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第四十一話 通貨の刃

 鼓膜を揺らす重低音で目が覚める。

 まだ窓の外は薄暗く、普通に起きるには大分早いように思えた。


 「何だ? 地震か?」


 同様に起きたと思われる楓が、頭を掻きながら不思議そうに呟く。


 「いや、これは……」


 不規則に続く振動は、自然のものとは思えなかった。

 何か大きなものが動いているような、ずしんと体の芯に響く揺れ。

 それに混じって、窓の外からは怒号と悲鳴が聞こえている。

 尋常ではない何事かが起きているのは、明白だった。

 

 「外だ!」


 叫ぶが早いか、勢いよく布団から飛び出す。


 「お、おい!?」


 まだ寝ぼけまなこの楓を置いて、一足先に外へ向かう。

 階段を駆け下り、横開きの戸を勢いよく開けて屋外へ出る。

 そこに広がっていたのは、予想通りの光景。

 通りは逃げ惑う人の群れで埋まっていて、周りを見ればあちこちで火の手が上がっている。

 普段は穏やかな筈の小さな宿場町は、悲嘆と混乱に包まれていた。

 逃げ惑う人々の後方に、朝霧に紛れて大きな黒い影が見える。

 宿場町の端から端まで離れているというのに、ここから見てもその異様な大きさははっきりと認識できた。 

 高さはゆうに50mを越えるだろうか、今まで出会った魔物の中でも、一二を争う大きさだ。

 影がゆっくりとその足を進める度に、先程感じた振動が発生する。

 

 「一体何だってんだ」


 と、開けっ放しの扉から、どたどたと楓が走って来た。

 余程慌てていたのか、着流しを裏表逆に羽織っている。

 そんな楓も、街の惨状を見て一気に目が覚めたようだ。


 「ありゃ、物の怪か?」


 額に平手を当て、覗き込むように黒い影を見ている。


 「和国の野党が、あんなデカブツを持ち出すのでなければ、な」


 そう言いながらも、これが人ならざる者の仕業だと確信していた。

 街を無造作に破壊していく容赦の無さは、あちらで何度も相対した魔物のやり方と一緒だ。

 やはり、この国を襲っている物の怪とは魔物のことだろう。


 「こんな人里にまで出てくるとは…… しかも、あんな大きさの」


 段々と近づく黒い影を呆然と見つめ、静かに呟く楓。

 頭では納得しても、未だに目の前の光景が信じ切れていないようだった。


 「とにかく、今は逃げるぞ」


 俺一人ならともかく、楓を連れてここで戦闘は出来ない。

 それに、生類憐みの令のこともある。

 もしここであいつを倒したとて、それで犯罪者になってしまっては本末転倒だ。


 「って、何処に行くんだよ!」


 「声が、声が聞こえた」

 

