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第三十七話 先触れ

 王国が魔物の被害からある程度復興し、帝国が分裂から再統合への道を歩み始め、教国を覆っていた熱狂も何処かへ去った。

 混乱の只中にあった大陸の情勢も落ち着きを取り戻し、跋扈する魔物の脅威さえ去れば、以前の平穏が戻ると思われていた。

 だが……


 丈の短い草が生え揃う、帝国西部の牧草地帯。

 毛の白い馬に乗った村人が、穏やかな風の吹く中を奔っている。

 王国と帝国との国境地域に位置するこの村は、放牧と農業で細々と生計を立てている。

 運よく反乱軍と帝国軍との戦いにも巻き込まれず、これまでの数百年と変わらぬ平穏な暮らしを保てていた。


 村の入り口付近で何とはなしに地平線の向うを見つめていた村人が、何かに気付いて不意に声を上げる。 

 

 「黒い、雲?」


 一見それは、遠方に浮いた黒雲のようにも見えた。 

 それの凄まじい大きさが、見るものの遠近感をも狂わせていたのだ。

 段々と大きくなる地鳴りのような轟音で、村人もその存在を把握する。

 直径数㎞を超える、超巨大竜巻。

 全てを呑み込む黒い旋風が、大地にその太い根を降ろし、凄まじい速度でこちらに近づいていた。

 

