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第十一話 白き来訪者

 遮るもののない陽射しが容赦無く照り付ける中、砂だらけの荒野を一人歩く。

 街から続く石造りの街道は、敷石が剥がれ途中で消滅していた。

 王都の外は、至る所が魔物の闊歩する危険地帯となっている。   

 今すぐ街の存亡が危機に陥る数ではないが、生身で外を歩くのは自殺行為と認識されている。

 行商人は隊列を組み、傭兵を雇ってどうにか通行の安全を確保しているそうだ。

 

 街を出て数分も経たないうちに、頭上に鷹のような巨鳥が現れた。

 こちらをを見つけた魔物は、真紅の羽を勢いよく羽ばたかせ、獲物を目掛けて急降下する。 

 迫りくる敵を前に、落ち着いて右手を翳し、昨日の光景を思い出す。

 すると、人一人は軽く呑み込んでしまいそうな火球が眼前に発生し、魔物を呑み込んで虚空へと飛んでいった。

 ――今の火球は、あの幽霊が放ったものだ。


                        ※


 最近ようやく修復された門から街に入り、宿屋への道を歩き出す。

 何度か戦闘を重ね、『きおく』についても把握できていた。

 その能力は、自身の記憶に刻まれた現象を再現するもの。

 炎や電撃を出すだけでなく、前の世界で見た豪雨を周囲に降らせたりも出来た。

 応用力や汎用性で言えば、『けいさん』より便利な力かもしれない。 

 だが、ただ便利な訳ではない。

 おもむろにステータスを開き、レベルの欄を確認する。 

 

 「やっぱり減ってるよなぁ……」


 今のレベルは45、昨日までは50だったのもが、明らかに減っている。

 恐らくこれは、『きおく』の代償だろう。

 実験で何度か能力を発動したのだから間違いない。

 一定の経験値を消費しているのか、一回ごとにレベルを1消費するのか。

 詳細は分からないが、どちらにせよ『けいさん』より非常に重い制約だ。

 この力を使うのは、本当に追い詰められた時だけにしなければ。


 ふと右手を見れば、あの指輪が最初からそこにあったように収まっていた。

 あれからこの指輪は、何度取ろうとしても外せなかった。

 痛みや違和感はないけど、すっぽりと嵌って全く動かないのだ。

 神聖な女神の遺産の筈なのに、まるで呪いの装備だな、


 「兄ちゃんどうした、暗い顔して」


 考え込みながら通りを歩いていると、誰かが唐突に声を掛けてきた。

 声のした方を見ると、道端に座り込んだ露天商が白い歯を見せて明るく笑っていた。

 四方1.5m程の広さがある絨毯の上には、大小様々な商品が並んでいる。

 家具や陶器や装飾具、その他何に使うか分からないものまで。

 普段こういった客引きは基本的に無視しているのだが、今回は勝手が違った。

 

 「これは……」


 無造作に並べられた商品の中に、一際目を引くものがあったのだ。 

 

 「おっ、こいつに目を付けるか。あんた変わりもんだね」


 縦の大きさは人の背丈より少し小さいくらい、横幅は体格の良い露天商よりも更に太く、全体的に丸みを帯びた形をしている。

 固い鋼鉄のように見える乳白色の素材は、触ってみるとゴムのような弾力を含んでいた。

 上部と下部にそれぞれ小さな穴が開いていて、細い枝のような何かがにょきりと生えている。

 一言で表すなら、手足の付いたへたの無い茄子の置物だろうか。それも、やたら大きな。

 全体から漂う何とも言えない雰囲気は、あちらの世界のゆるキャラを思い出させる。

 頭部に当たる部分には、瞼のような一筋の線が描かれているし。

 この世界に来て色々なものを目にしたが、ここまで奇妙なものは初めて見た。 

  

 「持ってってくれるんなら、これくらいで良いよ」 


 提示された価格はたったの50G、並べられた他の商品と比べても驚くほど安い。

 話を聞けば長い間買い手が付かず、この大きさから置き場に困っていたとか。

 これに注目したのは単に異様な存在感に驚いただけで、別に買う気は無かった。

 が、これも何かの縁かもしれないな。


 「毎度ありー!」


 金を払い、巨大な茄子を背負って宿屋へ歩き出す。

 レベルが上がったことで大抵のものは楽々担げるようになっていたけれど、この大きさはそれなりに面倒くさい。

 それに、通りを歩く人が怪訝そうにこっちを見ているような…… 

 多分気のせいだろう、うん。


 「ただいまー」


 「おかえ……何だそれ!?」


 「お、おっきいね」


 「いや、実は――」


 予想以上に驚いた二人の反応を前に何だか照れくさくなり、顔を俯かせながら説明する。

 この奇妙な物体に一目で心を奪われてしまい、殆ど衝動的に買ってきてしまったと。


 「珍しいな、お前がこんなものを買ってくるなんて」


 「変、かな?」


 そういえば、こっちに来てからは無駄な買い物を殆どしてなかった気がする。

 あっちにいた頃は、単に気になったくらいで役に立たないものをよく買ってたのに。

 知らず知らずの内に失った心の余裕が、少し戻ったのかもな。

 

