第十四話 革命の兆し
分厚い雲に月が隠されたある夜、帝国辺境に位置する古びた砦にて。
今回の反乱に際して改築されたこの砦には、百人近くを越す帝国兵が動員されていた。
周辺には闇夜を照らすように篝火が焚かれ、襲撃に備えて厳重な警戒がされている。
そんな中、警備に当たる兵士達は、項垂れた様子で顔を見合わせていた。
「聞いたか、例の噂」
「ああ、何でも知らない内に装備が壊されてるんだってな」
「しかも、大将までどっかに消えちまったってよ」
「やっぱり嫌なのかねぇ、皆さ」
大多数の国民にとって、反逆者との戦いは気が進まないものだった。
彼らが蜂起した理由は十分に理解出来るし、元々は同じ責め苦に耐えていた仲間なのだ。
少しでも事情が違っていれば、自分達が彼らの立場になっていただろう。
嫌気の差した誰かが反逆者に利する行動を取ったとしても、彼らに責める気持ちは無かった。
そんな兵士達の様子を、砦の最上階から冷徹に見つめる視線があった。
一際重厚な装備に身を包み、鎧の胸元に目立つ勲章を付けた中年の男。
彼はこの砦で最も地位の高い帝国軍人であり、砦全体の指揮を執る立場にあった。
「報告致します、周囲に敵影はありません」
「反逆者どもの動きが活発になっているようだな、警戒を怠るなよ」
部屋を訪れた伝令に、男は振り返ることなく命令を下す。
「はっ!」
「全く、弛んでおるな」
伝令が去った後、男は弛緩した様子で警備を続ける兵士達を見つめ、険しい口調で吐き捨てた。
辺境に逃げ込んだ反逆者の残党など、数日もせずに制圧できて当然だった。
しかしここ数日、帝国軍は連戦連敗を期している。
弱兵しかいない筈の反逆者達が、各地で帝国軍を打ち破っているのだ。
状況を確認しようにも、落ち延びてきた兵士達は訳の分からないことを喚くのみ。
やれ知らぬ内に武器が壊れただの、やれ指揮官が真っ先に逃亡しただの、全く要領を得ない。
元々軍人でなかった者達を動員したのだから、ある程度の不都合は許容しよう。
だが、ここ最近の様子は目に余る。
ここは見せしめに何人かを処刑して、部隊の綱紀粛正を図るべきか――
男が不穏な考えを巡らせていたとき、不意に燭台の光が消え、室内は一瞬で闇に包まれた。
「な、何だ?」
自身の姿さえ見えない暗闇の中で、男の動揺した声が響く。
もし闇の中を見通す目を備えていれば、男は驚愕で叫び声を挙げていただろう。
木刀を構えた青年が、いつの間にか正面に現れていたから。
「がっ……!?」
影のように接近した青年は、木刀を男の額に突き立てた。
衝撃が頭中を貫き、痛みを感じる間も無く男の意識は消失していた。
※
砦から少し離れた草原で、背負っていた男を地面に降ろす。
何度かの練習の末、『けいさん』使用中でも相手を殺さずにいられるようになった。
別に帝国兵の命に関心は無いが、無駄な殺生は避けたい。
ふと砦の方角を見れば、武器が全て壊されたことに気付いた兵士達が騒ぎを起こしている。
恐らくこれで、砦の戦力はほぼ壊滅しただろう。
後は反逆者……じゃなくて革命軍が、この砦を攻め落とす手はずになっている。
指揮官と武装を失った烏合の衆相手なら、練度の劣る民衆側でも楽勝だ。
この手段を使い、革命軍側は既に十を超す拠点を占拠していた。
連戦連勝の革命軍側には、帝国軍からの帰参兵も増えているとか。
こっちは面倒なことをせずに正面から帝国軍を壊滅させたいけど、シェイル姫がそれを許してくれない。
革命はふらっとやって来た他人ではなく、帝国の民衆によって為さなければ意味が無いという。
民衆自らが帝国を変えたいと強く望み、自分達の力で革命を為したという事実を共有して欲しいとか。
そうでなければ、例え革命を為したとしても、すぐにまたばらばらになってしまうだろうと。
理屈は分かるけど、面倒なことには面倒だ。
「はぁ……」
一つ溜息を付いてから、今日の寝床へ歩き出す。
雲は空を覆い続け、晴れる気配は微塵も無かった。
