第三十四話 破壊者
地下通路を進んでいくにつれて、怪物の数は飛躍的に増えていった。
怒涛の如く押し寄せる怪物を前にしては、先に進むのも一苦労だ。
尚且つ、ある問題が心を縛っていた。
「実入りが少ないんだよな……」
経験値は同レベル帯の魔物と比べて半分程しかなく、資金に至っては全く得られない。
今まで凄まじい数を倒していたが、レベルは2しか上がっていない。
こんな時に考える事じゃないのは分かっているのだが……
「どうかしたでゴワスか?」
「いや、なんでも」
訝しげなガルの声で、思考が目前の戦闘に戻る。
首を振って否定し、飛びかかって来た怪物の一体を切り裂いた。
ともかく、今はこの事態を解決しなければ。
と、目の前がだんだん明るくなり、通路に終わりが見え始めた。
次々と襲い掛かる怪物達の中を一気に駆け抜け辿り着いた、そこには。
「ここは……?」
広さは5㎞程だろうか、地下に空いた大きな空洞の中に、数十の建物が並んでいる。
街のそれよりも更に無機質で、実用性しか考えられていない四角い建物の群れ。
窓の位置や大きさに至るまで全てが統一された規格で造られ、一つとして違うものは無かった。
天井には蛍光灯のような人口の明かりが全体を照らしていて、今が昼か夜かも分からない。
少しの曇りも無い白塗りの壁に囲まれた空間は、統制された清潔さの中に、薄らとした恐怖を感じさせるものだった。
空間を包む雰囲気から、この場所の役割を想像してみる。
研究か、あるいは医療施設だろうか。
かつては静謐な空気が流れていただろうこの場所も、今は怪物達が跋扈する修羅場と化していた。
しかし怪物達は、先程までのように襲い掛かってはこなかった。
建物の中に立て籠もり、割れた窓の中から遠巻きに見つめるだけ。
怪物達の様子は、まるで劇を見る観客のようだ。
じっと息を殺し、物語が始まるのを今か今かと待ち望んでいる観客達。
なんて考えが不意に浮かんだ、そのとき。
「ゴワッ!?」
足元の地面が、突如大きく揺れ始めた。
体の芯までも揺らすような凄まじい振動に、立っているのがやっとだ。
「何が……?」
突然の異変に、思わず困惑が口から漏れた、次の瞬間。
目前の地面がぱっくりと割れ、巨大な何かが地上に現れていた。
衝撃で後方に吹き飛ばされ、建物の壁を蹴って着地。
ひっくり返ってもがいていたガルを起こし、木刀を引き抜いて眼前を見つめる。
もうもうと立ち込める土煙が次第に晴れ、目の前の存在がはっきりと確認できた。
まず目に入ったのは、全身を覆う紫の棘。
それら針鼠のように生え揃い、光を反射してぎらぎらと輝いている。
体の線は細いが、全高はかつて戦った歩行要塞よりも高い。
鳥のような逆関節状をした両脚と、同様に奇妙な方向に折れ曲がった両腕は、相対したものに違和感と恐怖を覚えさせる。
異形の造形は、目の前の存在が尋常のものでないと明示していた。
「まるで魔物だな」
「マモノ? ソレハワレノテキ」
「喋ったでゴワス!?」
ガルが代わりに驚いてくれたおかげで、こっちは冷静さを保てた。
少なくとも、言葉を発する点は魔物と違うな。
怪物はうわ言のように何事かを呟きつつ、両腕をだらりと垂らして静止している。
「マモノヲセンメツスル、ワレハソノタメ二……」
漏れ聞こえてきた言葉の中に、信じ難い内容があった。
この凶悪極まりない兵器が、魔物を倒すために造られたとでもいうのだろうか。
たとえ何も知らずとも、今の言葉から想像出来る背景はある。
現在より遥かに進んだ文明の存在と、それさえも苦戦させた魔物の圧倒的な力。
恐らく目の前の機人は、かつて魔物を倒すために造られたのだろう。
周囲の生物を自らの眷属に変える力も、対魔物用に搭載されたのなら想像が付く。
これだけの力があれば、以下に魔物相手とて互角以上の戦いを繰り広げられたに違いない。
しかし、それは長く続かなかった。
時の新古、場所の古今東西を問わず、巨大な力を持った機会が暴走するのはお約束だ。
敵味方を問わず何もかもを破壊しつくす災禍の権化と化し、自らを造りだした造物主達にも刃向った。
その果てに封じられ、今に至るまで目覚める時をひたすら待っていた。
――そんな、実にありふれた物語が頭に浮かんでは消える。
「マモノヲセンメツ……センメツ…」
怪物の声量が次第に大きくなり、放たれる瘴気で周囲の空間が揺れる。
「センメツ……センメツスル……!」
真紅の瞳に再び光が点り、獣のような悍ましい咆哮が周囲に響き渡る。