 それだけを呟き、楓は物の怪が迫り来る方向へと走り出した。

 見捨てる訳にもいかず、そのまま後を追いかける。


 細い路地を抜け、背の高い建物が並ぶ歓楽街へ辿り着く。

 既に火の手が回っているようで、周囲はうだるような熱さに覆われていた。


 先を走っていた楓が、一軒の高い建物の前で足を止めた。

 上を見つめる楓の視線を追って、ようやく状況を理解する。

 逃げ遅れたのだろう、窓の外から子供が助けを求め泣き叫んでいたのだ。

 悪いことにそこは他と比べても一際高い建物で、しかも子供はその最上階にいる。

 建物は八割方炎に包まれており、今にも崩れ落ちそうだ。


 「今行く、そこで待ってろ」


 通りに置いてあった桶から水を被り、楓は躊躇いなく家の中へと駆け出そうとする。


 と、断続的に続いていた振動が一気に大きくなった。

 音の方を見れば、今までゆっくりと歩いていた物の怪が、小走りでこちらに接近していた。


 距離が近くなったことで、その威容がはっきりと分かる。

 一切表情の読み取れないのっぺりとした、板のように平べったい体。

 細い四肢が付いている以外は、定規で引かれたように直線で構成された正方形の形をしている。

 怪物が歩く度に、それまでそこにあったものが潰されていく。

 建物の破片を撒き散らし、灰色の壁は一直線に進んでいた。


 「こんな時に……っ」


 物の怪の速度を鑑みるに、助けに行っている間に建物へ到達してしまうだろう。

 間に合ったとしても、子供を抱えた状態で物の怪と戦うのは自殺行為だ。

 苦痛に顔を歪める楓を見て、こちらも考えが固まった。


 「楓、お前はそっちを頼む」


 「ほたて?」


 「俺はあっちを何とかする!」


 「なっ……」


 驚愕に目を見開いた楓の返答を待たず、踵を返して走り出す。

 物の怪は、すぐそこにまで迫っていた。


 触れられるような距離まで接近しても、物の怪はまるで反応を見せなかった。

 進路上に何があっても構わずに、ひたすら前進を続けている。

 まず注意を逸らすため、物の怪の体へ思いっ切り木刀を叩き付けた。

 空中で木刀がしなり、光筋を描いて物の怪の体に炸裂する。

 普通の魔物なら、この時点で五体がバラバラになっている筈だ。

 しかし、そうはならなかった。

 確かに手ごたえはあったものの、物の怪の体には傷一つ着いていない。

 帰って来た物の怪の反応は、むず痒そうに体を揺すっただけ。

 見た目通りと言うべきか、生半可な攻撃は通用しないようだ。

 そこまで考えて、脳裏に既視感がよぎる。

 この前の怪物もそうだが、最近木刀では倒せない敵が増えている。

 ステータス上の攻撃力でいえば、相当上がっている筈なのだが。

 もしや、シナリオが進んでゲームの難易度が上がったのか?


 「こいつを使うか」


 一旦物の怪から距離を取り、脇に忍ばせておいた黒い筒を手に取る。

 これは、あの怪物を葬った際に使った武器。

 ステータス欄を見れば、『E: 課金剣』と表示されている。

 名は体を表すというけど、あまりにもそのまんまで実に間抜けだ。

 その名の通り、こいつの威力は俺の所持金によって決まる。

 性能は折り紙付きで、あれ程の力を誇った怪物をも一瞬で消滅させた。


 「でも、今は」 


 今の所持金は、たったの13000G程度。

 かつて百万以上あった資産が、あの一撃で残らず吹き飛んでいたのだ。

 結構頑張って稼いだつもりだったが、まだまだ心もとない。


 と、頭上が不意に暗くなり、考えるより先に体が動く。

 一泊置いて、凄まじい轟音が周囲に鳴り響き、土煙が視界を覆った。

 さっきまで立っていた場所が、灰色の壁に丸ごと押しつぶされていた。

 立っていた木も、転がっていた岩も、等しく粉々に粉砕されている。

 一面広がった灰色の後には、何一つ残っていない。

 平然と立ち上がった物の怪は、再び前進を始めようとする。

 後方を振り返れば、丁度楓が子供を抱いて窓の中へ引っ込んだのが見えた。


 「迷ってる場合じゃない、か」

 

 ふっ、と息を吐き、物の怪の正面に躍り出る。

 一瞬驚いたように静止した物の怪の体を足場にし、三角飛びの要領で宙へ舞い上がった。

 物の怪の頭上に到達した瞬間、課金剣に今の全所持金を注ぎ込む。

 筒の先に光の刃が形成され、物の怪の堅い体を貫く。

 レーザーブレードの如く発光するその剣を、重力に任せて振り下ろした。

 再び地面に着地したとき、真っ二つに切り裂かれた物の怪の体が、ゆっくりと地面に倒れていた。


 と、後方から激しい衝撃音が聞こえた。

 慌てて振り返れば、辛うじて安定を保っていた建物が勢い良く崩れ去っていた。

 

 「楓!」


 慌てて駆け付けるが、そこにあるのは残骸のみ。

 視界の殆どは炎に覆われていて、誰の姿も見えない。


 「ここだ、ほたて」


 と、通りに面した井戸の中から、探し人の声が聞こえた。


 「楓!? 大丈夫だったのか」


 覗き込むと、そこには子供を抱いた楓の姿が。

 片方の手で子供を抱え、空いた手で縄を掴んで水面に浮いている。


 「ああ、なんとかな」

 

 楓の声ははっきりしていて、双方ともに怪我もしていなようだ。

 無事が確認でき、ようやく一息つく。

 顔中を煤で真っ黒に染めた楓は、誇らしげに微笑んでいた。

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