放送室へ(前編)
スピーカーからのアナウンスが終了すると、教室内の生徒たちは再びざわつき出す。いまの説明を鵜呑みにして心底怖がる者もいれば、まったく信じられないと、この訳のわからない事態をトリックだの、実は映画の撮影だのと喚く者もいる。そうかと思えば羽田たちのように自分たちの力を過信してアナウンスの挑発に望みどおり乗ってやろうと粋がる者たちもいる。羽田たちはまず先に食料の話の真偽を確かめようと、担任の島田の指示もなしに勝手に教室を出て行こうとする。無論、島田も止めに入って、またも理屈の張り合いが始まるが、教室内はもはや羽田たちのみを抑えれば良い状況でもなく、隙をつかれて結局は出て行かれてしまう。
「ちょっと、あんたたち!」
走り出す現役運動部員の彼らの足は速い。他のクラスでも羽田たちと同じく体育館に向かう生徒、特に男子生徒が何人も廊下に出ている。中には教師自らが先頭に立つクラスもある。島田も何を叱って良いやらわからなくなった。横に並んだ各教室から担任の教師たちが続々と顔を出す。教師同士で声を張り上げ、事態の確認をする。確認のみで、収束させる策は誰にもない。
「やはり私たちも体育館に一度向かいましょう!」
「泣いている子たちもいますから、とりあえず男の先生たちだけで先に行っていてください!」
「体育館は危険じゃないですか?」
「本当にあのスピーカーの声のとおりなら、学校の中ならどこにいても安全のはずでしょう!」
とまあ、教師たちもバラバラである。島田は、不安に怯える生徒、特に女子のために体育館には向かわないことにした。また、もはや自分たちだけのクラスに残る必要もないなら、皆で居たいと思う者を自分のクラスに集めようと、他の教室へも声を掛けに回る。それによって何人もの女子、中には男子もいるが、次々と島田の教室へとやって来る。その大半が泣きべそをかいている。次第に教室が窮屈になってくる。深沢は、一通り声を掛け終えて戻ってきた島田を捉まえて、
「先生、ちょっと聞きたいんですが、放送室って誰か調べにいったんですかね?」
普段なかなか自分から話しかけてくることのない深沢に声を掛けられ、島田は目を丸くする。
「放送室? 誰も行ってないと思うけど、どうして? って、そうか、さっきの放送、もしかしたら犯人がそこにいたかもしれないってことよね?」
「俺としては、いま急いでそこへ向って、この世界を作ったっていう奴を捕まえたほうが、ここから出られる可能性が高いような気がします」
「でも、それって相当に危険じゃない?」
「でも先生、まごまごしていたら犯人に逃げられる可能性が高くなるだけで、それに俺が思うに、この犯人はこういった世界を作れるという点で頭は良さそうだけど、だからといってむちゃくちゃ喧嘩が強いとか、凶暴であるとか、そういうふうには思えないんですよね。そいつ自身が強かったら、こんなゲームで支配なんて発想はないと思うんですよ」
「それ、あんたたちゲーム世代の勘って奴よね? 普段ゲームなんてしない私にはいまいちわからないけど… でも、それがその通りだったら、命を懸けるようなゲームに付き合う必要もないし、確かに調べに行く価値はあるかもしれないわね」
羽田たち生意気で血気盛んな運動部の連中と話している時とは異なり、深沢に対しては島田も丁寧に喋る。ちゃんと人の意見に耳を傾け、しかと考え、頭ごなしに否定することもない。仮に否定するにも諭すようにする。喧嘩腰であるとか、怒鳴るだとか、叱るだとか、思い出しても深沢は島田からそういった接し方をされたことがない。
「善は急げと言いますからね、俺が行きますよ」
続きます