第|~=話 ‘{*?_>+*
背中に当たる硬い地面の感触で、ゆっくりと意識が覚めていく、まず目に入ったのは漆黒の闇だった。
「夜……か?」
周囲全ては暗闇に包まれて、自分の手すら認識できない。
けれど暫く空を見上げて、それが間違いだと気付いた。
夜ではなく、一面暗雲に覆われているのだ。
僅かにできた雲の隙間から、時折太陽の光が差し込んでいた。
その光で、ようやく周囲の景色が把握出来る。
周囲に目立つものは無く、見えるのは炎のような朱色に染まる乾いた大地のみ。
風情も何も無い荒涼とした景色に、寒々しい気持ちが去来する。
記憶の最後に残っているのは、天と地に描かれた禍々しい魔方陣と、一面赤に染まった視界。
さっきまで塔の上にいた筈なのに、何故こんな場所に立っているのだろうか。
それに、巫女として儀式に参加させられていたナルクはどうなったのか。
ユイカやカトラや、周りを取り囲んでいた見知らぬ男達の姿も見えない。
全く何も分からないこの状況は、まるで最初この世界にやって来たときのようだ。
けれど、あれから少しは成長した。
今は、役に立つスキルも覚えて――
「開かない……!?」
何度空中でジェスチャーを繰り返しても、一向にメニューが開いてくれない。
操作を間違えたのかとも思ったが、どんな動作をしてもうんともすんとも反応しなかった。
泣き面に蜂とまでは言わないが、悪いことは重なるものだ。
……無いものは無いと諦めて、先に進むしかないよな。
溜息を一つ吐き出して、荒野を当ても無く進み始める。
乾いた風が、項垂れた顔を冷たく撫でていた。
※
どんよりとした薄曇りの空のむこうに、空高く昇った太陽が透けて見える。
数十分か数時間か、時間の感覚が無くなる程暫く歩き続け、ようやく景色に変化が訪れていた。
一面平らな大地の中で、ぽつぽつと見慣れぬ建造物が建っている。
高さは10m程度、建物と呼ぶには余りに粗末な、岩肌が剥き出しの構造物達は、数mの感覚を保って規則的に並んでいる。
長細い形をしたそれらの表面には、窓のような穴が幾つも開いていて、まるで倒立した巨大なオカリナのようだ。
やっと荒野以外の場所に辿り着けたが、こんな所に誰かが住んでいるとは思えない。
と、視界の隅で、何かがゆっくりと蠢いた。
「岩……?」
近付いて確認してみると、それは地面に突き刺さった荒削りの岩石だった。
けれどそれには、普通のものと明らかに違う点があった。
視線の高さと同じ地点の岩肌に、他とは明らかに違う紅い小さな石が埋まっていたのだ。
宝石のようなそれは、人間が瞳孔を開いたようにはっきりと見開かれ、こちらを真っ直ぐに見つめている。
よくよく見れば、細長い体の四方には、それぞれ手足のような小さな岩がくっついていた。
ただの岩石と思ったそれは、手足を持った岩型の人間(?)だったのだ。
相手もこちらが珍しいようで、確認するように手を翳したり、首を傾げながらまじまじと見たりしていた。
敢えて例えるなら、体の色が変わったガルだろうか。
けれど、目の前に建つごつごつとした岩のような体は、ガルから受ける柔らかいものとは真逆の印象を受ける。
「~|_*+}?」
頭頂部が開口し、全く聞き覚えの無い音が響いた。
「えっ?」
それが言葉だということは辛うじて分かったが、何と言っているのかは分からない。
「<=|¥^@:、・。!」
今度は、少し怒ったような様子で話し掛けられた。
何かを伝えてくれようとしているのは把握できたが、やはり中身が全く分からない。
岩人間が話すことばは、あちらで聞いたどの言語とも似通っていなかった。
敢えて例えるのなら、騒がしい街の雑踏が幾重にも重なったような音、だろうか。
ジェスチャーで伝えようにも、体の構造からして違う相手に通じるかは疑問だ。
暫く困惑したまま黙っていると、言葉が通じないことが相手にも分かったのか、岩人間は諦めたように去っていった。
どすどすと足音を立てて遠ざかっていく岩石人間を見送り、もう一度周囲を見渡してみる。
すると、さっきまで何も無かった建物の窓から、無数の岩人間達がこちらを見つめていた。
どうやらここは、岩石人間の暮らす集落だったようだ。
「はぁ……」
訳の分からない状況に、思わずため息が漏れる。
どこをどう間違ったのかは知らないが、とんでもない所に迷い込んでしまったな。
まともに情報は得られそうにないし、ここを出て別の場所に行くべきだろうか。
でも、周りは何も無い赤土の荒野だったし……
と、さっきの岩人間が、体の色の違う岩人間達を引き連れてやって来た。
新たに表れた男達の体色は灰色で、岩と言うよりも何かの鉱物のようだ。
鉱物人間達はあっという間に俺を取り囲むと、徐にこちらの両脇を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!?」
抗議の声も虚しく、体は鉱物人間達に引きずられていく。
その様子を、通りに出て来た何人かの岩石人間達が遠巻きに眺めていた。
※
拘束されたままの状態で、街中を暫く歩かされる。
