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第二話 荒野の出会い

 一面続く色の無い荒野の中に、他とは違った景色の場所がある。

 無残に崩れた建物の群れと、それらに混じった野ざらしの白骨死体。

 折り重なった残骸は、かつてここに人間の営みがあったことを示していた。

 

 廃墟の村を、薄汚れた布に体を包んだ少女が一人静かに歩いている。

 この場所はかつて、荒野の中にひっそりと存在する村だった。

 主な産業は農業だが、荒野を渡る旅人の補給地点としても重要であり、小さいながらも安定した営みを続けていた。

 そんな村の中で、少女も穏やかな村人に囲まれてすくすくと成長していた。

 いつまでも続くかと思われた平穏は、村を襲った化け物の大群によって何の前触れも無く打ち砕かれた。

 友や家族は一瞬にして消え、少女は廃村にたった一人残された。

 廃墟の中で、ひたすら捕食者から逃げ延びる日々。昼は敵の隙を付いて食料を調達し、夜は崩れかかった廃墟の中で過ごす。

 元々快活だった少女の心は荒れ果て、宝石のようだった二つの目から光は失われた。

 最早他に住人はおらず、外から助けが来る見込みもない。

 村から脱出できたとて、少女一人で化け物の充満する荒野を越えられる訳がない。

 

 何の希望もない中で、死への恐怖だけが少女を生き延びさせていた。しかし、そんな綱渡りがいつまでも続く訳はなく。

 いつものように食料を探していた少女が、まだ訪れていなかった廃墟へと足を延ばそうとした、そのとき。

 うっかり踏んだ廃材が砕け、周囲に大きな破裂音を立てた。慌てて飛び退いても後の祭りで。

 少女の前に、すぐさま飛んできた魔獣が現れた。逃げようにも、恐怖で足がすくんで動けない。

 虎のような魔獣は、青い毛皮に包まれた体を弓のようにしならせて今にも飛びかからんとしている。

 少女は確信する、口から飛び出した二本の鋭い牙に貫かれ、自分は命を落とすのだろうと。

 これから訪れる運命を悟った少女は、目を閉じて最後の時を待った。

 が、その瞬間はいつまでたっても訪れない。

 恐る恐る目を開けたそこに見えたのは、重低音を立てて倒れる魔獣と、木の棒を持った一人の青年の姿だった。


                              ※


 荒野を半日以上探索し、夜が明けた頃にようやく見つけた村は既に滅んでいた。

 落胆しつつも、何か役に立つものがあるかもと廃村の中に入ったのが小一時間前。

 魔物が闊歩する中、戦闘を繰り返しながら探索を続ける。

 生き残りもおらず、アイテムや装備として登録されるようなものもない。

 それでもめげずに探索を続けていたとき、モンスターに襲われている少女を発見した。

 考えるよりも先に体が動き、少女とモンスターの間に割り込んでいた。

 

 魔物自体はすぐに倒せたものの、この状況はどうしたものか。

 ボロ布をフードのように目深に被った少女は、突然の乱入者に驚き戸惑っているようで、一言も言葉を発さない。

 押し黙ったままの少女に、手招きで崩れかかった建物の中へ導かれる。

 かつては民家だったと推測されるそこには、辛うじて寝泊まりできる程度の家具が残っていた。

 体に着いた埃を払い、埃っぽい室内で少女と向き合う。


 「君の、名前は?」


 「ナルク」


 ナルクと名乗った華奢な少女は、薄い朱色の髪がよく似合う繊細な顔立ちをしている。

 泥や埃にまみれていなければ、相当な美少女だっただろう。


 「俺は……ほ、ほたて」


 自分の名前を名乗ろうとしたのに、口から出たのはゲームのそれで。

 

 「ほほたて?」


 「ほたて……です」

  

 もう一度やってみても、やはりほたてとした言えない。まさか、強制的にゲームの名前を名乗らされるとは。


 「変な名前」

 