 「いいんじゃね別に」


 「魔除けになるかもしれないしね」


 「よいしょ……っと」


 二人の許可も得たので、担いでいた茄子を床に降ろす。

 ユイカが一緒にいるようになって広めの部屋に移っていたので、これを置いても室内にはまだ余裕がある。

 

 「しっかし、変な形だよなぁ」


 笑顔を浮かべたユイカは、楽しげに茄子の上部をバシバシ叩いている。 

 

 「これって、何に使うものなんだろう?」


 「さぁ……」


 露店の主人も、良く分からないガラクタとしか言ってなかった。 

 さっきナルクが言ってた通り、魔除けの置物だったりして。


 「……痛い」


 と、声のような小さい音が耳に届いた。


 「今、何か言った?」


 「何も」


 首を振るナルクを見て、ただの気のせいかと納得しかけた、そのとき。  


 「痛いでゴワスー!」


 室内に、聞きなれない何者かの声が響き渡った。


 「うわぁっ!?」


 同時に展開された光景を目にし、驚愕で思わず声を上げた。

 動くとは欠片も思っていなかった目の前の茄子が、両手を振り上げ立ち上がっていたのだ。 


                          ※


 突然動き出した白い茄子は、特に暴れるでもなく部屋に座っている。

 一筋の線にしか見えなかった瞼ははっきりと開かれ、レンズのような赤い単眼が左右に動いている。 

 口や耳は存在していないが、何故かはっきりと会話は行える。

 見た目は可愛いのに声はやたら渋い壮年男性のもので、違和感が尋常ではないけど。

 中に誰かが入っている訳ではなく、こういう生き物(?)らしい。

 着ぐるみのように誰かが中に入るジッパーも無いし、胴体から突き出す細い手足はどう見ても人間のものではない。


 「あなたの、名前は?」


 「セッシャは……セッシャは誰でゴワスか?」


 「いや、知らないけど」


 さっきからこんな調子で、話を聞こうとしても要領を得なかった。


 「こいつ、魔物じゃないのか?」


 と、部屋の隅から遠巻きに見ていたユイカが、怪訝そうな顔で話しかけていた。

 自業自得とはいえ、いきなり襲い掛かられて驚いているようだ。

 確かに、見たこともない奇妙な生き物という点では魔物に近い。


 「いや、それは違う」


 が、それははっきりと否定できた。

 魔物ならいきなり襲い掛かってくる筈だし、何より受ける雰囲気が違う。

 あいつらを相手にした時の、言いようのない剣呑な空気を纏っていない。


 「その言葉には聞き覚えがあるでゴワス」


 と、今まで寝ぼけた反応を見せていた茄子が、初めてはっきりと言葉を発した。


 「何かは分からないが、とても悪いものだったような……」


 茄子は記憶を探るように透き通った赤い目を左右に振り、銀色の細い手で頭を掻いている。

 その様子を見て、かつてアニメやゲームの中で親しんだロボットを思い出す。

 もしかしてこいつは、かつて魔物がいたとされる時代の……?

   

 「お前が何にせよ、名前くらい分からないと不便だよな」


 こいつが何なのかは取り敢えず置いといて、呼び名くらいは決めておかないと。

 ……流石に白茄子って呼ぶ訳にもいかないしな。


 「ゴワスゴワス言ってるから、ゴワッパーとかでいいんじゃね?」


 「白いから、シロ」


 「適当すぎない……?」


 自分の名前が名前だからか、適当な名前を付けられる事に拒否感を抱いてしまう。


 「じゃあ、ほたてはどういう名前がいいんだよ」


 「うんうん」


 どうって言われても、別に案がある訳では無い。

  

 「これは、これは何でゴワスか?」


 と、茄子が徐ろに何かを指差した、細い指の先にあったのは、俺の指に嵌った女神の指輪。

 おずおずと近づいた茄子が、ゆっくりとそれに触れたとき、突如指輪は眩く光り輝き――。 

  

 「勇者よ、よくぞその者と巡り会いましたね」 


 宙に浮いているような感覚の中で、鼓膜に直接の女性の声が響く。

 これは、いつもの。


 「待ってください、今度こそ何か説明を」


 一面に広がる暗闇の中、姿が見えぬ相手に問い掛ける。

 最早結果は予想出来ていたが、何もせずにはいられなかった。 


 「では一つ、貴方に真言を授けましょう」


 が、今回は違ったらしい。

 ようやく役に立つ言葉が聞けそうで、多少ながらも期待が高まる。

 暫しの沈黙の後、女神が発した言葉は。


 「貴方の傍らに立つもの、その名はガルガンチュア」


 「……それだけ?」


  拍子抜けして言葉を発した瞬間、目の前の光景が変わっていく。

 

 「えっ、ちょっと待って!?」


 抗議の声も虚しく、視界はゆっくりと暗く染まっていった。

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