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第三十八話 未知への導き

 謁見の間で会見を終えた後、俺はドルガード王から食事に招かれていた 


 「遠慮せず、貴方も席に付くと良い」


 「は、はぁ……」


 長いテーブルの向かいに座った王に手招きされ、おずおずと腰掛ける。

 ちなみに、敬語口調はお願いして止めてもらった。

 シェイルはともかく、明らかに二回りは年上の男性、しかも国王に敬語を使われたら居心地が悪くて仕方がない。


 俺が困惑していたのは、テーブルに並んだ食事にある。

 見るからに口内の水分を吸い取っていきそうな乾パンが一切れと、小さな皿の上に注がれた具の殆ど入っていないスープに、透き通った水が一杯。

 こちらだけそうなっているのかと思いきや、対面に座る王の食卓にも、全く同じものが並んでいた。

 城の料理とは思えない程質素な食卓に、王が言わんとしていたことが自然と察せる。


 「王国も、こんなことになっていたとは……」


 「今日は少々極端だがね。王たる者、民が飢えているにもかかわらず一人だけ豪勢な食事を楽しんではいられないのだよ」


 そう告げ、躊躇うことなく乾パンを口にする王。

 こちらも見習って、味の薄いスープを啜る。


 「でも、大通りはあんなに元気だったのに」


 露店が所狭しと並んだ盛況ぶりは、そんな状況を感じさせないものだった。


 「皆、苦しいながらも良くやってくれている。ある商人が言っていたよ、苦境に陥った際に、気分まで沈んでしまっては本当に負けるとね」


 帝国を襲った異変は、形を変えて王国をも蝕んでいたのだ。

 疫病、そして飢饉。

 災害のように直接的な被害は起こらないものの、ボディーブローのようにじわじわと国の体力を削っていた。

 先の魔物被害から立ち直ったとはいっても、まだ王国の情勢は不安定だ。

 そんな状況では、帝国に手を貸せと言われても難しいだろう。 

 出来るのなら、王国が帝国に助けを借りたい程なのだ。

 

 「教国とは、同盟を結ばないのかね」


 王国の助けが借りられないのであれば、次に交渉を持ち込むべきは教国だろう。

 儀式の失敗や遠征の頓挫による混乱はあるものの、帝国や王国程の手酷い被害は受けていない筈だ。

 だが。


 「暫くは難しいでしょうね……」


 体制が刷新された帝国側と違い、あちらの社会情勢は殆どそのままだ。 

 一時的な熱狂に侵されて侵攻にまで及んだとは言え、そもそもの原因は古くからの悪感情にある。

 今は静観を決め込んでいるものの、まともに国交を回復するのは相当な時間がかかるだろう。 


 王は暫し考え込むように顎鬚を撫でてから、ぽつりと呟いた。


 「ならば、和国しかあるまい」


 「和国、ですか」


 聞き慣れない名前に、思わず首を傾げる。


 「その様子では、良く知らないと見えるな」


 「すみません、不勉強で」


 名前自体は聞いたことはあるが、実際どんな国かは全く知らない。 


 「いや、大半の民衆もそうであろう。あの国は色々と特殊なのだよ」


 そう言って、王は部屋の壁に立て掛けてあった大陸の地図を見る。

 この大陸の形は、大雑把に言えば記号の凸のような造形をしている。

 左下に王国、右下に帝国、そして凸の出っ張った部分に教国。

 地図でいえば左上の海上には、大小さまざまな島が並ぶ群島地域がある。

 その島々を纏めているのが、最後の一国である和国だ。


 「あの国の情勢について、今の我々には伺いようも無い」

 

 「鎖国政策、でしたっけ」


 大海に阻まれた土地柄から元々他の国との交流も少なく、独自の文化を築いてきた和国は、他の国との間に見えない壁があった。

 そんな中、魔物の発生を受けた和国は、自分への被害を避ける為に人の出入りや交易を一切禁ずる鎖国政策を施行した。

 要は、関わり合いたくないから引き籠ったのだ。

 その結果、壁は更に厚くなった。

  

