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第四十話 一時の出会い

 月明かりを頼りに山道を暫く下り、小さな宿場町に辿り着く。

 ぽつぽつと並んだ民家の周りには田んぼが広がっていて、実った稲穂が頭を垂れていた。

 和国と言う名前から受ける印象と相違ない風景に、少しだけ安堵する。

 やはりここは、あちらでいう江戸時代の日本と同様の文化体型を持っているようだ。


 道中、楓からは何度も質問を受けた。

 その奇妙な服は何だ、どこからやってきたのか、剣術は何処で習ったのか……

 旅人だと適当に受け流しておいたが、納得してもらえただろうか。

 

 楓に案内され、小さな宿屋の一室に入る。

 いかにも日本家屋といった趣の宿屋の中には、畳張りの小さな部屋が幾つか造られていた。

 その内の一つ、布団が敷きっぱなしの部屋に入る。

 楓は元々この部屋を取っていたようで、慣れた様子で座布団を二つ並べた。


 「で、さっきの生類憐みの令ってのは」


 「ああ、実は……」


 楓と向かいあって座り、道中ずっと気になっていたことを問い掛ける。

 諸般の事情に疎いと正直に告白した俺に、楓はこの国の情勢から語り始めてくれた。

 和国を治めているのは、百年ほど前に戦乱の世を静めた徳河将軍家。

 この幕府、創始者である家易の代から世襲制を取っており、今の将軍は五代目の綱好。

 しかし、この綱好が問題だった。

 武家の生まれとは思えない程気が弱く、足元を歩く蟻にすら慈悲を向ける心優しい性格。

 ただの庶民ならまだいいものの、和国を収める将軍の地位に着いてしまったからさあ大変。

 将軍になって間もなく、綱好はあるお触れを出した。


 「それが、いわゆる生類憐みの令だ」


 本来はもっと長ったらしい名前が付いているらしいのだが、巷ではもっぱらそんなような名前で呼ばれていた。

 その内容は、読んで字の如く。

 

 「分かり易く言えば、生き物を大切にしろということだな」


 それは、人間を含む生き物全体の保護を目的とした法律。

 殺傷や傷害は特に強く禁じられ、飢えさせる事も許されなかった。

 都には、うろついていた野良犬や野良猫をを収容する施設が幾つも作られたとか。

 

