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第十二話 灰色の街で

 切り立った崖に囲まれる谷の中は、常に激しい風が吹き荒れている。

 落ち窪んだ黄金色に輝くまん丸いお月様の光も少ししか差さず、視界の殆どは暗闇が支配していた。

 この道を暫く進めば、明日の朝には目的地へ着くはずだ。

 と、俄に周囲が騒がしくなり、数体の魔物が崖を駆け下りてきた。 

 咆哮を挙げつつ登場したのは、猿の頭に獅子の胴体、蛇の尻尾を持った奇妙な魔獣達。

 更に頭上では、体長4m程の巨大な蝙蝠が何匹も甲高い声を響かせていた。

 その数、合わせておよそ十体。


 「ゴワッゴワッ、大量でゴワスな」

  

 背後で楽しげに声を発したのは、唯一の同行者であるガルガンチュア。

 突如現れた魔物の群れに対しても、全く怯むことなく戦意を露わにしていた。


 名前の件だが、女神さまにありがたく教えてもらった通りのガルガンチュアに決まった。


 「そっちに行ったぞ、ガル!」


 ガルガンチュアでは長いので、普段はガルと呼んでいるけど。


 俺に目標を定めた獅子頭達に対し、蝙蝠達はガルを狙うことにしたようだ。

 数体の蝙蝠が、左右に大きく伸びた翼を羽ばたかせてガルへ急降下していた。

 大きく開かれた口からは、ぎらぎらと光る二本の長い牙が突き出している。


 「いくでゴワス!」


 ガルが気合いを入れた次の瞬間、細長い銀色の腕部がぼうっと発光し、粘土のように目まぐるしく形を変えていく。

 瞬時に筒状の砲塔を為した右腕から、耳を劈く轟音を伴って光弾が放たれた。

 連射された光弾は、狙い澄ましたように飛来した蝙蝠達へ向かっていく。

 正確に蝙蝠を直撃した光弾は、激しい閃光と共に炸裂した。

 光が収まったそこに、蝙蝠の姿は塵一つ残っていなかった。 


 「お前、やっぱりロボットだろ……」


 変形といい武器といい、やっぱり前の世界で見たロボを思い出す。

 正面の猿頭をきっちり倒した後、木刀を腰に納めてからガルに話し掛ける。


 「ろ……何でゴワス?」


 とぼけた声で振り向いたガルは、やっぱり間の抜けたゆるキャラにしか見えなかった。


                                  ※


 砂漠や森林など様々な気候の地域が点在するドルガード王国とは違い、カイオス帝国は険しい山岳地帯が国土の大半を占めている。

 首都であるここトゥールロスも、標高1,500mを越す高い山の中に位置していた。

 そのせいか建築様式も随分違っており、レンガ造りや木造が目立つ王国と比べ、こちらは鉄筋制の頑丈そうな建物が目立つ。

 デザインは統一された個性の無いものが多く、色彩も黒っぽく地味だ。

 しかし設備は整っているようで、暖房らしき煙突がほぼ全ての建物に取り付けられていた。  

 煙突から出る灰色の煙が、空を覆う灰色の雲に溶けていく。


 「こっちは随分発展してるんだな」


 ぼんやりした街灯の明かりが照らす道を歩きつつ、誰に聞かせるでもなく呟く。

 敷石に覆われた道路や、白い蒸気を挙げて走る三輪車など、帝国の技術力を思わせる光景は街の至るところに存在している。

 以前戦った魔導兵も、この世界ではかなり発展した技術に入るらしい。


 ここを訪れたのは、隠されし宝とやらに関する情報を手に入れたから。

 ガルを買った露天商から、仕入れ先として帝国の名前が出て来たのだ。

 何でもガルは、帝国で発見されたある遺跡に埋まっていたとか。

 正直眉唾物だが、ガルが隠されし宝に関わっているかもしれない以上放ってはおけない。

 隠されし宝を探すことが、与えられた唯一のヒントなのだから。


 「で、どこに埋まってたんだ?」


 「申し訳ない、覚えてないでゴワス……」


 「いや、冗談だって」


 本気で肩を落とすガルに、慌てて励ましの言葉を掛ける。

 ここにユイカやナルクがいれば、軽快な相槌を期待出来たけど……

 

