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第十五話 頂に潜むもの

 俺達に割り当てられた家は、如何にも田舎の民家といった様相だった。

 築十年くらいだろうか、石造りの壁面には所々小さなヒビが入っている。

 普段なら最低限の家具しか置かれていない殺風景な室内も、今日ばかりは様子が違っていた。


 「そう警戒しないで下さい、ただ話をしたいだけなのですから」


 素朴な椅子へ優雅に腰かけたシェイル姫は、穏やかな表情を浮かべている。

 相も変わらず纏った純白のドレスからは、殺風景な民家をも豪華な王宮へ錯覚させそうな高貴さが溢れている。

 地下室の時もそうだが、シェイル姫の服装は常に完璧だ。

 革命軍の旗頭である以上、ある程度格好を整えなければならないと思うが、そこまでする必要はあるのか。

 完璧過ぎる華麗さを前に、慣れていないこっちはどうしても緊張してしまう。


 「護衛はいいんですか?」


 普段とは違い、姫はたった一人で目の前に座っている。

 ……確か名前は、アルバースとか言ったかな。

 あのとき傍で目を光らせていた壮年の男性は今、家の外で会話が終わるのを待たされている。

 屋内に入るとき一瞬だけ目が合ったが、人一人は軽く刺し貫けそうな鋭い視線を向けていたっけ。


 「良いのです、貴方を信用していますから」


 「……殺し文句ですね」

 

 普段であれば舞い上がってしまいそうな台詞も、心から受け取れない。

 極めて穏便に会話している筈なのに、心のどこかで警報が鳴り響いていた。

 目前の相手は、ただ会話を楽しむ為に訪れる訳が無いと確信していたから。


 「これまでの働き、本当に感謝しています。貴方のお蔭で、私達は再び反抗の機会を得られました」


 「どうも」 


 意味の無い称賛よりも、さっさと戦いを終わらせてもらった方が嬉しい。

 裏方仕事に不満は無いが、そろそろナルク達も待ちぼうけているだろうし。


 「今日私がここに来たのは、前線で戦う革命軍兵士の士気を高めるため。……そして、もう一つ」


 話の途中で、姫の表情が険しいものに変わる。

 室内の空気が変わり、不穏な気配が肌を刺す。


 「ほたてさん、貴方に頼みたいことがあります」


 真摯にこちらを見つめる姫の瞳は、一点の曇りも無く金色に輝いていた。


                             ※


 白い雪が色濃く残る山道を、足を踏み外さないように歩いていく。 

 ふと後方を見れば、今朝出発した村が小さな点にしか見えなかった。

 正確には分からないが、今の標高は軽く2000mを越えているだろう。

 気温は明らかに下がっており、吐く息は真っ白に染まっている。

 酸素の薄さも加わって、普通なら歩くだけでもかなりの負担がある筈だ。

 こっちに来て体が頑丈になった俺と、そもそも呼吸しているのか怪しいガルには関係なかったけど。


 「まだ着かないでゴワスか?」


 一向に変わり映えのしない景色にうんざりしたのか、肩を落としてガルが呟く。


 「お姫様の話によれば、山の頂上付近らしいぞ」


 「先は長いでゴワスなぁ」


 シェイル姫から頼まれたのは、ある人物を連れてくること。

 何でも、かつては帝国中で名の知られていた軍略家だが、あるときを境に前線から去ったとか。

 そんな人間が、何故こんな場所に引っ込んでいるのだろう。


 「あれは……?」


 と、進路上に木造りの小さな看板が立っていた。 

 近づいて文面を確かめてみると、そこには派手な赤い字で、『警告! ここから先に進むな!』と書かれていた。

 周囲を見れば、似たような文句が書かれた立て看板が乱立している。


 「物騒でゴワスな」


 今警告されても、ここまで来てはいそうですかと帰れる訳が無い。

 看板を無視し、更に険しくなった山道を歩き出した、そのとき。


 「うわっ!?」


 地面に大穴が開き、足元の感覚が無くなる。

 突如現れた穴の底には、先端をぎらぎらと光らせる尖った槍が隙間なく敷き詰められていた。


 「ほたて殿!?」


 「……だ、大丈夫」


 駆け寄って来たガルに対し、片手で木刀にぶら下がった状態で答える。

 身体が槍に貫かれる寸前、咄嗟に木刀を穴の壁面に突き刺していたのだ。

 