十数分歩いて辿り着いたのは、他の建物とは明らかに趣の違う広い建物。
長方形型のそれを構成する線は全て綺麗な直線であり、茶色い壁にはヒビ一つ入っていない。
少し見ただけで、力を入れて作られていると把握出来た。
建物の前では、連れて来た者と同様の鉱物人間達が集まっていた。
圧迫がちにこちらを取り囲んだ鉱物人間達は、強めの様子で何度も話し掛けてきた。
どうやらかなり怒っているようだが、言葉の意味は相変わらずさっぱり分からない。
こちらがきょとんとした顔をしていると、その内に彼らは痺れを切らしたようで、全身を掴んで胴上げのように体を担ぎ上げた。
彼らは部屋の中の一点に俺を投げ落とすと、勢いよく扉を閉めた。不思議なことに、彼ら自身は部屋の中に一歩も足を踏み入れていなかった。
体育館ほどの広さがある部屋の中には、異様な光景が広がっていた。
地面に人が歩ける場所は殆ど無く、床にはぎらぎらと光る凶悪な棘が一面敷き詰められているのだ。
部屋全体が出す溢れんばかりの殺気に、見るだけで怖気を覚える。
彼らが俺を乗せたのは、部屋に設置された僅かな足場の一つ。
今乗っているものを含めて、周囲には人一人が乗れるくらいの大きさをした四つの足場があった。
足場にはそれぞれ図形が刻まれており、四つ全てが鮮やかに彩色されていた。
×が赤、□が青、△が緑、○が黄色という風に。
と、殺風景な部屋には似つかわしくない軽快な音楽が何処からか流れ始めた。
ギターやドラムのような音が混じったそれは、あちらの世界のロックと似ているように思える。
何が何だかわからない状況に困惑していた、次の瞬間。
「へっ……!?」
体を支えていた足場が一瞬で引っ込み、身体は棘の中へ落ちていた。
痛みを感じる間もなく、全身は無数の棘に刺し貫かれて――
気が付くと、体はまた足場の上に寝かされていた。
状況を把握するより前に、また軽快な音楽が耳に届く。
どうやら、あれで一回死んでしまったようだ。
前に死んだときとは違って、時間が撒き戻っているけど。
このイベントは、クリアしなければ先に進めないってことなのか。
『けいさん』も『きおく』も使えない今の状態で、この苦境から脱せるのだろうか。
暗澹たる気持ちのまま、また体は棘の中へ落ちていった。
それから何回か死に続けて、ようやくパターンが掴めてきた。
足場が無くなるタイミングは、鳴り続けている音楽と連動しているのだ。
更に、足場に描かれた四つの図形が、音楽を奏でる四種類の楽器と連動していると分かった。
ドラムのような楽器が鳴った瞬間、□が一瞬だけ輝く。
続いてギターのような楽器が奏でられれば、○が一瞬輝いていた。
その光に合わせて体を足場に移動させると、棘の中に落ちることなく生き残れた。
どうやら、音楽に合わせて体を移動すれば死なずに済むようだ。
この仕組みを見て、脳裏に一つの考えが浮かぶ。
まさか、ゲームのジャンルが変わってる……!?
今までこの世界はオーソドックスなアクションRPGだと思っていた。
レベルやスキル、魔法や特技の存在は、いかにもRPG的だ。
でも今の状況は、どう考えても音ゲーのそれだ。
ワンミスでゲームオーバー確定って、どんだけ難易度の高い音ゲーって話だけど。
この世界に来て妙な事は沢山あったが、これまでにない展開に全く思考が追い付かない。
戸惑っている間にも、死の危険は連続で迫ってくる。
避ける術は、鳴り続ける音楽に合わせて脚を動かすのみ。
何度も命を落としながら、文字通り体でパターンを覚えていく。
死の音ゲーに参加してから、数時間は経っただろうか。
いや、長く感じていただけで、実際は数十分だったかもしれない。
無心で体を動かし続けていると、突然音楽が止み、ゆっくりと部屋の扉が開かれた。
部屋の外には、先程俺を投げ入れた鉱物人間達の姿が。
彼らは部屋の外でこちらを遠巻きにしつつ、困惑したように顔を突き合わせている。
おずおずと部屋の外に出ると、彼らは全員が怯えた様子で後ずさった。
さっきは無理やり体を掴んできたのに、随分反応が違うな。
と、彼らの背後から、車のヘッドライトのような眩い光が近づいてきた。
あまりの光量に、目がくらんでまともに目を開けられない。
顔の前に手をかざしつつ前方を確認すると、そこにいたのは全身が金で構成された金人間だった。
岩、鉱物と続いて、今度は金か。
金人間は鉱物人間達よりも地位が高いようで、後方から歩いてきた金人間対し、鉱物人間達は素早い動きで道を譲っていた。
悠然とこちらに近付く金人間は、片手に輪のようなものを持っていた。
幾つもの素材を混ぜ合わせて作られたのだろうか、きらきらと輝くそれは、見る度に色を変えている。
金人間はその輪をゆっくりとこちらの頭上に置き、優雅な動作で膝を付いた。
気が付けば塔の周りには百人近くの人間が集まっており、鉱物人間達も含め集まった全員が平伏していた。
そのとき、頭上の雲が一瞬晴れ、差し込んだ光がスポットライトのように俺を照らす。
陽光を受けて輝く輪は、まるで王冠のようだった。