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これは脱出ゲーム

 「穴」へと突き飛ばされた滋だが、出口は地上から約二十メートルの高さで開いていたために、大地に向って逆さまに落ちていく。自分を突き飛ばして同じく「穴」へと飛び込んだ弥生も、もちろんその落下を免れることはない。出口がそれほど高い所にあったとわかっていなかったようで、


「きゃ~ 何よこれ!」


 落ちながら叫ぶ。滋はもう目前に地面が迫る。駄目かと瞼を閉じて自分の死も覚悟する。と、桐生が墜落寸前で滋の衣服を引っ張って横から攫って助けてくれる。滋が済めば次には弥生。空中で彼女の脇の下に腕を回して、これもまた一難を免れた。肩の関節が外れそうになっただの、胸に手が触れただの、助けられた身分でありながら彼女は文句を並べている。


「反論するのも馬鹿馬鹿しい。それよりお前ら、静かにしろ。さっきからあの学校の外のスピーカーから犯行声明みたいなものが流れているんだ」


 文句も罵詈も一時中断して、三人、校舎に耳を傾ける。


「確かに何か聞こえる」


「あの岩陰まで近づくぞ」


 隠れながら耳を澄ます。スピーカーから流れる機械を通した異常に高い声は言う。


「これはゲームです。そう聞いてわからない人もおられるでしょうから説明します。理屈は簡単なものです。東の方角に目を向けると、遠くに塔が見えると思います。そこの最上段に皆さんが住んでいた世界へと戻れる出口があります。道中の敵をやっつけながら、そこへと向う。ただそれだけです。ですが敵も決して弱くはありません。一つ間違えると殺されることもあります。そう、これは命を掛けたゲームなのです。さしあたり、武器はいくつか用意してあります。この学校の体育館においてありますのでご自由にお使いください。より強力な武器をお求めの場合は校舎を出て、この塔へと向かう道中、この世界を散策して見つけてください。決して広くないこの世界ですが、いろいろと隠し武器を用意してあります。繰り返し言いますが、校舎の外にはモンスターがいます。校舎の中は安全区域としてありますが、外に出れば遭遇し次第、モンスターのターゲットにされるので気をつけてください。また、一応、約四百人の一週間分の食料を同じく体育館に用意してあります。一週間はこの学校内でのんびりすることができますが、それ以降の分は外に出て自分たちで調達してください。それでは皆さん、よい旅路を。せいぜい生き残ってこの世界から脱出してみせてください」


 一方的に言うだけ言って、それで放送は終わった。


「って、いまの何よ?」と弥生は眼や眉間に力を込めて聞く。


「まあ、そのまんまだろ。お前たちが来る前に言っていた話だと、どうやらこの世界は俺たちが思っていた『あちら側』とはまた違った世界のようだぜ」


「何よそれ。どういう意味よ?」


「どういうって言われても、だからそういう意味だよ。ここは人工的に作られた空間であって、いまアナウンスをしていた奴がここを作った張本人、そういうことだろ」


「どうやってよ?」


「そんなもん知るか」


 長く「あちら側」と関わってきた桐生にすると、別世界を創造してしまう力など、疑わしく聞こえる。いろいろな生き物、様々な現象を見、体験してきたが、空間を作るという能力者などは噂にも聞いたことがない。あまりにもスケールの大きな話である。


「夜だというのに妙に明るいし、月も赤い。別世界って、僕らの住んでいる世界とは大きく違うんだね」と滋は天を仰ぎながら聞く。


「いや、本当に『あちら側』ならこういった現象は見られないと思う。夜は夜で暗いし、月は白いしね。俺の感想で言うと、この世界って、どこかアニメな感じがするんだよな。特にむかしのアニメとかって描写的に夜でも登場人物はくっきり描かれるだろ? それに似ているんだよ。空間を作るっていうのは信じられないけど、作られた世界っていうのは、なんだか頷けてしまう」


「アニメじゃなかったら、アナウンスで言っていたとおりゲームの世界よね。でもそんなことよりも、あのアナウンスのあいつはいったい何なのよ? 丁寧な言い方をしていたけど随分と態度が偉そうだし、人の命の掛かったゲームなんて発想、とても正常だとは思えないわ」


「俺らに怒るなよ。アナウンスでは敵が出るって言っていたけど、それもどこまで本当なんだかわからないんだし…」


 喋っている途中で桐生が遠方の何かに気がつく。気が付くや、呆けた顔をする。弥生も滋もつられてその方へと振り返ると、丸い目をして三日月形の口をした、球状で緑色の寒天質の、大きさにして高さ三メートルはあろう、変てこな生き物が跳ねながら近づいてくるのが見える。そして彼らの目の前で止まる。


「これ、何かに似てるけど、商標登録とか、大丈夫だよな?」


「そんなことよりも、大きさの設定に節操が感じられないわ」


「これって、本当に敵?」


 三人は三様に呑気なことを口にする。すると、その緑色の大きな生物は笑ったような表情のまま彼らの真上へと高く跳ね上がる。そのまま押し潰そうとの魂胆である。桐生は余裕で、弥生と滋は何とかその一撃を避けるが、問答無用の先制攻撃は、アナウンスどおり一つ間違えると死に繋がりそうなものであった。桐生は得物を抜き、弥生は両手で炎を生み出し、その二人に遅れて滋もいつでも結界を放出できるように構えた。


「この世界が本当に作られた世界なら、この生き物も作られたものだってことなのか? それとも『あちら側』から引っ張ってきたものなのか? 殺してしまうと問題かな?」


 緑色の生物は再び高く跳ね上がって圧殺攻撃を仕掛けてくる。桐生はそれにカウンターの飛び蹴りを見舞う。蹴られた緑色の生物は面を歪ませながら飛ばされ、転がり、地面に突っ伏してしまう。


「さすが」


「余裕だね」


 それでも緑色の生物もまた立ち上がるので、今度は、鼻はないけど鼻っ面に拳を叩き込んで仰向けに倒してしまう。すると、強力な一撃に絶命したのか途端に緑色の生物は砂と化してさらさらと風に流されていく。


「なんだこれ? 生き物かと思ったけど、土人形みたいなものか?」


「どうやら本当に作られた世界なのかもしれないわね」



続きます

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