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第十九話 混迷と困惑と

西の空で明星が光り始めた頃、帝国辺境の一角では、殺到する魔物を前に革命軍の兵士達が必死の防衛線を繰り広げていた。


 「もう限界です!」


 「ここを突破されれば、もう後が無いのだぞ!」


 唸り声を挙げながら殺到する魔物相手に、居並ぶ兵士達は必至に防衛戦を繰り広げている。


 「しかし、我々の力では」


 絶望的な状況を前にした兵士の一人が、弱々しい声を出す。

 それを上官が咎めようとしたとき、魔物の一体が防衛線を突き破って現れた。

 狼を思わせる魔物は、ぎらりと光る凶悪な爪を掲げて兵士達に襲い掛かかる。

 瞬時で命脈を絶つ一撃が今まさに振るわれんした、そのとき。

 鼓膜を震わせる轟音と共に、一筋の閃光が空気を切り裂いた。

 

 「な、何が……?」


 閃光に奪われた視界が戻れば、さっきまでこちらに襲い掛かろうとしていた魔物の胴体に大穴が空いていた。

 甲高い断末魔を挙げながら、魔物はゆっくりと大地に倒れ伏す。

 一瞬で仲間が葬られ、魔物達の動きが動揺したように静止する。

 呆気に取られる兵士達に、後方から声が掛けられた。


 「ここは俺達に任せて、貴方達は撤退して下さい」


 声の主は、まだ年若い青年だった。

 戦場にいるとは思えない程自然な服装で、武器と呼べるものは木刀しか身に付けていない。

 兵士長の脳裏に、宴席で聞いた他愛もない噂がよぎる。

 革命軍には、表に出ないシェイル姫直属の部隊が存在していると。

 少数の人員で構成された部隊の中には、木刀のみを武器にして戦う戦士がいるという。


 「しかし、二人のみでは」


 青年の後ろには、奇妙な鎧を纏った兵士が一名いるのみ。

 例え彼らが精鋭だとしても、押し寄せる魔物相手にたった二人では余りに頼りない。


 「これは、セーリット参謀の命令でもあります」


 「軍師殿が…… 分かった」


 平原の戦いで見せた見事な指揮から、セーリットは革命軍内で高い支持を得ていた。

 生身の姿を表に出すことは殆ど無かったが、それがかえって神秘性を上げているとか。


 「全軍撤退! 負傷者の救助を忘れるなよ!」


 兵士長の命令を受け、傷付いた兵士達が退いていく。

 鎧は泥や血で汚れ、進む足並みは例外なく重かった。


 「随分手酷くやられたみたいだな」


 よたよたと歩く兵士達を見送り、ぼつりと呟く。  

 朝焼けに照らされるその姿は、もの悲しさを漂わせていた。


 「魔物相手なら、手加減する必要も無いゴワス!」


 後ろから響いたガルの言葉で、しんみりとした空気が何処かへ吹き飛ぶ。

 両腕を砲塔に変えたガルは、今にも踊り出しそうなほど浮かれていた。

 ただの人間相手では全力が出せず、暫く鬱憤が溜まっていたのだろう。

 大地を埋め尽くす魔物を前にしても、怯むどころか戦意を高揚させている。


 「時々、お前の性格が羨ましくなるよ」


 「そんな、褒められると照れるでゴワスな」


 軽口を叩いている間に、魔物達の動揺も収まったようだ。

 同朋の死に怒りを覚えたのか、先程よりも魔物達の唸り声は強くなっていた。


 「さて、始めるか」


 「ゴワッ!」


 木刀を構え、殺到する魔物の群れと相対する。

 圧倒的な数の差を前にしても、負ける気は全く無かった。

                       

                             ※


 教国の宣戦布告から数週間が経ち、帝国内は稀に見る混乱の只中にあった。

 北方より侵入した教国兵は、革命軍帝国軍の区別なく襲い掛かった。

 攻撃は民間人にまで及び、魔法による焦土作戦は存在するもの全てを灰に変えた。

 この状況にあっても、帝国軍は革命軍に対する敵意を失わなかった。

 それどころか、この事態は革命軍が引き起こしたものとして糾弾し、更に攻勢を強めたのだ。

 そんな中、鳴りを潜めていた魔物達が再び帝国への進行を始めた。

 まるでこの時を待っていたかのような行動に、帝国内の混迷は収集不可能な段階にまで高まった。

 思惑の違う四者が入り乱れる状況の中、革命軍は自らの勢力地域を守ることしか出来ずにいた。

 