 「我らも何度か使者を送ったのだが、にべも無く拒絶されてな。だが、貴方なら」


 「買い被り過ぎですよ……」


 そう返しつつも、頭の中では提示された選択肢を真面目に検討していた。

 可能性が低かろうと、やってみる前から諦めるのは主義じゃない。

 徐に水を一杯飲み干し、未知なる土地に思いを馳せる。

 咀嚼したぱさぱさの乾パンは、思いの外甘く、どこか素朴な味がした。 

  

                        ※


 かつて研究所があった地の近くに、発掘途中で放棄された洞窟がある。

 ある事情で探索が中止され、碌な調査もされずにほったらかされていた洞窟も、今は様子が違った。

 薄暗い洞窟の中を、三つ灯ったカンテラの頼りない明かりが移動している。


 「深い、ですね」


 「あ、足場が悪いから、気をつ、付けて」

 

 灯の主、でこぼこの道に足場を取られないように注意しながら進んでいるのは、遺物を探索に来たナルク達の姿だった。

 先の怪物事件により遺物の危険性が明らかになった今、大規模な発掘は中止されている。

 しかし、彼女達はここに来た。


 二人の後に続いて、周囲を警戒しながら着いてくる丸い影があった。


 「ほたて殿がいない今、セッシャが頑張らなければ」


 ほたてが王国に行っている今、次に頼れる戦力であるガルが同行している。

 今までに無い大役を任されて、ガルは柄にもなく緊張しているようだった。


 「二人とも安心されい。もし何かあっても、セッシャが護るでゴザル!」


 どこから出ているのか分からない無駄に大きな声が放たれ、音が洞窟の低い壁に当たってぐわんぐわんと反響する。


 「ガル、うるさい」


 「ゴワッ……」


 すかさずナルクに突っ込まれ、威勢を挫かれたガルは項垂れていた。

 そんな二人の様子を、微笑まし気にセーリットが見ていた。


 「でも、本当にこんな場所に?」


 「え、ええ、資料に、によれば、もうすぐです」


 と、そのとき。

 洞窟内の狭い空間が突如開け、彼女たちの目の前に現れたのは。


 「お、大きいでゴワス!」


 「や、やはり、これが進ろ、路を塞いで、でいたんですね」


 茶褐色の岩に囲まれた洞窟の中で、鈍い銀色のそれは見るからに異質な存在感を放っていた。

 

 「……扉」

 

 高さは十mを軽く超え、幅はその半分程もあるだろうか。

 突如現れた巨大な扉を前に、三人はただ圧倒されていた。

 

 洞窟が放棄されるきっかけになったのは、この扉が原因である。

 どうやっても扉を開くことが出来ずに、研究員達は先に進むのを諦めたのだ。


 「で、でも、ナルクさんなら」


 「うん」


 小さく頷いたナルクは、扉に刻まれた文字を見つめる。

 扉の端でアーチを描くように書かれているのは、今では失われた古代文字。

 長年の研究によってある程度解読され、今では大まかな意味を理解出来るようになっていた。


 扉に書かれた文字の意味は、こう解読されていた。


 『女神に選ばれしもの、世界を救いたくば、この扉を叩け』


 女神に選ばれしものとは、恐らくナルク。

 文字が正しいのなら、ナルクとこの扉を引き合わせることで何かが起きるだろう。

 ただ、この前の偽儀式の件もある。

 もしこの扉が罠なら、またナルクに危険が及ぶかもしれない。

 今回ガルが同行しているのは、その驚異からナルクを守る為でもあった。

 

 「い、いいんですかかナルクさ、さん、嫌ならや、辞めても」


 セーリットがここまで着いてきたのは、自身の知識欲を満たす為。

 帝国の遺跡研究が止まった今、この機会を逃す手は無い。

 しかし、ナルクが傷付くのはもってのほかだ。

 実際セーリットは、ナルクに何度も意思を確認していた。

 もし少しでも迷いがあれば、即座に帰還するつもりでもあった。

 だが。


 「ううん、もう決めたことだから」


 首を振り、真っ直ぐな瞳でセーリットを見つめるナルク。

 ナルクの心は、全くぶれていなかった。


 「……私も、逃げないよ」


 誰に聞かせるでもない言葉を呟き、ナルクはゆっくりと扉に触れる。 


 「きゃっ!?」


 「ゴワッ!?」


 瞬間、扉がゆっくりと開き出し、隙間から閃光が露出する。

 眩い光が、その場の全てを包み込んでいった。

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