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廃校の中の「穴」

 夜明け前の薄闇の中、とある町の廃校となった古い小学校の、人体模型や標本、ビーカーが並んだ理科室にて、長い黒デスクの上でノートパソコンが青白い光をぼんやりと浮かべている。それを囲むように三人の男が立っている。一人はデニムのパンツもシャツも全身黒い服を着て、他の二人は共にスラックスにYシャツ、その上に白衣を羽織っている。黒い服というのは、UWの桐生誠司と親しいヴァイス・サイファーである。白衣たちというのは、桐生誠司が所属する地方基地の近くに設置されたUWの研究所にて働く、共に三十路過ぎた研究員である。三人が見つめるのは画面の数十センチ上部空中。そこに浮んでいる黒い円形の陰である。その直径は約一メートルはある。


「これをどう思う?」


「どうと言われても、あきらかに『穴』ですよね」


 試しにヴァイスは「穴」と呼ばれるその黒い円の中央に腕を一本差し入れてみる。すると、腕はそれを境に消えてしまう。恐れることもなく続けて上半身を「穴」へと差し入れる。


「何か見えるか?」


「平野が見えますよ。やはり別次元へと繋がってますね。でも、ここはどこだ?」


 一旦ヴァイスは「穴」から戻る。


「どちらにしても、これが『穴』であることは確かなんだな? そしてその向こう側は『あちら側』と…」


「どうですかね。確かに『穴』だということに間違いはないですけど。これが『あちら側』のどこに繋がっているのか、それが定かではないんですよね。何より、このパソコン…」


 改めて電源が入って画面に明かりのついたノートパソコンに目を落とす。モデルはやや古いが国内で市販されていたもので、OSも世界的に普及されているものである。接続されたマウスで何かソフトを立ち上げてみようとしても悉くエラーが出てしまう。


「これをここで発見したのは、いつのことなんですか?」


「五日ほど前だ。通報があってね。使われていない学校でパソコンが動いていると。そしてその上にはこの『穴』が…とね」


「第一発見者はどんな人ですか?」


「幸いにも役場の人間でね。でもそれが何か?」


「いや、こんなものを一体誰が設置したのかと思って…」


「君の目からしても、この『穴』はやはり人為的なものだと?」


「十中八九、このパソコンからですよね。自然発生した『穴』ではないですよ。だからこそ、やはり気になる…」


「『穴』の先がどこか、ということか?」


「ええ。本当に『あちら側』なのかも疑わしいものです」


「と、いうと?」


 しかしヴァイスは黙してしまう。白衣の男たちもしばし待つ。不意にその部屋の入り口が開く。


「いやいや、遅れてすまない」


 そう言ってやはり白衣を纏った初老の男が入ってくる。研究所の宮下という男である。「穴」のすぐ側で立つと、その中央を睨むように見つめる。


「先生、若干ですが、発見時より『穴』が大きくなっているような気がします」


「成長しているということか… それでヴァイス君。君の意見は?」


 「穴」から目を離さず、宮下はヴァイスへ話しかける。ヴァイスも依然として「穴」を見つめている。


「中には入られました?」


 そう聞いて宮下たちのことを見回すが、誰も頷かない。


「どこに繋がっているともわからないものだ、何が出てくるとも限らない。能力者や隊員ならまだしも我々のような一研究員が気軽に入れるものでもない」


「それはまた… 同じUWの隊員に頼んで中に入って調査をすればよいのでは?」


「まあ、我々にも我々の事情というものがあってね。できることならこの件に関しては我々だけで調査、処理したいところなのだよ」


「手柄を独占ですか。あの基地の連中と上手くいかないのも頷けます」


「まあ、君に頼むのもそういうことだ。中の調査の際、我々のボディガードとアドバイザーをしてもらいのだよ」


「なるほど。発動条件が面倒な上に発動そのものが定かでもない過去に戻る能力より、人工的な『穴』のほうが確かに研究対象としては格好なのかもしれないですね」


「そういうことだ。もちろん、あの基地の連中をはじめ、ほかのUW関係者にも極秘で願いたい。発表は調査が済み次第、我々で行いたいのでね」


「人工的に『穴』を作る… 『あちら側』にないわけでもないんですが、これが本当にそうなのか、俺としても知っておきたいところですからね、構いませんよ。それで、早速、中に入ってみます?」


「よろしく頼む」


 助手の一人を見張り役として残して、ヴァイスと宮下、もう一人の助手の三人は「穴」へと飛び込んだ。


 すぐ眼前に草原が広がる。遠くには緑のない岩肌ばかりの山が見え、方角にしてその反対側には遠く森が見える。空を見上げると黒く夜空が広がっているというのに、辺りは闇ではない。街灯に照らされた繁華街のような明るさがある。遠くの景色もくっきりと目にできる。そして、そうだというのに、肝心の照明が付近にも遠くにも一つとして見当たらない。


「月が赤い」


 白衣の助手が指差した空を見上げると、血に染まった如く異様に鮮明な赤色をした満月が浮かんでいる。「穴」をくぐった経験が一度としてないという助手は慄き、見るもの全てが新鮮で自分たちが住む世界の常識と外れていると感嘆するが、


「『あちら側』でも月は月です。月食でもあんなに濃い赤い色はしない。それに、こんな昼なのか夕暮れなのか、夜なのかわからない景色もない。やはりここは何か変だ」


 とヴァイスが言う。過去に二、三度、「あちら側」に出向いたことのある宮下も無言で頷く。


「だとしたら、ここは何だと言うんです? 『あちら側』でないのだとしたら…」


「それは私としてもわからない。『あちら側』には我々が見たことのない、世界の表情というものがあると思っているが、これがその一つではないのだとこの専門家が言うなら、私の想像では『あちら側』以上の凄まじい場所を発見し、そこに足を踏み入れているということになるだろう」


 宮下の冷静な分析からして、あらかじめこういう結論ありきでこの「穴」を抜け、自分に案内させているものだとヴァイスも見抜く。


「確かに、こんなことの協力や助言は俺ぐらいしか頼めないか…」と独り言のように言う。


「ヴァイス・サイファー、改めて君の意見を聞こう。ここは『あちら側』なのか?」


 ヴァイスは宮下を静かに睨む。その口が何か返事をしようとした時、遠くからズンズンと大きな足音が聞こえてくる。彼ら三人は一斉にそちらへ振り返る。すると、全身緑色をした大男が近づいてくる。皮の腰巻一枚、右手には巨大な棍棒を持って近づくその男の顔は大きな目が一つ、口も鼻もない。身長も三メートルは超えて、筋肉は隆々としている。


「なんだ、あいつは!」


 助手の叫ぶ声に、宮下の顔色も血の気が失せる。


「まるで… サイクロプスじゃないか…」


 だが、ヴァイスは、


「あんな奴も『あちら側』にはいない」


 彼らの目前まで近づいた大男は、無言のまま、突然持っていた巨大な棍棒を振り上げ、躊躇もなく一気に振り下ろしてくる。


 舌打ちと共にヴァイスは瞬時に宮下と助手を脇に抱え、間一髪のところで一撃を躱す。外れた棍棒は地面を叩く。するとその反動で棍棒が大男の手よりすり抜ける。跳ね上がって、屈み込んでいた大男の顔面に直撃すると、大男はその場で仰向けに倒れてしまった。


 ヴァイスも宮下たちもこれには唖然とする。こいつが何者で何故攻撃してきたのかもさっぱりわからない。近づいて調べようとすると、今度は助手が、


「先生! 穴が塞がりつつあります!」と叫ぶ。


「何!」



続きます

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