 「現在の帝国は、稀に見る混乱の只中にあります」


 革命軍の兵士達が集められた城の中には、シェイル姫の演説が響いている。

 城壁の上に立つ姫は、並み居る兵士達を前にしても堂々とした立ち振る舞いだった。

 無線機のような魔道具によって、姫の声は他の場所にいる兵士達にも届いているらしい。


 帝国南部の草原地帯に位置するルーツスカ城。

 帝国創世期に辺境の豪族に対する備えとして築かれたこの城は、数十年経った今でも城としての機能を保持していた。

 俺とガルは、この城の一室に部屋を割り当てられていた。

 寒々しい色の壁が露出した部屋の中は、簡素な机と寝台のみが置かれた殺風景なもの。

 豪華な家具に興味は無いが、客人を招くのにこれでは少し気恥ずかしい。


 「今朝のこと、あ、ありがとう」


 目の前に座るセーリットは、深々とローブを被ったまま頭を下げた。

 

 「何だか大変なことになって、遺跡に行くのが更に遠のいちゃいましたね」


 窓の外では、居並んだ兵士達が姫の演説に聞き入っている。

 俺達も本来ならあそこに混じって演説を聞いているべきなのだろうけど、あの文言は何度も聞いてるしな。

 散々練習に付き合わされたのだから、少しくらいサボってもばちは当たらない筈だ。


 「こ、この状況じゃ、仕方な、い」


 「今私達がすべきことは、無辜の民を救う事です」


 演説は山場を迎え、兵士達は身じろぎもせず姫の言葉を聞いていた。


 「き、聞いても、いい?」


 おずおずと問い掛けたセーリットの言葉に、無言で頷く。


 「貴女は、こ、怖くないの? た、戦っているのが」


 「怖くないって言えば、嘘になるかな」


 嘘だ。

 今の今まで、俺は全く恐怖を感じていない。

 この身より遥かに大きな魔物を相手にしても、凶悪な破壊力を持った魔物に襲い掛かられても、心中はまるで揺らいでいなかった。

 正直、あちらの世界でゲームをしていた時の方がもう少し興奮していたかもしれない。

 命の危険がないにしても、何故ここまで冷静になれるのだろう。

 時々、自分が恐ろしくなる。


 「そうなんだ、す、凄いね」


 「セーリットさんは、怖いの?」


 「む、昔……私は、大きな、ま、間違いをしてしまったから」


 セーリットは項垂れながら、ゆっくりと語り出した。

 自身の過去と、自身の過ちを。 


 下級貴族の娘として生まれたセーリットは、幼少時から他に類のない頭脳を持っていた。

 飛び級に次ぐ飛び級で進学を重ね、僅か十五歳で最高学府に到達していた。

 だがその類稀なる才覚は、臨もうと望むまいと他者の注目を惹くことになる。

 本人の希望とは裏腹に、彼女は半ば強制的に帝国軍へ入隊させられ、指揮官になるべく教育を施された。


 そこでも彼女は才能を発揮し、特に模擬戦闘においてはではただ一度の敗北も経験しなかった。

 丁度その頃、教国に程近いある地域で、少数民族の反乱が起きた。

 軍学校を卒業したてだった彼女は、初任務としてこの反乱鎮圧に派遣された。

 所詮彼女の頭脳をもってすれば、どうあっても負けはあり得ない戦いだと思われた。

 だが――


 「何も、出来なかったの」


 彼女は、初めて経験する実戦に呑まれてしまった。

 自分の指示一つで、容易く人の命が失われる。

 その重さは、彼女の想像以上のものだった。


 結果、反乱は多くの犠牲者を出してようやく収まった。

 彼女が指揮を執った小隊は、その殆どが戦死した。


 「し、シェイルが、助けてくれたの」


 小さな頃からの幼馴染だったシェイルの助けで、大きな処罰を下されずに済んだ。

 だがセーリットが受けた傷は、容易く治るものではなかった。


 セーリットは軍を辞め、たった一人で山に引き籠ることになる。


 「俺のしたことは、余計なお世話じゃなかったですか?」


 そんな事情を知らず、俺は無神経に彼女を連れ出してしまった。


 「う、ううん。 いずれ、の、乗り越えなければなら、ならないことだったから」


 「今こそ私達は、一つになってこの難局を乗り越えなければならないのです!」


 演説が終わり、城内は歓声に包まれる。

 熱狂する兵士達の声も、今は耳に届いていなかった。


 「だ、だから今はね、貴方に感謝しているの」


 「そんな、俺は」


 俺はただ、自分の目的を果たそうとしただけだ。

 なのに……


 と、廊下が俄に騒がしくなり、こちらに向かってくる大きな足音が聞こえた。


 「ほたてー!」


 ドアを突き破るような勢いで現れたのは、いつもの大きな帽子をかぶったユイカ。


 「ユイカ!? どうしてここに?」


 王国にいる筈のユイカが目の前に現れ、脳内の思考が停止する。  


 「オレのことはいい、それより大変なんだ!」


 「こ、この方、は……?」


 突然の来訪者に、セーリットもきょとんとした表情で固まっている。

 ユイカはこちらに詰め寄り、今にも掴み掛らんとした勢いで叫ぶ。


 「ナルクが、ナルクが攫われた!」 


 「え……?」


 止まったままの思考は、暫く動き出しそうになかった。

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