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第三十三話 目覚めし災厄

 それは、何の前触れも無く始まった。 

 両軍がぶつかり合っているさなか、突如として帝国兵達がその姿を変化させたのだ。

 帝国兵達は、最後の最後まで何が起こっているか全く分からなかっただろう。

 自らの体が未知のものへと変化していく感覚は、想像するだに恐ろしい。

 この変化は、カトラがいた戦場以外でも起こっていた。

 帝国の支配地域各地で、帝国兵の怪物化が目撃されたのだ。


 次々と送られてくる報告に、革命軍は色めき立った。

 既に全体の趨勢は決しており、後は帝都付近に立てこもる帝国軍の本隊を叩くのみとなっていた。

 しかし追い詰められたとて、帝国軍の戦力はまだまだ精強だ。

 数で勝っていたとしても、新型魔導兵器の投入によって一気にひっくり返されかねない。

 帝国側もそれを理解しているのか、講和に応じる様子はまるで無かった。

 ここから制圧までは流石に手を焼くだろうと予想され、革命軍側は長期戦も覚悟していた。

 

 帝国軍の戦線が勝手に崩壊を始めたのは、そんな情勢の中だった。

 あれだけ強大だった帝国軍が、こんな形で終わっていくとは。

 誰もが予想していなかったあっけない結末に、革命軍の中には一時安堵した空気も流れた。

 しかし、喜んでばかりもいられない。

 この事態を収拾しなければ、帝国という国そのものが危ういのだ。


 言い渡されたシェイル姫の命を、俺は断らなかった。

 事態の深刻さに、最早目立ちたくない等と言っている場合ではないと理解していたから。

 カトラは負傷から回復しておらず、ガルと二人で一路帝都へ向かう。

 帝都までは歩きで五日程だが、休まずに行けば三日で着く。

 同行者にガルを選んだのは、俺と同じで休息が必要ないからだ。

 今は、僅かな時間でも惜しい。 


 道中目にしたのは、我先にと逃げ惑う帝国兵の姿だった。 

 既に戦意は無く、俺達の姿を見つけても構わずに逃げていく。

 兵士達の後方からは、写真で見た紫の怪物達が怒涛の如く押し寄せていた。

 間近で対面した怪物からは、魔物ともまた違った悍ましさを受ける。

 全身を覆う棘はメタリックに輝いていて、まるで機械のようにも見える。

 堅い体は生半可な攻撃を通さず、伸縮する棘による攻撃は距離の離近を選ばない。

 カトラさえも負傷させたその強さは並みではなく、『けいさん』を使わなければ危ない場面が何度もあった。


 怪物との戦いを繰り返しながら、三日半程経って帝都へ辿り着いた。

 既に人の気配は無く、瓦礫の広がる街の中には怪物が至る所で蠢いていた。

 魔導技術の粋を尽くして整備された街並みも、今は見る影もない。

 

 「酷いでゴワス……」

 

 同行したガルも、街の様子に動揺を隠せないようだった。


 目を覆いたくなるような惨状に、一つの疑念が浮かぶ。 


 「でも、帝国がこんなことをするのか?」

 

 既に帝国軍はその殆どが怪物に変わり、軍としての体を為していない。

 民間人や、仲間の兵士であっても無差別に襲う怪物の攻撃は、魔物のように目に映る全てを破壊し尽くしている。

 こんなやり方で戦いに勝利したとて、その後には何も残らない。

 結果として統治する国が無くなってしまえば、本末転倒ではないか。

 少なくとも、帝国軍が一丸となってこの作戦を遂行したとは信じ難い。


 「だったら、誰がやったでゴワス?」

 