 「た、竜巻だ!」


 ようやく目の前に迫った脅威に気付き、村人達は慌てて走り出す。

 だが、時既にに遅し。

 逃げ惑う村人達を、黒々とした空気の渦が容赦なく巻き込んでいく。

 渦が通り過ぎた後に残されたのは、バラバラに引き裂かれた無残な骸の群れ。

 無機物と有機物がごちゃ混ぜになり、大地は一面赤黒く染まった。

 その光景は、竜巻の凄まじさを示しているものだった。


                         ※


 両脇に建つ兵士達に礼をして、開かれた大きな正門の中へ入る。

 何時ものように暇を持て余していた俺は、シェイルに呼ばれ城を訪れていた。

 帝都中央に聳え立つ、シーロンケイス城。

 カイオス帝国の象徴として知られるこの城は、他の建物と同じく先の怪物事件で多大な被害を受けていた。

 当時城に居た人間は、会議を行っていた重臣を含めほぼ全てが死亡した。

 言い方は悪いが、そのお蔭で新体制がスムーズに発足出来たのだけど。

 建物内部も甚大な被害を受け、一時期は内部に立ち入ることすら出来なかったという。


 壁や床に刻まれたままの大きな爪痕を見遣りつつ、長い廊下を通って城中を進んでいく。

 行き止まりにあったのは、両手を広げても足りない程の幅と、身長の二倍程の高さがある大きな扉。

 その大きな扉を、両手でゆっくり押して中へ入る。

 ぎしぎしと音を立てて開いた扉の中にあったのは、道中の景色とは一変した色鮮やかな空間。


 謁見の間、他国からの使者等重要な客人が訪れるここは、城内でも最優先で復旧が為された。

 広い室内には大きな絵画が何枚も飾られ、豪華な調度品がこれでもかと置かれている。

 階段状に高くなった場所で、シェイルが色鮮やかな装飾を着けた椅子に座っていた。

 一面煌びやかな部屋の中でも、シェイルの放つ高貴さはまるで見劣りしていない。

 それどころか、調度品の絢爛さを受けて更に眩く輝いているようだった。 


 「今日貴方をお呼び立てしたのは、他でもありません」


 眉間に皺を寄せたシェイルは、前置きを省いて深刻な口調で語り出した。


 「異常気象、ですか?」


 王国と帝国の国境地帯で、今までに例の無い異常気象が多発しているという。

 竜巻、干ばつ、豪雨。

 様々な種類の災害が頻発し、民衆達はまともに生活することすら困難になっている。

 人命は元より、最大の穀倉地帯を失ってしまえば、帝国が受ける影響は非常に大きい。


 「……また貴方を頼ることになってしまうのは、心苦しいのですが」


 瞳を細め、似合わない気弱な様子で頭を下げるシェイル。


 「大丈夫です、もう慣れましたよ」


 何か頼まれるのは、ここに呼ばれた時点で分かっていた。

 シェイルの無茶な頼みを聞くのも、これで何度目か。 

 こうなれば、何でもどんとこいだ。


 「貴方には、ドルガード王国へ赴いて頂きたいのです」


 懐かしい名前を聞き、薄れ掛けていた記憶が蘇る。

 あのうだるような暑さを思い起こしただけで、脇の下にはじんわりとした汗が滲んでいた。


                         ※


 久しぶりに訪れた王国は、記憶の中にあるものより大分復興しているように見える。

 大通りに並ぶ露店の数も増しており、飛び交う数多の声は の如く騒々しい。

 以前の記憶が無いからはっきりとは言えないが、全盛期と比べても遜色無いのではないだろうか。

 訪れたダンレイス城の立派な門構えも、シーロンケイス城と比べて見劣りしていないように思えた。

 重装備の衛兵にシェイル女王の親書を持ってきましたと伝え、厳重な身体検査の後に何とか中へ通して貰う。

 問題は、ここからだ。 


 通された謁見の間には、重臣と思わしき十数人の男女が居並んでいた。

 予想外の人の多さに、元から速かった鼓動が更に高鳴る。


 「そなたか、シェイル女王の使者と申す者は」


 膝立ちの姿勢でじっと待っていると、程なくして王がその姿を現した。

 以前遠目で見たときと同じく、顎を覆う白い髭が目立つ偉丈夫。

 格好は軽装姿だが、放たれる威厳はシェイルとも遜色ない重厚なものだった。


 「待て、もしやそなた…… いや、貴方は」


 こちらの姿を視界に捉えた王は何かに気付いたように目を見開くと、目の前の光景を確かめるように幾度も瞼を擦っていた。

 どうかしたのだろうか?

 疑問に思う俺に、更に王の言葉が続く。


 「やはり、そなたはあの時の…… 折れた剣の英雄」


 驚愕の中に、どこか喜色を含んだ口調で王は告げる。


 「覚えていてくれたんですか」

 

 王が言っているのは、かつて俺がこの街を守る為に魔物と戦った事だろう。

 あのときは折れた剣を持っていたから、変な渾名が付いたんだっけ。


 「忘れるはずも無い、貴方の助けが無ければ、あの時我々は」


 そう言いながら、王は勢い良く頭を下げた。

 一国の王という身分であるというのに、その動作には全く迷いが感じられなかった。


 「あ、頭を上げて下さい」


 いきなり王様に頭を下げられ、喜ぶよりも困惑してしまう。

 話を聞けば、あの時は王自ら前線に赴いており、間近で俺の姿を目にしたとのこと。


 「しかし、何故帝国が我々を?」


 頭を上げた王は、不思議そうに俺の姿を見た。

 帝国の新書を持ってきたんだから、帝国の人間だと思われるのも当然か。

 あのときはまだ、帝国そのものを知らなかったんだけどな……


 「その話は後にしても良いでしょうか? 今は、それよりも大事な問題があるんです」


 「ふむ、それもそうであるな」


 「実は……」


 ここからが本題だ。気を引き締め、起こっている異変について説明する


 「成程、帝国でもそのような事が」


 話の途中、王は興味深そうに呟く。

 帝国でも?

 多少の違和感を抱きつつも、台詞を噛まないことだけに意識を集中させる。

 シェイルのお蔭で多少は慣れたか、まだこういう厳粛な雰囲気には緊張してしまう。 


 「この危機に対し、我々は力を合わせて立ち向かうべきだと、シェイル王女は言っていました」


 膝立ちからゆっくりと立ち上がり、おずおずと親書を渡す。

 予定していた任務がどうにか無事に終わり、気付かれないように一息付く。

 シェイルやセーリットであっても俺であっても、あるいはカトラにも、気候相手ではどうしようもない。

 ならばある程度の損害を覚悟し、災害が収まるのを待つ。

 帝国が王国へ申し込んだのは、新たな同盟関係。

 例えば、王国から食料を輸入させてもらう代わりに、帝国の魔導技術を輸出する。

 その他様々な協力関係を結び、この難局を乗り切ろうという提案だった。


 「ううむ、その提案自体は素晴らしいものなのだが」 


 だが、王の反応は芳しくないものだった。


 「やはり、帝国は信用できないと?」


 体制が変わったとは言え、あんな攻め込み方をした国を信用するのは難しいに違いない。

 それが解っていたから、シェイルも俺を使者に使ったのだろう。


 「いや、そうではないのだ」


 王はそうぽつりと呟き、顎に手を当てて黙り込んでしまった。

 少しの沈黙の後、王は躊躇いがちに口を開く。


 「貴方になら、話してよいのかもしれない」


 何かを言いかけた重臣を手で静し、王は沈痛な面持ちで離し出す。


 「貴方の言う異変。それが起こっているのは、帝国だけではないのだ」


 その言葉は、新たな戦いの始まりを告げる号砲だったのかもしれない。

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