※
歩き続けている内に夜は明け、到着した村は朝靄に包まれていた。
ここは帝国内でもかなり辺鄙な場所らしく、帝都どころか王都と比べてもかなり長閑な風景が広がっている。
馬車の轍がはっきりと残るあぜ道を歩きながら、なんとはなしに姫から聞かされた話を思い返す。
かつて俺達が訪れた遺跡のように、この大陸には古き時代の遺産が多く眠っている。
女神教の教えでは『古きものの眠りを覚ましてはならない』とされており、半ば観光地化していた王国の遺跡でも、中までは人の手が入っていなかった。
しかし、帝国は違った。
歴史の浅い帝国には、女神教の信仰がそれほど広まらなかったのだ。
それでも、まだ採掘技術が未熟な時代であればそれ程問題は無かった。
だが歴史が進むにつれ、地下深くに掘られた遺跡の中を探索出来る技術が開発されたのだ。
タブーの無い帝国は次々と遺跡を探索し、様々な遺産を発見した。
その中でも特に有名なものが、帝国最大の山岳地帯に位置するガルトレス遺跡。
標高5000mを越す場所に入り口が発見されたこの遺跡は、遺跡の中でも最大の規模を誇り、五年近くを掛けてもまだ全貌が明らかにされていないとか。
表層部には何に使うのか分からないガラクタも多いが、深層には想像を絶する凄まじい遺産が眠っているとか。
それこそ、今までの常識を根底から覆すようなものが。
現在運用されている魔導兵器ですら、推測されるかつての技術水準からすれば掃いて捨てるようなものだという。
残された技術の全てを本格的に運用出来れば、帝国は大陸全てを掌中に収めるだろう。
帝国にとって遺跡は生命線であり、最も重要な存在だ。
そんな場所を、見ず知らずの旅人に調査させる訳が無い。
どうしても入ろうとすれば、真っ向から帝国軍と相対することになる。
勝つには勝てるかもしれないが、世紀の大虐殺者になるつもりはない。
ゲームクリアの条件がまだ不明な今、派手な行動は控えるのが賢明だ。
そんな訳で、今はシェイル姫の革命計画に協力していた。
革命が成った暁には、ほぼ無条件で遺跡を調査させてくれるらしい。
そのガルトレス遺跡とやらで、クリアに繋がるヒントが見つかればいいけど。
「ゴワッ! そこは駄目でゴワス!?」
と、聞きなれた声が耳に届き、おもむろに足を止める。
「動いちゃダメだってばぁ」
「ぷにぷにで気持ちいいー」
「がんちゃんのおめめって、なんで一つなの?」
村の一角、様々な荷物が無造作に置かれた広い場所で、ガルが子供達に囲まれていた。
その何ともいえない外見から、ガルはあっという間に子供達の人気者となった。
隠密行動に向いていないガルは殆ど留守番であり、触れ合う時間が多かったのも大きいのだろう。
「ほたて殿! た、助けて……」
「こわいお兄ちゃんが来た!」
「逃げろー!」
ガルとは対照的に、こちらの子供受けは極めて悪かった。
特に原因は無い筈だが、いつの間にか恐怖の対象になっている。
まあ、寄り付かれても鬱陶しいから丁度いいけど。
「元気なのはいいでゴワスが、あちこち触るのは勘弁でゴワス」
具合を確かめるように体を撫でるガルを伴って。割り当てられた家へと向かう。
今の俺達はシェイル姫直属扱いとなっており、革命軍の中でもそこそこ良い待遇を受けていた。
「ガルは楽しそうでいいよなぁ」
「そんなこと無いでゴワスよ!」
二人で他愛ない話を続けながら歩いていたとき、進む先で大勢の村人達が集まっている光景が見えた。
「何だろう……?」
集まった村人達の中心にいたのは、純白のドレスを身に纏った金髪の女性。
優雅な動作で村人に話し掛ける姿は、周囲の空間さえも変質させてしまいそうな気品と高貴さを伴っていた。
見間違える筈もない、あれは――
「お久しぶりですね、ほたてさん」
こちらを目ざとく見つめ、ゆったりと微笑むシェイル姫。
普通の男なら飛び上がって喜ぶ美貌を見ても、俺には嫌な予感しか浮かんでいなかった。