 「まさか、こんなものがあるとはな」


 木刀を足場にして跳躍し、穴の外へ逃れる。


 「これはもしや、件のお方が?」


 「今の所、それ以外に可能性は無いな」


 服に付いた泥を払い、大穴の周囲を見渡す。

 時折ごつごつとした岩が転がる地面は、薄い山霧に覆われて霞んでいた。

 一度引っかかってみると、あらゆる部分が怪しく思える。

 進むにしろ退くにしろ、ここは慎重に。


 「一旦戻って、姫と相談を――」


 「待て!」


 気弱に呟いたガルがおもむろに踵を返した、そのとき。


 「ゴワッ!?」


 紐の切れる軽い音がしたかと思った瞬間、足元で木材が跳ね上がり、地面に埋まっていた岩がこちら目掛けて飛来していた。

 

 「ゴワーッ!」


 ガルは驚きながらも腕を破砕球に変化させ、正面から大岩を粉砕していた。

 岩の破片が飛び散り、ガルの体に当たってこつこつ音を立てる。 


 「び、びっくりしたでゴワス」


 ガルだからびっくりで済んだが、普通の人間ならこうはいかない。

 さっきの落とし穴といい、間違いなくこっちを殺しにかかっている。

 あっちにどんな理由があるかは知らないが、俺達にここまでされる謂れはない。


 「こうなったら、意地でも先に進んでやる」


 「ほ、ほたて殿!?」


 元々は気の乗らない頼みだったが、ここまでやられて黙っているのも腹立たしい。

 胸の奥には、燃えるような戦意がふつふつと湧き上がっていた。


                       ※


 西の空が赤く染まり始めた頃、俺達はようやく山頂に着こうとしていた。

 既に出発してから半日以上が過ぎ、眼に下広がる白い雲が地上の景色を覆い隠している。 


 「やっとか」


 澄んだ空気に満ちた山頂付近の景色は、岩と氷ばかりの殺風景なもの。

 丈の短い雑草が僅かに生えているのみで、動くものの気配は俺達以外に無い。

 そんな場所の一角、平らな地面が広がる台地に一軒の小さな小屋が建っていた。


 「つ、疲れたでゴワス……」


 罠の猛攻は、あの後も途切れることなく続いた。

 飛んでくる矢を避け、落ちてくる岩を砕き……様々な罠へ対処しながら進んでいたから、余計に時間が経ってしまった。

 今のレベルなら別に当たっても害はない筈なのだが、鬱陶しいことに変わりはない。

 相手がどんな偉い軍師かは知らないが、文句の一つも言わなければ気が済まなくなっていた。


 「すみません、シェイル姫の使いで来ました」


 表札の無い家には明かりも着いておらず、中からは物音ひとつ聞こえない。

 姫は、自分とは古い友人だから名前を出せば必ず反応すると言っていた。

 が、屋内から返事は無い。


 「あのー!」


 何度も扉を叩いて呼び掛けるたのの、やはり反応は無かった。


 「不在でゴワスか?」


 もしくは、居留守を決め込んでいるか。

 冗談じゃない、ここまで来て手ぶらで帰れるか。


 「こうなったら、扉を破ってでも――」


 痺れを切らして物騒な考えを口にした、そのとき。

 目の前の扉が、音もなくゆっくりと開いた。

 暗闇に包まれた屋内で、ゆらっと何かの影が動く。

 現れたのは、ぞわぞわした黒い何かに包まれた大きな塊。


 「も、物の怪でゴワスー!?」


 形容しがたい物体を目前にし、ガルは大きく驚いて両手を挙げながら走り去ってしまった。

 呼び止める間もなく視界から消えたガルを放っておき、目の黒い塊に向き直る。


 よく見れば、それは厚い毛布が積み重なったものだった。

 毛布の下からは、細い人間の足が覗いている。

 分厚い毛布を身に纏った人間が、そのまま移動していただけだ。

 

 「貴方が、セーリット・キルセス?」


 「……は、はい」


 毛布にくるまったままの人間は、消え入りそうな声量で静かに答えた。

 その声は、透き通ったか細い女性の物だった。

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