第十三話 亡国の姫
灰色の壁に囲まれた地下室には、必要最低限の家具が並んでいるのみ。
そんな中にあっても、目の前の女性から放たれる気品は圧倒的だった。
まるで、ここが高級ホテルの一室かと錯覚するほどに。
「まずは、説明も無いままに連れてきた非礼を詫びねばなりませんね」
「私はシェイル・カイオス。かつてはカイオス帝国第一皇女と呼ばれていました」
シェイルと名乗った女性は、優雅な動作で頭を下げた。
「ほたてです」
「ガルガンチュアでゴワス」
それを受け、こちらも名乗ってから頭を下げ返す。
かつてって言ったけど、今は違うのか?
純白のドレスを纏った格好は、どこからどう見てもお姫様にしか見えないけど。
「貴方をここに連れてきた第一の理由は、我々のせいであらぬ疑いを受けてしまったからです」
「反逆者がどうとかですか?」
黒服の男は、俺達をそんな風に呼んでいた。言葉通りに受け取れば、体制側に刃向う者達になる。
道を歩いていただけで疑いを受けるとは、帝国はそれ程荒れているのか。
「……貴方は、この国の現状についてどれだけご存じですか?」
「正直詳しくは知りません、最近第二皇子が死んだことと、魔物と戦い始めたことぐらいです」
第二皇子の死については知っているどころでないのだが、この状況では言えないよな。
「帝国は現在、反体制側と皇室側による内乱状態の只中にあります。知らないのも無理はありません、皇室側はこの状況をひた隠しにしていましたから」
二週間程前に起こった反体制運動は、凄まじい勢いで帝国全土に拡大した。
全盛期では、全国民の四分の一近くが皇室に反旗を翻していたそうだ。
未曾有の事態を受け、体制側は過敏に反応。
反体制側に加わらなかった一般の市民は殆どが強制的に徴兵され、魔物との戦いや治安維持に駆り出されているという。
だから街に人が少なかったのか。
「科学技術の発達により、我が帝国は近隣諸国と比べても比類なき発展を遂げました。しかし、それは歪なものでした」
魔法と科学を組み合わせた魔導など、近年の帝国は高い技術力によって飛躍的に国力を高めていた。
だが、あまりに急速な発展は様々な軋轢を生む。格差の増大や環境汚染は民衆を苦しめ、皇室への不満は増大した。
「第二皇子であるキルオティスン・レム・カイオスが王国侵攻中に討たれたことで、その不満は爆発したのです」
元々王国侵攻は、皇室が自身の人気を回復する為無理に行ったもの。
そもそも戦争を行えるような余裕は無かったし、魔物の被害から立ち直っていない王国に攻め入るのは道義に反すると考えられていた。
多くの国民の反対を押し切って行われた遠征が無残な結果に終わったことは、国民が立ち上がるきっかけとして十分だった。
「第二皇子の死が伝えられるとほぼ同時に、帝国は魔物の襲撃を受けました。前々から蜂起の時を伺っていた民衆の一部は、それを好機として体制側に反旗を翻したのです」
魔物の襲撃を受け、帝国軍は半数以上を国境付近の砂漠地帯に向かわせていた。
帝都中心に位置するケイオス城の守りは、普段の半分以下しか存在していなかった。
「当初の予定では、手薄になったケイオス城を一気に制圧し、王族を掌中に納める作戦でした」
が、帝国軍の実力は民衆側の予想以上だった。帝国が配備していた最新式の魔導兵器は、数的不利をあっさり覆す程の力を持っていたのだ。
民衆側は前段のケイオス城制圧段階で手間取り、魔物討伐を終えて帰還した部隊との間で挟み撃ちを受けてしまった。
結果、反乱に参加した者はその多くが捕らえられた。特にその中で元々の地位が高かったものは厳しく罰せられ、一族郎党に至るまでが無残に処刑された。
「しかし、私達は諦めた訳ではありません」
体制側の執拗な取り締まりをどうにか生き延びた民衆達はこうして地下に潜り、再び反旗を翻す時を伺っているという。
事情は大体察せたが、大きな疑問が残っている。
