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第三話 巻き込まれた決戦

 ラース大陸南西部に位置するドルガード王国、かつては大陸一の栄華を誇ったとされるこの国は、今まさに滅びようとしていた。

 大陸南端から突如発生した謎の生物の大群。古の伝承になぞらえて、『魔物』と呼ばれたそれは、瞬く間に王国全土を破壊し尽くした。

 一体で並の兵士10人分に匹敵するとも言われる戦力と、仲間が倒されようと全く衰えることのない戦意を前にして、王国が取れる手段は殆ど無く。

 魔物の発生から僅か半年で、王都ダンレイスが包囲されるまでに追い詰められていた。

 

 魔術師部隊による火球の壁を突き破って、首の二つ生えた狼型の魔物が突撃する。防御陣形を取った兵士達が突進をどうにか受け止めたかに見えた刹那、狼が飛び退いた隙を縫って一つ目の巨人が何かを投げた。

 放物線を描いて落下した岩石が、盾を通り抜けて魔術師部隊に炸裂する。援護を失った歩兵達が、たちまち狼の餌食になっていった。


 「これ程の力を持っているとは……」

 

 ダンレイス城の最上階から戦闘を眺めていたドルガード王が、苦々しげに呟く。

 魔物の被害が出始めた頃は単なる獣害だと判断され、対処は各地の駐留部隊に任されていた。

 村や町の壊滅が相次ぎ、王国側が魔物を脅威だと判断したのは、既に国土の半分を制圧された頃だった。


 「せめて、民達だけでも」


 城下は既に魔物の手に落ちており、民衆たちの大半は城内に避難している。

 この戦いを勝利へ導くのは最早不可能だろう。

 せめて、民達を無事に逃げ延びさせなければ。

 指揮を執る為前線へと向かう王の心には、悲壮な決意が秘められていた。                           

                         ※


 ナルクの村を発った俺達が遭遇したのは、魔物と人間達の激しい戦い。

 壁に囲まれた街は炎に包まれ、中央にある一際高い城のような建物まで侵攻されているようだ。

 街から離れた平原で戦闘を暫し眺めていたが、どう見ても人間側の分が悪い。数こそ同程度だが士気や能力の違いは明らかで、『けいさん』を使うまでもない。

 観戦もそこそこに、さっさと逃げ出す事を決めた。薄情かもしれないが、別にあの人達に味方する理由は無いのだ。


 「取りあえず別の街に行って――」


 「ない」


 敢えて明るく言いかけた言葉を、ナルクが遮る。


 「ないって、どういう」


 これまで聞いたことがない強い口調に、思わず聞き返していた。


 「ここが無くなれば、もう……」


 燃え盛る街を見ながら、悲しげな顔で告げるナルク。

 一週間ほどナルクと旅をしていたが、ここまでに訪れた村や街は、例外なくナルクの村のように壊滅していた。

 今まさに襲撃を受けているここが最後の砦であり、滅んでしまえばもう後には何も残らないというのか。

 殆ど消耗しない俺とは違い、ナルクには休息も食事も必要だ。

 今までは廃墟に泊まったり残骸を漁ったりして繋いできたが、それにも限界がある。

 

 「ナルクはここで待っててくれ。魔物が現れたら別だけど」


 「ほたて?」


 緊迫した場面だと言うのに、間の抜けた名前が緊張感を削ぐ。 

 どうにか気分を立て直し、ナルクに背を向けて歩き出す。

 

 「ちょっと行ってくる」


 「……わかった」


 ナルクはゆっくりと頷くと、身を隠す場所を探しに走っていった。


                          ※


 倒れていた兵士から折れた両手剣を拝借し、燃え盛る街の中へ。

 食いちぎられ、燃やされ、押しつぶされ、様々な末路を辿った人々が、元は優美で美しかっただろう街並みに積み重なっている。

 赤々とした炎が視界を覆い、焼け焦げた死肉の臭いが鼻の奥を常に刺激する。

 目を覆いたくなるような惨状を前にして、今までにない感情が湧き出す。


 と、大地が不意に揺れ、目の前の建物が粉々に砕けた。

 壁を突き破って現れたのは、岩で造られたのっぺらぼうの巨人。

 高さは10m程、灰色一色の体は数十個の石で構成されているようだ。 

 獲物を見つけた巨人は、拳を振りかざして襲い掛かってきた。

 

 「目が無いのに、どうやって見つけてるんだよ……」


 軽口が漏れたのは、不安と緊張を覆い隠したかったから。

 道中で随分レベルは上がり、少し前に15に到達したがまだ油断は出来ない。

 ここの魔物は道中より更に強くなっているだろうし、尚更楽には勝たせてくれないだろう。

 今死んでしまうと、何処で復活するかが分からない。

 『けいさん』を覚えてからは一度も死んでいなかったから、最悪今までの復活地点だった荒野に戻されるかもしれない。

 後に取っておきたかったと考えつつも、メニュー画面の特技欄をタップする。

 

 『けいさん』を発動した瞬間、目の前の景色が滲み、思考に情報が流れ込んできた。

 振り下ろされた拳を最小限の動きで避け、巨人の一点、みぞおちの少し下を付く。

 岩の体の要となる石を攻撃された巨人は、一撃で呆気なく崩れ去っていた。

  

