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第二十八話 過去と今と

 この時代に戻ってきてから数日が経った頃、俺達は神殿の近くにある宿屋で休息を取っていた。

 先日の惨劇が民衆に与えた衝撃は大きいようで、街中全てが葬式のように静かだ。

 待ち望んだ女神復活の儀式があんな結果に終わったのだから、期待の反動も大きいのだろう。


 宿屋にも国ごとの個性が現れるようで、質素な宿屋内には清廉な雰囲気が漂っていた。

 今は一般開放されているものの、普段は隣に建つ教会の宿舎としても利用されているらしいので、その影響もあるのだろう。

 白い壁面が目立つ静謐な空間の中にいると、知らず知らずの内にこちらまで気持ちが張り詰めてくる。

 出てくる食事も非常に質素なものばかりで、少し味気ない。


 「俺が過去に飛ばされる事、知ってて黙ってたな」


 「流石に気付いたか」


 洞窟での出会いのとき、プライドの高いカトラが何故あんなあっさり従ったのか不思議に思っていたけど、既に過去で出会っていたからだったのか。

 カトラは俺と対面したことをしっかり覚えていて、それをわざと黙っていたのだ。


 「カトラには分からないだろうけどさ、どれだけ心細かったか」


 見知らぬ場所にたった一人で飛ばされる不安と恐怖は、何度体験しても慣れないものだ。

 あのときの気持ちは、もう二度と思い出したくも無い。

 せめて先に知っていれば、心の準備も出来ただろうに。

 

 「我が先に言ってしまえば、面白くないであろう?」


 全く悪びれる様子も無いカトラは、楽しげに白い歯を見せて笑っている。


 「まったく……」


 その顔が余りに綺麗で、文句を言う気持ちも何処かへ失せてしまった。

 多分、カトラに悪気は無いのだろう。

 ……無いだけにたちが悪いとも言えるけど。

 

 「ただいまー」


 と、買い出しに行っていたユイカ達が返って来た。

 宿屋の粗末な食事に満足できなかった俺達は、目利きのユイカに食料の調達を頼んでいた。

 実にゲーム的な仕様だが、どの国でも同じ通貨が使えるのは助かる。

 国ごとに通貨が違っていたら、この宿屋にも泊まれなかっただろうし。

 こういう所は、あっちの世界より便利だよな。


 「何か美味そうなものあった?」


 「それがさぁ……」


 空っぽの荷袋を開いたユイカは、似合わない暗い顔を見せた。

 詳しく聞くと、どこも辛気臭い空気が流れていて、商売なんてやる雰囲気じゃなかったそうだ。

 いくつか営業していた商店も、宿屋のそれと大して変わらない質素な食料しか売っていなかったという。


 「ユイカは食いしん坊だもんね」


 「まあな」


 「威張ることじゃないでしょ……」


 胸を張るユイカに呆れつつ、軽やかに笑うナルク。

 今回の出来事でさぞ大きなショックを受けているのだろうと予測していた。

 けれど今は、連れ去られた事実をまるで感じさせず、王国にいた頃と変わらない元気な姿を見せていた。

 恐らく無理して気丈に振る舞っているのだろうが、それを指摘するのは野暮だろう。


 今の所、教国側は再びナルクを狙う動きを見せていない。

 国の象徴である神殿を襲撃されてそれどころではないだろうし、もうナルクに対する興味を失っているのかもしれないな。


 と、ベッドに腰を下ろしたナルクが、テーブルに向かい合って座る俺達に話し掛けた。


 「なんか、前より二人が仲良くなってるような……」


 「そうか?」


 「まあ、色々あったからな」


 過去での出来事を経て、カトラについての印象は大分変わった。

 まあ、あっちがどう思っているかはさっぱり分からないけど。


 「それって、ほたてが神殿の屋上からいなくなったことと関係してるの?」


 「気が付いてたのか」


 あのときのナルクは、周りを気にする余裕なんて無かっただろうに、よく覚えていたな。


 「確かに、あんときは単に屋上から落ちたもんだと思ってたけど……」


 「そういえば、まだ話してなかったな」


 神殿の戦いの後は休める場所を探すのに忙しくて、過去に飛ばされた件を話し忘れていた。


 「我は、別に構わんぞ」

 