「一つ、聞いてもいいですか」
「ええ、構いません」
「貴方は帝国の姫なのに、どうして反逆者側に……? 自分の国を滅ぼすために戦うなんて、普通は考えませんよね」
亡国の姫が敵国の内乱に手を貸す展開はゲームなんかでよくあるが、自国を崩壊させるために戦うお姫様なんて聞いたことがない。
「貴様、無礼であるぞ!」
進み出ようとした壮年の男を片手で静し、姫は凛とした表情で語り出した。
「ええ、私は確かに帝国の姫です。ですがその私から見ても、今の帝国は末期症状を迎えています。むしろ、内部にいたからこそ歪みが良く分かりました。自らの国だからこそ、今ここで愚かな行いを止めねばならぬのです」
多少綺麗事すぎる気がするけど、理屈としては通っている。
それが本心なのかどうかは、多分聞いても教えてもらえないだろう。
「それと、俺をわざわざここに連れてきたのは、さっきの理由だけじゃないですよね」
ただ勘違いで連行されそうになった人を助けるだけなら、そのまま街の外にでも逃がせばいいだけだ。
危険を犯してまで姫に会わせる必要はない。
「流石に察しが良いですね」
感嘆したように瞠目した姫は、少し時を置いてから重々しく口を開いた。
「私達の仲間が、貴方の戦いを目撃しているのです。十を超す魔物の群れと相対しながら、たった二人で殲滅したその実力を」
出来るだけ街の近くでは戦闘しないように気を付けていたつもりだったが、見られていたのか。
まあ、ガルの戦いは嫌でも目を引くし、こっちも戦闘中にいちいち目立たないようにとか考えてなかったからな。
ここまで連れてきたのは、戦力として利用するためか。
遺跡を探すつもりが、とんでもないことに巻き込まれてしまったようだ。
別に帝国がどうなろうが興味ないけど、この状況で帰してくれなんて言えないよなぁ。
べらべらと自分達の内情を喋ったのは、ここで断る選択肢を無くす為だろう。
もし拒絶すれば、部屋の奥に控えている男達が瞬時に襲い掛かってくる筈だ。
勿論負ける気はないが、無駄な殺生は避けたい。
話を聞く限りだと、彼らが行動を起こした原因の一端は俺にあるしな。
あそこで第二皇子を殺していなければ、彼らの反乱はもっと違った展開になっていたかもしれない。
まあ、そこまで背負い込む必要は多分無いんだけど。
「宜しければ聞かせて下さい、貴方はここを何の目的で訪れたのですか?」
「遺跡を、こいつが埋まってた遺跡を探してるんです」
「ゴワッ!?」
いきなり話を振られたガルは、驚いたように体を震わせた。
というか、お前今寝てなかったか……?
「それは、どういう……」
困惑する姫に、簡潔に俺達の事情を伝える。
流石にゲーム関連の事は言えないが、隠されし宝を探している事、そのヒントが遺跡にあるかもしれないことなど。
姫は、深刻な顔で話を聞いていた。
ガルが遺跡に埋まっていたと聞いては流石に驚いていたが、ガルの出鱈目な変形を目にして納得せざるを得なかったようだ。
何でもこの世界には魔力で作った人形が存在しているらしく、ガルの生態はそれに似ているとか。
最も、ガルのように自立して行動出来るものはまだ開発されていないらしいけど。
こちらの話を聞き終えた姫は、暫し考え込むように瞑目してからゆっくりと口を開いた。
「貴方達の目的を達するためには、現体制を打倒しなければなりません」
「え……?」
今度は、こっちが困惑する番だった。
「帝国の技術は、他国と比べても圧倒的な速度で発展しました。まるで、何かに導かれているように」
薄目で遠くを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ姫。
神秘的な様子は、まるで神話を伝える語り部のよう。
「貴方が言った隠されし宝、それこそが帝国を発展させる礎となったのです」
その言葉は、俺達を新たな戦いに導くものだった。