 「これが犬や猫だけならいいのだがな」


 狸や狐は言うに及ばず、その対象は小さな虫にまで及んでいた。

 嘘か真か、腕に止まった蚊を潰しただけで獄に繋がれた例もあるらしい。


 そんな中、和国には異変が起き始めていた。

 今まで生息していた獣とは全く違う異形の生物達、『物の怪』が各地に現れたのだ。

 従来のそれを圧倒的に上回る力を持つ物の怪に対し、各地で大きな被害が出ていた。

 間の悪いことに、憐みの令の対象は当然の如く物の怪にも及んでいたのだ。

 倒してしまえば捕えられてしまう状況では、民衆は自衛行為すらままならない。

 さっきの農村も、物の怪によって度重なる被害を受けていたという。

 そんな苦境を見かねて、楓が物の怪退治を買って出たそうだ。


 「なるほど……」


 楓の話に相槌を打ちつつ、心の中に言いようの無い感情が生まれる。

 実際の生類憐みの令は、そんな悪法じゃなかった筈だ。

 小耳に挟んだだけだけど、後付けで評価が下げられただけだとか。

 ゲームだから仕方ないのかもしれないけど、随分スポイルされているというか、悪意のある引用をされてるなぁ……


 「……そんな顔をするな、気が重いのは私も一緒だ」


 楓に肩を叩かれつつ慰められ、もやもやした気持ちが少し晴れる。

 まあ、楓と俺の理由は多分違うだろうけど。


 「ちょっと待てよ。さっき楓は、本気で俺を殺そうとしてなかったか?」


 先程襲い掛かって来た楓は、一部の迷いなく太刀を振るっていた。

 体の芯を真っ直ぐに狙った鋭い一撃は、どう考えても生け捕りを狙った生温いものじゃなかった。


 「いやぁ、すっかり失念していた」


 「……はい?」


 けらけらと笑う楓に、思わず聞き返す。


 「何せ、実際に物の怪と戦うのはあれが初めてでな! ついうっかりしていたのさ」


 後頭部に右手を当て、仰け反りながら大笑いする楓。

 うっかりで殺されそうになった身としては、笑いごとではないんだけど。


 「いやー、すまんすまん。この通り」


 途端に真顔になった楓は、畳張りの床に額を付けんばかりに勢いよく頭を下げた。


 「まあ、過ぎたことをあれこれ言ってもしょうがないけどさ……」


 「ははは、ほたてが良い奴で助かったよ」


 頭を上げた楓の屈託の無い笑顔に、釣られてこちらまで笑みが浮かぶ。

 想えばこっちに来てから、こうやって同世代の男と楽しく話したことなんて無かったな。  

 ふと脳裏に、昔一緒に馬鹿をやっていた友人達が浮かぶ。


 「それで、ほたてはこれからどうするんだ?」


 「一番栄えている場所に行きたいんだ」


 帝国の苦境を救う為に、まずは和国で一番偉い人物に会いたかった。

 今すぐに解決するとは思っていないが、まずは行ってみなければ始まらない。

 それなのにこんな田舎に降りたのは、カトラを目撃されたくなかったから。

 状況が良く分からない場所で、不用意に騒ぎを巻き起こしたくはない。


 「都にか、それは難しいかもしれんな」


 こちらの答えに、楓は眉間に皺を寄せて腕を組んだ。


 「さっきも言ったが、今は物の怪が跋扈していてな。各地の関所も気が張っているのだ」


 警備は厳しくなっており、正規の手形を持っていなければ通行するのは難しいそうだ。

 シェイルに話を伝える為にカトラを先に返したけど、少し早かったかもな。 


 「でも、楓は通れたんだろ?」


 「この辺りは警備が緩いんだ、何せ田舎だし。……ほたても旅人なら、それくらい知っているものと思ったが」


 「ま、まあな。一応聞いてみただけだ」


 訝しげに問い掛けた楓に、しどろもどろになりながら返答する。

 危ない危ない、墓穴を掘る所だった。


 「そう言えば、楓は何でここに?」


 話題を逸らすため、楓に話を振ってみる。


 「聞きたいか! そこまで言うのなら仕方ないな」


 むふふと笑みを浮かべ、偉そうに胸を張る楓。

 ……そこまでって、一回しか言ってないんだけど。


 「私は自分を高める為、武者修行の旅に出ているのだ」


 一拍置いて、楓はどこか誇らしげに語り出した。

 生まれ育った家を飛び出し、刀の腕のみを頼りに和国を当ての無い旅に出ているという。

 物の怪と戦ったことは無かったが、野党相手なら何度か蹴散らしたこともあるとか。


 「でも、今は太平の世なんだろ? 剣の腕がいくらあったって」


 さっきまでの話から、今が戦の無い平和な時代だと推測できる。

 戦国時代ならともかく、今は剣よりも知識の方が重要な時代ではないだろうか。


 「私が剣を極めるのは、立身出世の為などではない。敢えて言うなれば、剣を極める為かな」


 「……んん?」


 剣を極める為に剣を極めるって、意味不明っていうか、同義反復トートロジーになってないか?

  

 「分からないならそれでいいさ、これは私の命題だからな」


 涼しげに言う楓に、それ以上言い返せなくなる。 

 まあ、本人が良いなら良いか。


 「それで、これから楓はどうするんだ?」


 「目的の物の怪退治ははほたてがやってしてくれたし、また当てのない旅に出るかな」


 「そうか……」


 ぶらり何処かへ向かう楓と、都を目指す俺。

 折角出会った楓とここで離れるのは惜しいが、目的地が違うなら仕方ないか。

 

 「じゃあ、明日の朝にはお別れだな」


 「やはり、都へ行くのか?」


 「まあ、それが目的だからな」


 関所とやらが不安だが、いざとなれば強行突破すればいい。

 そこまで面倒な手を使わずとも、『けいさん』を使えば何とかなるだろう。


 「……息災でな」


 少しの逡巡の後、楓はゆっくりと右手を差し出した。


 「ああ、そっちも」


 その暖かい手を握り、互いに笑い合う。

 偶々出会っただけの二人は、たった一日だけ寝食を共にし、朝には何事も無く別れる。

 ……はずだった。 

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