 「急がないと」


 道中何体か魔物を葬り、街の中心へ駆けていく。

 これだけの魔物の群れなら、全体を統率するリーダーがいる筈だ、そいつを倒せば、一時的にせよ侵攻が止まるかもしれない。

 と、甲高い衝撃音を耳にして走る方向を変えた。

 通りを塞ぐ瓦礫を登り切って見えたのは、数十はいる魔物の群れ。

 遠くに見える城を囲むように集まった様々な魔物の先頭では、一際巨大な魔物が城門に拳を打ち付けていた。

 猛牛のような角を頭に二本生やし、西瓜のような丸々とした体は硬質の黒い毛で包まれている。

 身長は高い門を越えるほどで、遠目で見てもさっきの巨人より明らかに巨大だと分かる。

 城から射掛けられる弓や、飛んでくる火球をもろともせずに、角の生えた魔物はひたすら扉を破壊しようとしていた。

 あの門が破られれば、恐らく――

  

 そろそろ『けいさん』を使ってから三十分程が経とうとしている。

 ここらで解除しないと反動が怖いが、そう言ってられる状況ではないようだ。

 別にあの城に思い入れがある訳でもないが、このまま破壊されれば街で休むどころの話ではなくなる。


 「ふぅっ……」


 一旦深呼吸して気持ちを落ち着かせ、一気に魔物の群れへ走り出した。


                           ※


 自らが指揮を執った所で、どうしようもない戦力差が変わる訳も無く。

 変わらず絶望的な戦況を眺めていたドルガード王だったが、ある異変に気付いて目を細めた。

                        

 「これは……?」


 城を取り囲んだ魔物達が、後方から次第に減っていくのだ。

 その現象は次第に広がり、一直線上に魔物のいない空白地域が生まれていた。

 増援の姿は見えず。城の兵士は門を攻撃している魔物の相手で精一杯であるのに、一体何が。


 最初は戸惑っていた王も、減少が続くにつれ次第に理解出来た。

 次々と葬られている魔物達の中心に、一人の剣士の姿があった。

 折れた剣を持った黒髪の剣士は、並み居る敵を諸共せずに進んでいる。

 無人の野を進むが如く、剣士の速さは緩むことがない。

 周りに見えない壁でも貼られているかのように、進む度に魔物が躯へと変わっていた。


 一見未知の魔法を使っているようにも見えるが、剣技の心得がある王には剣士の行為が理解出来た。

 無駄の無い動きで攻撃を回避し、的確な反撃で魔物を葬り去る。剣士はただ、それだけを繰り返していた。

 言葉にすれば簡単だが、並大抵の技量で出来る芸当ではない。

 

 王が驚愕している間にも剣士は凄まじい速度で疾走し、僅か数分で扉を攻撃している魔物の前まで辿り着いていた。

 敵の存在に気付いた魔物は振り返って拳を繰り出したが、虚しく空を切るだけ。

 剣士は伸びきった拳の上に飛び乗ると、数度の跳躍で一気に魔物の頭上へと到達した。

 目標を見失った魔物が繰り出す出鱈目な攻撃も、剣士の体を捉えることはなく。 

 剣士は折れた剣を脳天に突き刺すと、止めとばかりに飛び蹴りで柄を差し込んだ。

 苦悶に満ちた魔物の咆哮が周囲一帯に響き渡り、王は思わず鼓膜を塞ぐ。


 どこか悲しげな断末魔の叫びは、数秒鳴り響いてからようやく止み。

 長大な体躯を誇る魔物は、ゆっくりと地に倒れ伏していた。

 巨体が地面に衝突した衝撃が奔り、轟音と共にもうもうと土煙が上がって大地が揺れる。

 数秒経った後、辛うじて均衡を保っていた扉が音を立てて崩れ始めた。

 無数の瓦礫と化した扉が、倒れた魔物の上で動きを止めた剣士の体へと――

 

                               ※


 西日が差す城門前では、多くの兵士が負傷者の救助や瓦礫の撤去を行っている

 頭目らしきものを倒された動揺したのか、魔物達は王国側が反撃を開始する前に逃亡していた。

 撤退の様子は不気味なほど整然としていたが、王国側にそれを気にする余裕は無く。

 作業する兵士達の顔には、取り合えずの危機が去った安堵感が浮かんでいた。

 

 まだ生々しい戦火の爪痕が残る、かつての城門跡。

 兵士達に混じって、軽装姿のドルガード王の姿があった。

 王自らここにいるのは、ある人物を見つける為。

 

 「見つからないのか?」


 「ええ、兵士達に捜索させましたが……」

 

 王の言葉に、うなだれた士官が返答する。

 彼らが捜しているのは、突如現れ、一瞬の内に王国を救って見せた謎の剣士。

 剣士が王達の前にいたのはほんの十数分であり、折れた剣を持っていたこと以外は何の手掛かりも無い。

 戦闘終了後から数時間捜索しても、剣士の姿はおろか死体すら見つからなかった。

 

 「せめて、一言礼を告げたかったのだが」


 顎を覆う白い髭を撫でながら、ぽつりと呟くドルガード王。

 戦闘の後に残った瓦礫の群れを、傾いた西日が照らしていた。

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