 珍妙な名前を聞いたナルクは、一泊の間を置いてからくすりと微笑んだ。

 こっちだって好きでこんな名前になったんじゃないやい。

 けど、ナルクが笑ってくれてよかった。

 

 少し打ち解けた俺達は、互いの境遇を話しあった。

 とは言っても、こちらは異世界から来たなんて言える訳も無く。単に当ても無く彷徨っている旅人だとしか話せなかった。


 ナルクの口から語られたのは、想像非常に悲惨な境遇。

 それと比べれば、親も友達も生きているはずの俺は随分恵まれている。

 この世界についても聞いてみたが、田舎の村人でしかないナルクが知っていることは少なく。

 特にモンスターについては、良く分からない恐ろしいものだとしか聞けなかった。

 

 「ほたては、食べないの?」


 考え込んでいると、ナルクが不思議そうな顔でパンの欠片を差し出してきた。褐色のパンは水気のない保存食のようで、さっぱり美味しそうには見えない。

 そういえば、ここに来てからは何も食べていなかった。今更気付いたけど、腹が全く減っていない。

 また、一晩中戦っても全く眠たくなっていなかった。この体は、食事や休息を必要としていないのか?

 痛みや死への恐怖もそうだが、ここに来る前と比べて体に明らかな変化が起こっている。戦うには好都合なのだが、妙に不気味だ。


 「どうかした?」


 虚空を見つめる俺を見て、怪訝そうに問い掛けたナルク。軽く手を振って否定してから、差し出されたままのパンに手を伸ばす。

 

 殆ど味のしない乾いたパンを食べながら、現状について考える。

 この世界が全てプログラムされたゲームの中なのか、ゲームの物理法則が通用する異世界なのかはまだ分からない。

 目の前にいるナルクは、プログラムされただけのNPCには見えなかった。

 表情こそ乏しいものの、声色や細かな仕草など、予め定められたものにはとても思えない。

 後者の可能性がある以上、あまり無茶な行動は控えていた方が良いだろう。

 特に、死んでも生き返る体質は隠し通さなければ。

 ゲームなら普通だが、普通に人が死ぬ世界では面倒なことになりかねない。


 次に考えたのは、自分に目覚めた技能について。

 何度かの戦闘を経て、『けいさん』についてもある程度は把握できていた。

 メニュー画面を開き、技能欄の『けいさん』に触れる。

 数秒程経った後、脳内には今までと違った情報が流れ込んでいた。

 ナルクはあと5分23秒後にパンを食べ終わる。建物の天井までは2m12㎝。太陽は後7間31分で東から昇り、体を休めるのに最も良い態勢は――

 雑多な情報が整理されずに流れ込んできて、少し気持ち悪くなる。メニュー画面をもう一度タップして、『けいさん』の発動を終わらせた。

 周囲の情報を自動的に取り入れ、計算し、結果を予測する。それが恐らく『けいさん』の能力。

 最初の戦闘で殺到する情報を自覚していなかったのは、無意識に必要な部分へ絞って力を使っていたのだろう。

  

 便利な力だが、必要な場合以外では使わないようにしていた。

 代償なのか、この力を使った後は酷いめまいと倦怠感に襲われる。

 今のように数秒なら問題ないのだが、最初に使った後は一時間近く何も出来なかった。


 レベルは10にまで上がったけど、覚えた特技は『けいさん』のみ。

 他に覚えられる技は無いのか、明らかにゲームバランスを崩すような技を何故覚えられたのか。

 暫し考え込んでみても、答えはまるで出なかった。


 ふと気が付くと、横になったナルクが目の前で寝息を立てていた。 


 「俺も、寝るか……」


 兎にも角にも、ゲームを前に進めなければ始まらない。

 その為に、今は休息を取ろう。

 何かの薄い切れ端を敷いただけの、半分穴の開いたベッドにごろんと寝転がる。

 精神的な疲れもあってか、思考はすぐに眠りへと落ちていった。

 意識が途切れる寸前に思い浮かべていたのは、元いた世界の暖かい毛布と柔らかい布団の感触だった。

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