 「それは……」


 自棄になった帝国の将校による独断か、何らかの事故か、あるいは。


 「……考えていても仕方ない、今はこれを止めないと」


 考えれば考えるだけ無数に可能性は出てくるが、今は思案に耽っている場合ではない。

 目の前では、次々と紫の怪物が湧き出ていた。 


 「こいつら、一体どこから」


 大地を埋め尽くさんと発生し続ける怪物は、いくら倒してもキリがない。

 道中も含め相当数の怪物を葬ったのに、まるで減る気配も無いのだ。

 一気に発生源を潰さなければ、千日手のまま膠着状態が続くだろう。


 「多分、あっちでゴワス」


 ガルが指差した先は、街の中心部へ向かう道。

 在りし日は優雅に魔導車が通行していた道も、今は穴ぼこだらけの荒れ地に変わっている。 


 「何であっちだと?」


 「分からないけど、なんとなくそんな気がするんでゴワス」


 考え込むように単眼を左右に彷徨わせた。

 根拠がある訳ではないらしいが、こっちにも手掛かりはまるで無い。

 ここは、ガルの直観を信じてみるか。


 この前訪れたときの記憶では、円形状をしたロータリーの中央には噴水が設置されており、帝都に相応しい優雅な光景が広がっている……筈だった。

 だが今のそこには、全く違う光景が広がっていた。

 清廉な空気を醸し出していた噴水が、丸ごと無くなっているのだ。

 代わりにあったのは、ぽっかりと地面に空いた大穴。 

 深い地中まで続く大穴からは、怪物が次々と湧き出し続けている。

 

 「どうやら、ガルの考えが当たったみたいだな」


 進路を塞ぐ怪物達を蹴散らし、大穴の中へ飛び込む。

 数十m落ちて辿り着いた穴の底は、堅い金属に覆われていた。

 横を見ればこれまた大きな穴が開いており、鉄筋で整備された通路が設置されている。

 大きな車でも通行出来そうな広さの通路は先が見えない程続いていて、中には照明が設置されている。

 均等に設置されたカンテラは、暖色のぼんやりとした明かりを放っていた。

 怪物達は、この穴を通って帝都へ侵入してきたようだ。

 

 「この先でゴワスか」


 ガルの言葉に無言で頷き、薄暗い通路を先へ進んでいく。

 鬼が出るか蛇が出るか、先に待つのは果たして。

  

                     ※

 

 帝国兵に異変が起こる数時間前、研究所の秘匿区域では、皇帝と研究者達が激しく言い争っていた。

 

 「お止め下さい、まだ試験も済んでいないのです!」


 「私には解る、これこそが私の求めていた力だと」


 爛々と輝く瞳を向けているのは、完全にその姿を表した巨大な遺物。

 二本の足と二つの腕を持つその姿は、異形の巨人とも言えるものだった。

 それぞれの関節は奇妙な方向に曲がっており、全身には痛々しい棘が生え揃っている。

 見ているだけで恐怖を呼び起こさせるような威容を前にしても、皇帝の表情に怯えの色は無かった。

 

 いつからだろうか、毎夜見る夢の中で、自らを呼ぶ声が聞こえ始めたのは。

 その声に従って、ただの荒れ地だったランシュモア山を掘り返したのが十数年前。

 出土したかつての遺物達は、帝国に凄まじい力を与えた。

 皇帝は名も知らぬ声の主に感謝し、更に遺跡を掘り返し続けた。


 しかし、数十の遺物を掘り出しても声が止むことは無かった。

 それどころか、遺跡の探索を進める度に声は強さを増していた。

 まるで、目覚める時を今か今かと待っているように。

 皇帝は声に従い、ひたすら遺跡の研究に没頭した。

 そうして今、声の主と遂に対面したのだ。


 「ワレヲ、モトメヨ」


 夢で聞こえた声と同じ声が、目の前の遺物から響いている。

 であれば、ここで躊躇う理由も無い。


 「この力さえあれば、我が覇道は大陸中へと……!」


 その思考が自分の意思であるかどうかも、今の校庭は理解していなかった。

 押し留める研究者達を振り切り、皇帝は遺物へ駆け寄る。

 次の瞬間、周囲に濃紫色の光が満ち、研究者達は瞬時に怪物へと姿を変えていた。


 「……ヨウヤク、ハジマル」


 かつて皇帝と呼ばれていたものを取り込み、遺物はゆっくりとその目を開けた。

 禍々しい赤紫の双眼が、虚空を鋭く見つめる。

 遥かな眠りから目覚めたわざわいが、今その力を振るおうとしていた。

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