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第三十二話 崩壊の序曲

 「……たて、ほたて」


 誰かが名前を呼ぶ声で、ゆっくりと意識が覚醒していく。


 「おはよう」


 ぼやけた視界がまず捉えたのは、こちらを覗き込むナルクの顔だった。


 城中でナルクは、俺の客人としてそれなりの扱いを受けていた。

 流石に自由にどこでも出入り可能とまではいかないが、城内を歩いていても咎められはしない。

 こうやって部屋を訪ねてくるのも、特に珍しいことではなかった。


 「ああ、ナルクか……って」


 「どうしたの?」


 ナルクは可愛らしく小首を傾げ、きょとんとし顔で呆けてみせる。


 「いや、その服は」


 体を起こし、ナルクの全身をまじまじと見つめる。 

 今までのそれと明らかに違う服装に、寝惚け気分は完全に吹き飛んでいた。


 清潔感と可憐さを併せ持った、上下一揃えの給仕服。

 額に装着したカチューシャや各所を飾るフリルが、独特の存在感を放っている。

 ナルクが纏っていたのは、いわゆるメイド服だったのだ。


 「どう、似合ってるでしょ」

  

 軽く体を捻り、ひらひらとフリルをはためかせるナルク。

 まるで開いた花のような姿に、少し見惚れる。


 「確かに似合ってるけど、そうじゃなくてさ」


 「この服は、城で余っているものを貸してもらったの。ただいるだけじゃなくて、ほたての役に立ちたかったんだ」


 そう言って、小さな体躯の半分以上はある大きな箒を構えて見せるナルク。

 部屋を見渡してみれば、片付けを怠り散らかっていた室内が、綺麗に整理整頓されていた。

 脱ぎっぱなしにしていた洋服も、まるで新品のように折り畳まれている。 


 「これを、ナルク一人で?」


 「掃除自体なら、宿屋でやってたもの」


 こちらの反応に気を良くしたのか、どこか上機嫌な声が返ってくる。

 

 「専属メイドとして、好きなだけこき使っていいから」


 そう言って胸を張るナルクの姿は、今までより一回り大きく見えて。


 「ありがとな……」


 混じりけの無い純粋な好意を向けられて、心の奥がじんわりとした暖かくなる。

 同時に何だか照れ臭くなってしまい、下を向きながら礼を告げていた。

 