 「許可も貰ったし、じゃあ早速」


 話を聞く前から身を前に乗り出している二人を前に、俺は語り出す。

 過去の世界と、そこで経験した奇妙な出来事を。

 

                      ※


 過去の話を聞いている間、二人は終始戸惑ったような、驚いたような顔をしていた。

 話の内容を信じたいけど、あまりに荒唐無稽な状況を受け止めきれないでいるようだ。

 それも当然だろう、SFに親しんでいるあちらの世界の住人ならともかく、時を越えるなんて物語でも聞いたことも無いだろうから。

 

 「女神の頼み、それは……」


 「ナルク、お前を守ることだ」


 「私を?」


 急に話の方向が自分に向けられ、ナルクは驚いた顔になる。


 「ああ、この時代に返る前女神はそう言っていた」


 女神は一言、『ナルクという少女を守ってください』とだけ告げた。

 それは、女神にとってナルクが特別な存在である証。

 教国がナルクを巫女として選んだのも、ただの出鱈目ではなかったのだ。

 

 「本当にナルクが女神に選ばれてるんなら、どうしてあんなことになったんだ?」


 儀式が大惨事に変わった原因は、もちろんナルクにあるのではなく。


 「恐らく、何者かが女神教の伝承に手を加えたんだ」


 「女神の依代となるものを見つけ出すところまでは、女神の意図通りだったのだろう。だがそこで行われる儀式の内容が、全く逆のものになっていた」


 顎に手を当て、考え込むように薄らと瞳を細めるカトラ。


 「女神が出てくるんじゃなくて、魔物が出てきちまったからな……」


 ユイカは開いた窓の外、今だ崩壊したままの神殿を見つつ答える。


 「儀式の内容を書き換えた何者かは、女神の復活を何としても阻止したかった」


 女神に選ばれた巫女を抹殺すれば、復活は確実に遠のく。

 大陸中から巫女を探すのには、途轍もない労力がかかる。

 しかしこの方法なら、自身で巫女を探さずとも良い。

 女神復活を目論んだ教国が、勝手に見つけ出してくれるのだ。


 「どうして、私なの?」


 「さぁな、それは女神にしか分からん」


 あのとき俺達が告げられたのは、ナルクを守れとの一言のみ。

 なんとなくの想像は出来るが、正確なことは不明なままだ。


 「守れって言ったってよぉ、そればっかりじゃどうしようもないぜ」


 ユイカの言うとおり、守勢に回っているばかりでは状況は好転しない。 

 魔物側の戦力はほぼ無尽蔵であり、このままではただ疲弊するだけだ。

 それに、ナルクを狙って教国の経典を書き換えた何者かの存在もある。

 今回の策が失敗したと分かれば、また新たな謀略を巡らしてくるかもしれない。


 「案ずるな、その点も考えてある」


 腕を組んだカトラは、自信ありげに笑みを浮かべた。


 「えっ?」


 「お前は覚えておらんのか、あの場所を」


 疑問符を浮かべた俺に、カトラは呆れ顔で言葉を足した。


 「ああ、あそこか」


 「二人で話してないで、オレにも教えてくれよ」


 「貴様にも先程話したであろう? 女神がその意思を伝えた、巨大な樹木のことを」


 カトラが言っているのは、過去の世界で女神と会話した巨木だろう。

 あの場所にもう一度行けば、今の女神から話が聞けるかもしれない。 


 「でも、そんな場所オレは聞いたこと無いぜ?」


 「幾千年の歳月の流れが、自然にも大きな影響を与えたのだ。今あの巨木があった場所は、天空に聳え立つ幾つもの山の下に埋まっているだろうな」


 あれだけ存在感を放っていた巨木が、今は大地の下に沈んでいるとは。

 確かに、数千年も経てば地殻変動等も起こり得るか。


 「その場所って、まさか」


 カトラが言う、天を突く高い山々が立ち並ぶ場所。

 この大陸の中で、そんな所は一つしか思い当たらない。 


 「我が眠っていた場所の近く、貴様等の呼び方で言うなれば、帝国とかいう国の中だ」

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