怪物は両腕を大きく振りかぶり、全身の棘から光線を乱射した。
「どんな経緯があったかは知らないが」
放たれた幾重もの閃光がすぐ傍を掠め、激しい爆音を放って背後の壁を大きく抉っていく。
瓦礫が周囲に飛び散り、地面に落ちてぱらぱらと音を立てた。
例え元は人を救う為に造られていたとしても、あるいは単なる破壊兵器だったとしても。
今のこいつは、禍を撒き散らす災厄でしかない。
「お前は、野放しにしておけない!」
「でゴワス!」
ガルの両腕がおもむろに揺らぎ、それぞれ細い砲塔を四門備えた機関銃へ変化する。
後方から張られた弾幕の援護を受け、一気に怪物へと接近した。
鬱陶しげに片腕で光弾を防いだ怪物の隙を突き、片腕を切断。
「ソンショウ、カクニン……!?」
重低音を立てて落下したその腕を足場にして、怪物の上方へと躍り出る。
空中で身体を捻って光線を避けつつ、木刀の一撃を脳天へ振り下ろす。
ガラスが割れたような破砕音が響き、怪物の頭部が粉々に砕かれていた。
「やったでゴワスか!?」
動きの止まった怪物を見て、ガルが歓喜の声を上げる。
「いや……!」
「センメツ、セン、メツ、メツメツメツ……」
先程完全に砕け散った筈の頭部が瞬時に再生し、怪物は再び動き出した。
両腕を振り乱し、これまでより更に苛烈な攻撃が襲い掛かってくる。
堪らず建物の影に隠れようとしたが、数秒も経たずに建物自体が瓦礫に変わっていた。
「これじゃあ近寄れないでゴワス!」
一目散に逃げていく背中に向かって、特大の光線が放たれた。
進路上の全てを呑み込み、一直線に迫る光の剣。
あれに当たれば、塵一つ残さず消滅してしまうだろう。
「下だ、ガル!」
活路を探して見つけたのは、怪物が出て来た地面の大穴。
大口を開けていたそれに勢いよく飛び込み、十数m下へ落下する。
舗装された道ではなく、柔らかい土の上に着地。
天井の低い空間に照明は無く、上方から差す僅かな光に照らされていた。
「これは、遺跡の……?」
周囲を見渡して、思わず言葉が漏れる。
かつて訪れた遺跡を思わせる意匠の構造物が、地面の下から幾つも露出していたのだ。
同様に、発掘された遺物と思わしき物体も散乱していた。
その種類は様々で、まだ泥の付いたものも交じっているようだ。
と、周囲に轟音が鳴り響き。
「スベテヲ、センメツスル!」
一息つく暇も無く、上方から怪物が落下してきた。
土を巻き上げて着地した怪物は、紅の双眼ではっきりと俺達の姿を捉えると、全身に紫の光を纏い始めた。
「何か、マズそうでゴワス!」
力を溜めているような動作に、緊張が一気に高まる。
慌てて木刀を構え、怪物の胴を両断しようとする、が。
「効かない!?」
怪物の全身を覆う光に阻まれ、攻撃が通らない。
そうこうしている内に怪物を覆う光は強さを増し、周囲の空気さえも震わし始めていた。
このままでは……
「こうなったら、一か八かだ!」
何もせずに終わるより、最後まであがいていたい。
半ば自棄になった気持ちで、落ちていた遺物の一つを怪物に向けて翳す。
それは、一見只の黒い筒。
片手にすっぽり収まるサイズが、思わず手に取らせていたのだ。
「駄目か……」
一縷の望みを託した行動にも、何の反応も帰ってこない。
正面に意識を移せば、怪物を覆う光は最早目を開けられない程にまで強まっていた。
最早これまでかと、覚悟を決めようとした、そのとき。
「なんだ、これ?」
メニュー画面によく似た表示が、目の前に直接表示されていた。
『あなたの所持金を使って、攻撃が可能です』
簡素な説明文の下には、『↓0G↑[決定]』という表示が記されている。
まさか、これは……
「もうお終いでゴワス―!」
ガルは動揺が頂点に達し、わたわたと周囲を走り回っている。
「ええい、どうにでもなれっ!」
↓の表示に触れれば、現在の所持金である124万6574Gが一気に表示された。
その数値を確認し、決定ボタンを押す。
ほぼ同時に、怪物は自身の胸部を開口させ、凄まじい光量をした紫の閃光を放った。
視界を覆う眩い光が俺達を包もうとした、瞬間。
黒い筒から、怪物が放ったものと同様の閃光が。
いや、それ以上の規模を持った光の渦が放たれていた。
白い光が。紫の光を呑み込んで進んでいく。
純白の濁流は数秒間荒れ狂い続け、花火が消えるようにゆっくりと消失していった。
気付けば地下空間の外壁には穴が開き、外の光が差し込んでくる。
柔らかい陽光が照らすそこに、怪物の姿は塵一つ残っていなかった。