 「ようほたてー! もう起きたかー!」


 「ほたて殿、新しい朝でゴワスよ!」


 と、扉が勢い良く開かれ、ユイカとガルが仲良く部屋に入って来た。

 この二人は妙に馬が合うようで、ユイカがこっちに来てからはいつも一緒に行動している。

 最近では、魔物退治へ共に戦場へ出ることもあるそうだ。


 「朝から元気だな……」


 やたらテンションの高い二人に多少呆れつつ、ベッドから体を起こす。


 「ちゃんとお洋服も用意したからねっ!」


 ナルクは綺麗に畳まれた普段着を両手で持ち、準備万端だ。

 ……ん? ちょっと待てよ。


 「もしかして、ナルクの前で服を脱ぐのか?」


 このままの流れだと、目の前で素肌が露わになってしまうような。


 「ご主人様を着替えさせるのも、メイドの仕事でしょ?」


 何をおかしなことを、とでも言いたげな反応が返ってきて、思わず絶句する。


 遥か昔の高貴な身分をした人々は、メイドなど下々の者を同じ人間と意識していなかったらしい。

 同じ人間ではないのだから、裸を見られても恥ずかしいという気持ちにならない。

 だから、異性の使用人相手であっても平然と着替えの手伝いをさせていたとか。

 こっちの世界が中世ヨーロッパのような風土なら、そういう文化があっても不思議ではない。


 けど、俺はナルクを同じ人間としてちゃんと意識している。

 同世代の少女、それも昨日今日知り合った関係ではないナルクの前で裸になるなんて、恥ずかしくてとても無理だ。


 「いや、流石にそこまでは」


 「大丈夫、優しくするから!」


 「……そういう問題じゃなくてさ」


 ナルクの気持ちが痛いほど解るから、こちらも強く出られない。

 はっきり拒絶する訳にもいかず、押し問答になってしまう。


 「ふーむ、なんだかお邪魔みたいだな」


 「ここは、一旦帰るでゴワスか」


 どう気を回したのかは知らないが、ユイカとガルがこっちに背を向けて退室しかけていた。


 「二人はここにいてくれ、頼むから」


 一人ではナルクを止める自信が無く、どうにか二人に留まってくれるように頼んだ、そのとき。

 俄に部屋の外が騒がしくなり、中庭の方から大きなどよめきが聞こえた。


 「何かあったでゴワスか?」


 虫の知らせでもないが、どうにも嫌な予感がする。

 何か、とてつもなく大きなことが起こってしまったような。


 「ほ、ほたて!?」


 「着替えは後でな!」


 居ても立っても居られなくなり、ナルクの制止も聞かずに寝間着のまま走り出す。


 辿り着いた中庭は、既に集まった兵士達で大騒ぎだった。

 黒山の人だかりを掻き分け、群衆の中心へ向かう。

 そこにあったのは、信じ難い光景。


 「カトラ!?」


 あれだけの威容を誇っていた黒龍が、全身から血を流し倒れ伏していた。

 堅い鱗には各所にヒビが入り、雄大な羽は半分以上が無残にちぎれている。

 絶対的な存在であったカトラの傷付いた姿を見て、革命軍の兵士達は大いに動揺しているようだった。


 「大丈夫なのか」


 予想外の姿に、思わず駆け寄って言葉を掛ける。


 「そう大袈裟に騒ぐでない、これくらいかすり傷よ」


 半分ほど目を開いたカトラからは、意外なほど元気な声が返ってくる。

 今すぐ生命の危険に関わる状況ではないと理解し、少しだけ安堵する。


 「どうして、こんな……」


 それにしても、カトラがここまで手酷くやられるとは。

 帝国の魔導兵器相手なら、百体以上を相手にしても余裕で殲滅できる筈なのに。 


 「奴ら、厄介なものを呼び起こしおったわ」


 「ほたてさん、ここにいらっしゃったのですね」


 と、後方からシェイルに呼び掛けられる。

 振り返って見えたシェイルの表情は、今までにないほど険しいものだった。


 「貴方に、見て欲しいものがあります」


                          ※


 豪華な家具が置かれたシェイルの部屋は、先日訪れたときの光景と殆ど変わらない。

 が、一つだけ大きな違いがあった。

 真っ白なテーブルクロスが引かれた机の上に、見慣れない物体が置いてあるのだ。


 「これは……」


 「陥落した帝国の要塞内に残されていた、魔導具の一つです」


 箱状をした物体の大きさは四方20㎝程、全体は金属に覆われており、鈍い銀の光沢を放っている。

 立方体の一面には小さな丸い穴が開いており、ガラスのような透明の物体がはめ込まれていた。

 これは、ある場所の景色を見たまま記録する魔導具らしい。

 想像するに、あちらの世界にあったカメラが近いのだろうか。

 革命軍はこれを使って、帝国支配地域の偵察を行っていたという。

 

 「カトラさんが帝都近郊から帰還する、少し前の光景です」


 シェイルが魔導具に手を翳すと、空中に一枚の映像が浮かんだ。


 「……っ!?」


 最初は、カトラの鱗が変色しているのかと錯覚した。

 漆黒の鱗が、一部分紫に変色したのかと。

 けれどそれは、全身にびっしと纏わり付く紫色の生物だったのだ。


 全身に棘を生やした紫の生物が、雀蜂に纏わり付く蜜蜂のようにカトラの体を覆っていた。

 凶悪な棘は堅い鱗を貫き、カトラの全身からおびただしい血を流させている。


 「彼らは少し前まで、私達と同じ人間でした。敵対していた相手とはいえ、こうなってしまえば哀れですね」


 シェイルはその写真を見つつ、どこか悲しげな口調で告げる。


 「元々は帝国兵だって言うんですか……!? これが!?」


 二本の脚やどことなく顔にも見える上部の突起など、そう言われれば人間だったようにも見えてくる。

 けれどその言葉は、到底信じ難い。


 「偵察兵の報告では、数時間前まで彼らは通常の人間と何ら変わりは無かったそうです」


 破竹の勢いで進軍を続けていたカトラの前で、突如として帝国兵の変貌が始まった。

 瞬時に別の生物へ姿を変えた帝国兵達は、今までの何倍以上もの力で襲い掛かって来たという。

 その圧倒的な力に革命軍兵士は瞬時に殲滅され、僅かな生き残りを連れて逃げ帰って来たカトラも大きな損傷を負ってしまった。


 「一体、何が」


 「帝国上層部は、最早体裁を整える余裕すら無くしたのでしょう」


 苦渋に顔を歪め、絞るように掠れた声を出すシェイル。

 あまりに悲痛な様子は、こちらの胸まで痛くなってくるものだった。


 「ほたてさん、貴方にお願いがあります」


 きりりとした表情で、真っ直ぐにこちらの瞳を見つめるシェイル。

 

 「この不毛な戦いを、終わらせて頂きたいのです」


 その言葉は、彼女が心から告げる願いだった。

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