなり何なんだ、忍者に恨みを買う覚えは無いぞ!?」


 今の攻撃は、確実にこちらの命を奪わんとするものだった。

 つい先日和国に着いたばかりなのに、何故忍者に暗殺されればならないのか。

 そもそもこっちは、本物の忍者を見るのだって初めてなのに。


 「ここまであっけなくやられるとは、誇り高き臥鬼がき忍軍の名が泣くぞ」


 困惑する俺達の上方から、鋭く砥がれた刀のような男の声が聞こえた。

 上を見れば、赤い装束を纏った忍者の姿があった。

 色もそうだが、遠くでもはっきりと分かる程他の忍者とは明らかに違う雰囲気を纏っている。

 どうやっているのか、赤い忍者は今にも折れそうな細い木の枝へ逆さまにぶら下がっている。


 「その実力、やはり貴方は本物のほたて殿のようですな」


 枝から音も無く着地した忍者は、鋭い視線をこちらに向ける。

 顔を覆う赤い布からちらりと覗く二つの眼は、ぞっとする程冷たい色を放っていた。


 「俺の名前を……!? どうして」


 「国を閉じているとはいえ、他国を見る目を無くした訳では無い」


 あくまで冷静な忍者の言葉で、こちらの素性が大方知られていると理解出来た。

 あれだけ暴れていれば、知られているところには知られていると覚悟してはいた。

 しかし、遠く離れた和国にまでとは。

 どうやら、和国を侮っていたようだ。


 「ちょっと待て、何が何だか分からないのだが」


 「貴方の隣に立っている人間は、帝国の使者なのですよ。楓……殿」


 「な……!?」


 「正式なものじゃないけどな」


 最早誤魔化す意味も無いと悟り、素直に白状する。

 

 「悪い……隠すつもりは無かったんだけど」


 「いや、むしろ納得が行った。あのような剣の使い手がいれば、既に噂になっていなければおかしい」


 あっけらかんとした楓の言葉で、少し気分が楽になる。


 「それで、忍者が帝国の使者に何の用なんだ」


 和国は外国との出入りを禁じているんだし、勝手に入って来た人間を始末にでも来たのだろうか。


 「単刀直入に申しあげましょう。ほたて殿、貴方にはこの国を救って頂きたいのです」


 「はぁ……!?」


 全く予想外の言葉に、素っ頓狂な声が出る。

 ぷつりと落ちた黄色い木の葉が、視界の隅でゆっくりと宙を舞っていた。

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