 王国から帝国までの距離や、現在帝国が魔物と戦闘していることを鑑みて、今回の旅にはガルだけを連れていた。

 二人の説得には大分苦労したが、お土産を買ってくることと、帰って来てからそれぞれ一つ頼み事を聞くことで決着した。

 ナルクはともかくユイカに何を吹っ掛けられるかは心配だけど、今は考えないようにしよう。

   

 今の所、ガルは魔物に対して高い戦闘力を誇っていた。

 本人(?)曰く、「あれを相手にすると体が勝手に動くでゴワス」との事。

 鈍重な体に見合わぬ機動力と多少やり過ぎなくらいの火力で、縦横無尽の活躍を見せている。


 「さて、遺跡はどっちだろう」


 さっきから感じていたけど、首都の割に街を歩く人が少ないような。

 魔物と戦ってるらしいし、色々と余裕が無いのだろうか。


 「おい、そこのお前!」


 と、誰かに呼び掛けられて振り向く。

 俺達の少し後ろにいたのは、詰襟の堅苦しい服を纏った中年の男。

 

 「お前、そいつは何だ」


 黒い服の男はガルを指差し、高圧的な態度で問いかけてきた。

 こっちはもう慣れたが、やはり初めてガルを見た人は驚くようだ。


 「何って……何でしょう?」


 正直な所、未だにガルが何なのかはさっぱり分からない。 

 高い戦闘力や魔物に対する敵意からなんとなく正体は察せられるけど、本当の所はまだ不明だ。

 それを知る為にも、さっさと遺跡に行きたいのだが。


 「俺に聞くな!」


 男は至極当然の反応を返してから、目を細めてこちらを睨んだ。


 「ええい怪しい奴め、貴様も反逆者か!」


 聞きなれない単語を叫んだ男は、おもむろに腰の長い筒をこちらに向けた。

 黒色の筒は見たことも無い形だが、男の様子から何となく用途に想像が付く。 

 臆面も無く放たれた敵意を受け、腰に差した木刀を抜こうとした、そのとき。

 

 「下がれ!」


 誰かの声が響き、俺達の間にボールのような丸い何かが投げ込まれる。

 次の瞬間、突如ボールが破裂し、周囲一帯に白煙が立ち上った。

     

 「な、何が起こったでゴワス!?」


 「着いて来い!」


 状況を把握する前に、誰かに腕をぐいっと掴まれた。

 何が何だか分からない内に、身体を引っ張られてしまう。


 「ま、待つでゴワスー!」


 「……何が、起こっ……たのだ!?」


 去っていこうとする俺を見て、慌てて後ろを追ってくるガル。

 煙を吸い込んでむせたままの男を残し、俺達は何処かへと走らされていた。


                         ※

 

 薄暗いじめじめとした通路の中央には、ひたひたと緩やかに水が流れている。

 ここは地下水路だろうか、さっきは慌てていて分からなかったけど、何か重たい扉を開けていたような。

 大分離れた間隔で並んだカンテラが、頼りなく周囲を照らしていた。


 「暗い所は苦手でゴワス……」

 

 「いったい、何がどうなってるんですか?」


 「もう少しだ」


 俺達を先導しているのは、冷徹な雰囲気を漂わせた壮年の男性。

 高めの身長に肩まで伸びた黒い長髪、薄汚れた灰色の服を纏い、さっきの男が持っていたものと似たような筒を構えている。

 問いに返事の無いまま暫く歩かされた後、通路の突き当りに大きな扉が現れた。

 

 男がゆっくりと扉を開いた瞬間、目の前の空間が開け、一気に白い光が視界を覆った。

 暗闇に慣れていた目が変化に驚き、焦点が定まらない。

 

 「ご命令通り、男をお連れしました。余計な者もいるようですが」


 声と気配だけしか分からないが、壮年の男は部屋の隅に消えたようだ。


 「ありがとうございます」

 

 一面真っ白な世界で、誰かの凛とした声が聞こえた。 


 「初めまして、ですね」 


 ようやく開けた視界でまず目に入ったのは、宝石のようにきらきらと光る金の髪。

 目の前にいたのは、椅子に座る一人の女性。

 年の頃は同じくらいだろうか、一枚の絵画と錯覚する程整った顔立ちは、それ自体が光を放っているようだ。

 出来過ぎなくらい可憐な純白のドレスも、彼女が着ればそれが当然といった感覚に陥ってしまう。

 その佇まいは、地下室の殺風景な景色さえも優雅に染めているようだった。

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